見出し画像

僕らの身長差


バキコさん、今回の芝居も〇〇さんに負けてたわよ。

大学4階生の春、僕は一人で教授の部屋に呼ばれていた。学生時代は毎公演後にこうして教授の部屋に呼ばれては、お決まりのこの台詞を言われていた。

二つ下の後輩にとても華があり、器用な後輩がいた。僕はいつも彼女と比べられては、今回も貴方の負けだ、と言われ続けていた。

そして、卒業してからは、大学の同期から同じようなことを言われていた。バキコより、後輩の〇〇の方が早く売れるだろうなぁ〜。なんてヘラヘラして言っていた。

そんなことは、ほんのくだらないことだと思うし、気にすることじゃないと思う。でも、大好きな仲間たちに言われたことは、ずっとずっと、心の奥底に残って行くものだ。

気がつけば後輩に対して劣等感を抱いて生きることが当たり前になっていた。

そんな僕は、数年後、劇団に入り、そしてその数年後、後輩が出来た。
その後輩も、また、華があり、芝居が上手かった。
そんな後輩が、初め参加した、公演の打ち上げで、酔っ払った先輩にこんなことを言われた。

あの新人の子いいね。あの子が居るから、もうバキコはいらない、もう君の居場所はここには無いよ…と、そして、酔った親友にもこんなことを言われた、あの子は君と違って才能があるから、きっといつかセンターに立つ日が来るだろうな…と。

お前ら、酒に酔ったからってなんでも言っていい訳じゃないんやぞ!

気にしなくていいの、そんな話、でも、心にのこるよね。僕はそれからずっと、その後輩の脅威に怯え、彼のことを意識してしまってしようがなかった。

先日立った舞台のワンシーン、彼の台詞が演出の心に刺さったらどうしよう…と、もはやステージの上に居たのは役の人物ではなく、怯えている僕だった。本当、役者として、最悪なことをしていると思うし、こんな人間、舞台にたつ資格なんてないと思う。

彼を見ているだけで、側にいるだけで、常に惨めな気持ちになった。彼が笑えば笑うほど、自分なんてこの劇団には要らないって言われてるような気がした。

いよいよ僕の精神状態は悪くなっていき、気づけば足が震えてしまっていたり、軽く呼吸が乱れたりする毎日になっていた。

そんなある日、彼と二人で帰る機会があった。そして、自分たちの名前について話していた。僕は、自分の名前に優しいと言う文字が入っているのが、嫌で嫌でしょうがない、と言った。優しくなっていいことなんてないと、特にこの世界は、誰かの為に何かアドバイスをすれば、自分の代わりにそいつが出世して、自分の立場が危うくなる…そんな話後輩にすんなよ、って思うけど、話だしたら止まらなくなった。そんな僕に後輩が言った。

自分のおかげで誰かが売れるのって、めちゃくちゃ嬉しくないですか?その売れた人はきっと先輩のことずっと忘れないと思います。ずっとずっと、先輩に感謝して生きていくと思うし、いつか先輩にも恩が帰って来ると思います。と。

なるほどな、そんな発想なかったわ。

俺は売れてった後輩たちは俺のことなんてすっかり忘れ去って、なんならずっと売れずに燻っている俺を馬鹿にしているもんだと思っていた。
売れる人は心が汚いと思っていたし、周りに優しい人は利用される世界だと思っていた。
でも、どの世界も、本来は他人に優しい人が報われるべきだと思うし、どんなに苦しい状況下に立たされても、優しくあり続けれる人がかっこいいんだ。

そうだそうだ、そうなんだな。なんてぶつぶつ言いながら帰る夜道が、あまりにも寒くてコートのポケットに手を突っ込んだ。そして、とある神社のお守りにを触りながら、まだ初詣行って無いなぁ...なんて考えてたら、ふと滋賀の神社にお参りした時のことを思い出した。その神社には、確か願い事を言いながら通ると願い事が叶う真っ暗なトンネルがあった。

その真っ暗な神社で僕は。あんまり早く売れちゃうと驕り高ぶってしまい、人に優しく慣れないから、早く売れなくていい、たくさん苦しみを味わいたい。ただ、どんなに苦しい時も、努力し続けれる人間になれますように。

と願ったんだった。

なんだ、すっかり忘れていたけれど、若い頃に憧れていた人には、少しずつ近づいて行ってるんじゃないのだろうか…

なーんて、思いながら帰る夜道はやっぱりむかつくくらい寒かった。

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,758件

#業界あるある

8,645件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?