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覚醒illegal 〆close

死に損ないの藝術家が夜天に吼える。
あの色だ!
俺がサガし求めていたのはあの色なんだ!
神宿の上空に、溝の底の底の底からサラしあげた泥と反吐露と死霊の怨みを磨り潰し煉固めて精成したが如く喪失の黑を纏う肉塊の球が、ぷかりと浮かんでいる。
バララララバララララと翅音を鳴らす、呆国のシンボルを刻んだ戦闘機が、両眼に具えるヘッドライトで黑い標的を捉えた。
一人の兵士がドアを開け放ち、機内から身を乗り出した。双方の射程距離範囲で、平然と生身を曝す。操縦桿を握る片割れが、命知らずで不可解な行為に動揺しつつ怒号を浴びせるが、兵士はそれをナオザリに、メットのシールドを上げて自ら武装の皮を剥ぎ、標的との対話を図る。
「やあ」兵士は笑っていた。「ようやく会えたね。キミだろう?僕たちを呼んだのは」軍用ナイフを握り締める手が悦びに震えている。「ずっと待ってくれていたんだね。うれしいよ。キミは、僕たちの純然たる殺意を、淡い炭酸水〈ソーダ〉が弾ける殺意を、ちゃあんと受け止めてくれるかい」
兵士は肉塊に熱い抱擁を迫るようにして機体から飛び込んだ。人間離れの跳躍力を遺憾無く発揮し、全体重をナイフに委ね、振り下ろす。
刃は通らなかった。弾かれたのではなく、飲み込まれたのだ。肉塊はナイフもろとも兵士を飲み込んで己の一部とした。極上の養分に身体を悦ばせ、肉塊は、劇しく、歪に形を変えていく。美しい球体を捨て去って、卵巣にも、悪魔の頭部にも似た異形を呈していく。その過程で興奮状態により孔という孔から噴出させた粘液が戦闘機を汚し、動力を奪った。
火花を散らして堕ちてゆく人工の鉄塊を、遠く病院の地下室に嵌め込まれた窓から、二人の男女が見据えている。
「素晴らしい。由荼くん、見たかい。あれこそが!あれこそが先人たちが下界に産み落とした御霊の遺物。私たちを楽園へ導き給う三本足の八咫烏。我々の怒り憎しみを代弁せんとする六本足の両刃鋸。私の予期した通りだろう。人類は!何度も何度も巻き戻しては再生する愚行のテープに動脈を絡め取られて循環の不自由を嘆き、産業廃棄の捨て山を構築し天に届かぬ願いを喘ぐ!最果ての王への接吻は叶わない!私たちこそが無限回廊脱却用カプセルへ搭乗するに相応しいのだ!なあ、そうだろう由荼くん」
由荼ちづるは、救世公紀が滔々と並べ立てた、どのカテゴリに分類されるかわからぬ奇妙な論理へ相槌を打つ代わりに、救世の白く揃った歯並びを見詰めていた。そこから視線を少し下げれば、救世に抱きかかえられた奇形児が見える。由荼はなるべく視界を狭めた。肥大化した頭、ぎょろりと開かれ濁った眼球、不規則に多く生えた肢体。あまり長くその姿を捉えていれば、気が狂ってしまうだろうと内心危惧していたのだ。
「こうしちゃいられない。さあ始めようか」
救世は肺に空気を溜め、呪詛を唱えながら、腰まで浸からせていたホルマリンプールへ、さらに深く、奇形児を抱きかかえた身体を沈めていく。どこかカルトを思わすその奇行は、白衣に身を纏いつつも、救世が稀代の顚才外科医である事実を不確かなものとした。それでも由荼の中では、救世という人物像が一ミリたりともブレることはなかった。
「よお」
敵意を込めた男の声が呪詛を阻んだ。
救世と由荼は部外者に向ける侮蔑の眼でそれに応じる。
地下へ通ずるキザハシを、一段ずつ一段ずつ踏み躙り降りてきたのは、ぐれん隊屈指の強さを誇る爬虫類顔の傭兵、神刺だ。
「集中治療室、ってのか?そこでよ、分娩着のままくたばってる女がいたよ。おかしいだろ。産婦人科病棟は隣だぜ。なんで妊婦が脳神経外科の病室にいるんだよ」神刺は永年血を吸わせてきた自慢の得物である鉈を携えている。「察するによお、どうやらその女は産後間もねえ身体でよお、産んだばっかのガキをどっかのクソ野郎に奪われて、それを追ってあんなとこまで来たらしいんだ。結局、無駄骨折って、死んじまったんだとさ。先に死体を見つけた女が、泣きながら必死に、俺に教えてくれたよ」階段を降りきり、神刺は、プールサイドに立つ由荼と視線を揃えた。「俺にそう教えてくれたその女も、くたばってた女も、刺身と刺青っつって、どうしようもなく可愛い俺の妹たちだ。俺は引く程嫌われてっから、ほぼ絶縁状態だったがな」
由荼は、自分が次にどう動くべきか要領を得ていた。あの男が鉈を振るってガラ空きになった懐に潜り、肉体に触れ、念を撃つ。たちまち男の身体は砕け散る。いつも通りだ。救世に近付けさせてはならない。
そう身構える由荼に一瞥もくれず、神刺は気怠そうに救世を睨む。
「返してくれねえかな。あんたが持ってるそれ、妹のガキなんだよ。奪い戻してやんねえと、また刺青にひどく罵られちまう。なかなか辛いもんだぜ、兄としちゃあよ」
救世は神刺の存在を歯牙にも掛けず、呪詛の継続を開始する。
痺れを切らし神刺が構えた。由荼が動いた。瞬間、由荼の右腕の肘から先が消えた。どぼん、とプールになにかが落ち、赤い波紋をつくっている。一方では、入り口と真反対に突き当たるコンクリートの壁に、凄まじい回転を経て辿り着いたであろう刃物が、突き刺さっている。神刺が手に持っていたはずの、鉈だ。
由荼が悲鳴をあげた。切り離された腕の断面を曝して血を撒き散らし、プールサイドの床をのたうち回る。
「おまえの遣り口はわかってんだよ、化け物女」
右上膊を押さえて縮こまり、歯を食い縛って浮かべる苦悶の貌で、由荼は救世の名を叫んだ。
救世は、振り向かなかった。由荼は涎の垂れた口で、自分を求めてくれていたはずの男の名を再び呼んだ。救世は振り向かなかった。もうこちらを振り向くことはなかった。
由荼は、ゆっくり水中へ沈んでいく救世の、背中を、背骨を、脊髄を、滅茶苦茶に引き裂いてブち壊してやる想像だけで気を収め、静かに頷いた。己の存在意義を思い知り、頷いた。
苦痛を振り払い、由荼は、攻撃対象の左脚に素早く掴みかかる。
「くれてやるよ、脚の一本くらい」神刺が言い捨てた。由荼は念を撃った。神刺の左脚が吹き飛んだ。同時に由荼の首がプールサイドに転がり落ちた。未だ壁に突き刺さったままのものとは別の鉈が、由荼の柔く細い首を切り落としたのだ。神刺は両刀使いだ。
片脚を奪われても尚神刺は身を崩さず、力を途切らせず、由荼に振り下ろした鉈を渾身の投擲で救世に放った。鉈は異常な速度で水上を滑り抜け、プールに浮かんだ憎き総大将の首を見事刎ね飛ばす、かに思われたが、それは救世の首に到達することなく宙で粉々に砕け散った。
自慢の鉈を無用の屑に還したのは、猟銃から射出された弾丸であり、猟銃は、ぐれん隊の傭兵が所持するものであった。今まさに階段の中腹に立っている赤髪の男が、その所有者である。
「鶏冠」
神刺は同胞の名を言い遺し、顎と喉を撃ち砕かれ絶命した。裏切り者の姿を睨みつけたまま、飛沫を上げてプールへ落ちた。
呪詛を二度も阻まれた救世は、すっかり透明さの失われた水面に顔半分を浮かべて、目元だけで不機嫌を訴える。
鶏冠は階段を軽快に飛び降りて、鼻唄交じりに歩を進めながら猟銃をくるりと回して持ち変えると、転がっている首無し死体を銃床を殴りつけた。何度も。何度も。衝動に突き動かされ、髪を振り乱し、破壊の限りを尽くした。
やがて深く息を吸うと、うっとりした表情で救世に向き直り、命を下す。
「とっとと済ませろ」
救世は何も返さない。鶏冠が続ける。
「やることやったら来てもらうぜ、先生。ドーマンをぶっ潰すにはあんたと、その羅刹とかいう赤ん坊が必要らしい。なんだか知らねえが、軍の野郎ども、とんでもねえ生物兵器を造るんだとよ」
鶏冠が牙を剥き、邪悪に嗤った。
「ヒトバシラ、だったっけなぁ」

血も涙もない光線と銃口が兄妹を狙う。
屍兵の布陣を必死の思いで掻い潜り、正面玄関の扉を押し開いた慧と桜を迎えたのは、武装に身を包む兵士の群勢であった。
先鋒で構えていた一人が無線を手に取る。
「こちら粛清機関【特殊】執行班"∞〈リンネ〉"。鐘田一家の次男、長女と思しき二名を中央病院前にて発見。次男に外傷が見受けられるが例の儀式に支障は無しと判断。以上」
標的が自分達だと気附くのには差して時間は掛からなかったが、その残酷な自覚を持つよりも早く、慧は、左脇に並ぶ柱の一本にもたれかかっている、学生服姿の屍を目に留めた。屍は、銃撃をまともに喰らった為か原型を成しておらず、どこの誰だか分からない。だが慧には分かる。金に染め上げられた毛髪が誰のものなのかをよく知っている。駐車場手前に停められていたバイクは、彼が生前、或る暴走族から半ば強引に譲り受けた代物だ。慧は鮮明に記憶している。一ヶ月前のことだ。あのマシンの後ろに跨り、夜の神宿を爽快に駆け抜け、彼の強運と精神力を借りて兇悪な敵を打ち倒した。朝焼けの下、皆で並んで食べた牛丼の味は、忘れたくても忘れられやしない。
「お兄ちゃん」少年の死体に気を取られていた慧に、桜が無垢に問う。「あの人、知ってるの」
「ああ」慧は優しく応える。「友達だ。お兄ちゃんの、友達」
「そっか」桜が顔を綻ばした。「お兄ちゃん、友達できたんだね。良かったね」
「淨くん、って言ってね。不良なんだけど、良い奴なんだ。霊能力を使わなくても戦える方法を僕に教えてくれた」慧は、屍兵に振るっていた拳を握り締めて、友人に鍛えられた喧嘩術の感触を思い出す。「滅法強くて、カッコよかった。完全無敵のヒーローみたいで、凄くカッコよかった」拳が、咽喉が、「だけど」心臓が、震えだす。「だけど、死んじゃってるね」
慧の顔が翳る。桜は慧の手を弱々しく握る。
拡声器が作動した。兄妹が言葉を交えることはこれ以上赦されなかった。
「聞け、鐘田慧。何もせず、妹を連れて我々の元まで来い。攻撃しようと動けばお前の母と兄を射殺する」
兵士の警告に、慧は耳を傾け目を凝らす。明らかに軍用では無い車両が兵士たちの傍らに見えた。後部座席に母と長男坊の姿がある。乗せられたのではなく、乗っている状態を取り押さえられたのだと、慧は理解した。運転席のドアにしなだれかかっている一般の女性らしき死骸が、それを確証づけていた。女性は、友人同様、頭部を撃ち砕かれ無惨に死に腐っていた。
「お前ら霊能者と呼ばれる種族は、人、人間、ホモサピエンスに類しない。大昔に神室〈カムロ〉がそう規定した。即ち、射殺の許可はすでに下りている。これは脅しでは無い。おとなしく、すみやかに、ここまで来い」
慧は受け入れた。すべてを受け入れた。この世のすべてを、瓶一杯の清濁を、呷り、飲み干した。咽喉が焼ける。胃液が逆流する。だが吐き戻しはしない。
慧は繋いだ妹の手を引いて、こちらを燦々と照らす眩い光を標に、足を踏み出す。
光は、つよく、つよく、煌めいていた。
兄妹の身を冒す病の醜さを、恐ろしさを、忌まわしさを、穢らわしさを、暴くように、いつまでも煌めいていた。
「霊能力保持者四名の身柄を確保。繰り返す。霊能力保持者四名の身柄を確保。直ちに連行する。御大へ上申しておけ。我々の手柄だ」

「ねえ、ぐりる」
「なあに、刺青ちゃん」
「あたしのこと殺してよ」
「やだよーん」
「何年か前、実践訓練で一度さ、あたしの腹を切ったろ。あたし、あのあと瘡蓋になるまでずっと、腹の傷いじくりながら自慰してた」
「うげえ、気持ち悪い」
「あたし、ぐりるに切られた傷が好きだよ。いちばん好き。死ぬんだったら、あんたに殺されて死にたいよ」
ぐりるは返さなかった。無視すんなよと、刺青は照れ臭そうにぐりるの頬を小突いた。ぐりるは舌を出してけたけた笑った。
哀れな屍を葬った二人の少女は、病院の裏庭で、互いの皮膚と器官を慰め合い、どうしようもない寂しさを埋め合っていた。
二人の頭上を、戦火が飛び交う。
まだ春と呼ぶには躊躇う夜風が、火照ったふたつの柔肌の、その体温を奪い去った。
「あたしら、また戦わなくちゃいけないのかな」
「そうだろうね」
「やだなあ」
「やだね」
「逃げちゃおうか」
「悪くないね」
「ふふ、できないよ、あたしらには」
「やってやるさ、いつかきっと。自由を、楽園を手に入れてやる、絶対に」
「ふたりでたのしく生きられたらいいね」
うん、と頷いたのを合図に、二人の少女は再び互いの肌を擦り寄せて、甘ったるい匂いに包まれていく。
裸体でまぐわう二匹の雌を狩ろうと狙う一人の輩が、建物の陰で鼻息を荒げる。犯して殺す、犯して殺す。輩の脳は、例のウイルスに蝕ばまれていた。
不意に、脂肪と贅肉だらけの腹が、鋭く引き締まった片腕に突き破られた。背後から何者かが、輩の肥えた身体を手刀で貫いたのだ。
輩が、正体を探るべく、怨恨と苦痛に歪んだ豚ヅラを背後に向けようとするが、処刑人の姿を捉えるよりも先に、輩の視界は闇と化した。
処刑人は突き刺しと同等の速度で腕を屍から引き抜き、愛用の黒い革手袋を汚した血と脂に視線を落とす。嗚呼、これは簡単には落ちなさそうだ。処刑人は小さくため息を吐いて、踵を返しその場を離れていく。
「また、悪者退治で遊んでたんだろう」
幽暗とした女の低い声が、処刑人の影を踏んだ。
「半端な正義ごっこも程々にね、捻くん」
捻〈ひねる〉、と呼ばれた処刑人は、十代半ばの容貌で、学帽に詰襟の学生服、その上からマントを羽織り、下に履く洋袴は、任務遂行において機動力を優先した設計なのか、太腿の高さまで裾が切り揃えられている。露わになっている腿から先の脚には、すらりと細くしなやかに曲線を描いた身体からは想像し得ない、悪を蹴り伏さんとする鋼の筋肉を纏い、膝下丈の靴下と磨かれた革靴は、相反して幼さと初さを感じさせた。
「ごめんなさい、黑子さん」
黒子、ではない、黑子、である。
黑子は、陽射しは愚か月灯りすらも嫌う陰湿で気高い人格を物語る大きな蝙蝠傘を差し、其処に身を隠していた。
「良い子だ、おいで」
処刑人の手を引き寄せ、革手袋を捲り、黑子はその甲に口づけをし、舌を這わせた。
「神髄を司る胎児よ。案ずるな。蠱毒の坩堝〈るつぼ〉に踊る六道輪廻たちは為す術なくおまえの純潔に傾く」
蝙蝠傘から覗く黑い唇から発される言葉は、どこか耽美で鋭利な奇書を幻想させた。
「ねえ捻くん。あたしは、夢がみたいのさ。一刻もはやく、この悪夢みたいな うつしよ から目醒めて、やさしい夢へとかえりたいんだ。だから、余計な真似はしないでおくれよ」
黙って眼を伏せ、処刑人は黑子の言葉に頷く。すると処刑人は、ふと視線を横に切った。
片手にビニール袋を引っ提げ、もう片手に掴むヒビ割れたドクロの仮面の代わりに、パーカーのフードを深く被った無精髭のやさぐれ男と、その相棒、黒尽くめの道化女、黒子が立っている。
死の淵で長いこと眠り耽っていた黒子は、渇き切った咽喉に一リットルのミルクを流し込み、げっぷを一発かますと、蝙蝠傘に向かって云い放つ。
「生まれ変わりなんてのがほんとにあるんだねえ。あたしゃなんだか嬉しいよ。来世じゃそんなご立派な傘なんか差しちゃってサゾカシご機嫌なんだろうね。空飛べそう。いやん素敵!」
台詞の結びに、黒子はもいちどげっぷをかます。
花壇の枯れ草を尻に敷いていた黑子が悠然と立ち上がり、身を翻して黒子を見遣る。暫く黒子を睨め回し、微笑の一つも浮かべずに返す。
「おまえに黒は似合わないね。とっとと死んで棺に納まるといい。色とりどりの可愛らしい供養の花々が、おまえの持つ本来の良さってやつを大事に飾ってくれる」
黒子が失笑した。腹を抱えてげらげらと転げ回った。その様を横目に、黑子は微かに語調をやわらげ、黒子に告げる。
「とはいえ、今はまだ死なれちゃあ困るんだ。使命を果たしてもらうよ。その為に命を拾ってやった」
「シメイ?」黒子が涅槃仏を真似た格好で、黑子の話を聞き容れる。「なんだい、シメイってのは」
「この戦争はひとつの終着点を孕んでいる。だが戦後も物語は続くよ。事の行く末を見届けておくれ、黒子ちゃん。そして最悪の結末を悪戯に笑ってやるんだ。お手のものだろう?」
「ふうん」黒子は下唇を突き出して、鼻先を掻く。「それが、あたしのシメイね」
黑子が、俄に夜天を仰いだ。「あ」細長い腕をぬらりと伸ばし、夜天を指して、云う。「うまれたよ」

ぷかりと浮かぶ大いなる卵巣が、その愛おしい膣口を、餌を喰らう歯牙を宿した獣の顎〈アギト〉さながらに、艶めかしく、大胆不敵に開花させ、そこから、無数の手脚を生やし、どこが頭で、どこが尾なのか、捕食器官や生殖機能の有無は如何なるものか、それらすべてがカオティックシンドロームの原材料、人類の脳細胞に害悪を潜伏せし罪深き不全、が、ずるりと堕ちた。

「あれはいずれ特殊施設に収容され、機密に管理される。人為的神霊実験の道具だ」
堕胎児を眺め、黑子は嗤っていた。ぞっとするほど破顔っていた。処刑人、邪捻は、何故だか堕胎児を笑えなかった。
「ドーマンは敗けるよ、わが国に」
「あら、それはお気の毒」
黒子はつまらなさそうに、ドクロ仮面から手渡された二本目のミルクをこじ開けた。
裏切りを知らないミルクの白さは、黒子のこころをくすぐった。

護送車に乗せられる間際、桜は、亡、とそれを見ていた。
誰の目にも害悪に映ってしまうであろう姿形を憐れみ、はやく遠くへ逃げて、と祈りさえした。祈りは闇夜に消えた。
桜は、無慈悲な兵士に車内へ押し込まれ、座席に倒れ掛かる。ドアは強く閉ざされた。顔を上げ,周りを見渡す。誰もいない。何人もの犯罪者を厳重に拘置すべく造られた空間には今、二十歳にも満たぬひとりの少女がぽつねんとしている。
桜は膝を抱えて、呼吸を整える。目を瞑る。耳を澄ます。呼吸が徐々に正しさを取り戻していく。清らかな空気が血管を流れていく。団欒の生活が蘇る。夕餉の調べが仄かに香る。家族みんなが、わたしの傍に居てくれる。
銃撃音や爆撃音、怒号や悲鳴、内臓を狂わす車の劇しい揺れから、わたしを守ってくれている。
ありがとう、だいじょうぶだよ、ありがとう。
帰るよ、今からおうちに帰るよ。まっすぐおうちに帰るよ。
すこしだけ眠ろう。起きる頃にはもう着いてるさ。
くすくす。ここはとても安全だね。おやすみ。

おやすみなさい。

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