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水の中は嫌いだけれど、溺れていく肉体の美しさは誰が考えたものなのだろう。

暗い水の中に沈んでいく、もがいている彼女の肉体を私はただぼうっと見ていた。スクリーンの向こう側にある、虚像のような実像。丸みを帯びた乳房。白い手足。

「水が巨大な生物みたいに、意思をもって体にまとわりついているような気がした」

そうやって暗い海で溺れた体験を語る友人の顔を見ながら、私はその人ではない別の、彼女の肉体のことを思い出していた。

小さくて趣のある単館の映画館。主役は彼女で、女の人は彼女のマネージャーと私と片手で数えられるぐらい。明らかに男の人の多い、歪な空間。

彼女のお披露目。もう大分前のことだから話は忘れてしまったけれど、クライマックスで彼女が水の中を漂うことだけは記憶に残っている。

綺麗なぱりっとした肉体。お風呂場で見るのとは違う、冷たい水の中にいるだろう締まり方をした肉体。私が知っている白くてすぐに赤くなる頬は薄紫に染まっていた。

誰かが切り取って映し出したそれは、それ以前に見たどんな女の人の裸よりも美しく感じた。
夢中になってしまったこととそれを本人にそのまま伝えたことだけは記憶に残っている。

肉体がなかったとしても、友達思いの優しい人だった。夜遅くに電話に付き合ってくれた。お酒を飲むと明るくなって、幼い顔をしてビールを飲むところ、私は嫌いじゃなかった。だから、私もその頃は好きなお酒は「シャンディガフ」だった。一緒に飲めているような気持ちになったから。飲まなくなった今でも、仮に飲めというならそれしかないだろう。

神経質そうな恋人がいた。その人はどこか人を斜めから見るところがあって、全然綺麗そうに見えなかったけれど、彼女の言う「元の顔が綺麗なんだよ」という言葉を通してみると、なるほどそんなような気がしないでもなかった。生きているのか死んでいるのか分からないような人だなと思った。私にしては珍しくその恋人のことも鮮明に覚えているのは、その恋人とも思い出があるからなのだ。生きている理由がなさそうなぐらい、生命力の感じない目で、淡々と話す人だった。

彼女の恋人の話を聞いても私の心は変わらなかった。呼吸が出来なくなるぐらい、私は彼女の肉体にも精神にも憧れていた。成れないところも含めて成りたいと思っていた。

今だから周りの人たちの懐疑的な目、あなたがそんなに憧れる意味が分からないという目の意味は分かる。有体な言葉に落とし込めば、わずかの好意があるに違いなかった。私がそれを認識していなかっただけの話。認識していないからこそ、臆せず裸に夢中になったなんて本人に言ってしまうのだ。

食べてしまいたいような本能的な衝動が精神をいきなり上回ったのは多分その時だけだろう。噛り付きたいような、衝動。仮にそれが性欲だとするならば、こんな爆弾を抱えて生きていられないと思ったので、私は私みたいに生まれたことをこれっぽっちも後悔なんてしていない。

まあ今みたいに普通に生きていたら、そもそも人の裸をそんなにまじまじと見る機会もない。若気の至りみたいなそんな文脈を読む時には、私は普通じゃなかった頃のこの思い出を取り出している。

グミを食べながら書いています。書くことを続けるためのグミ代に使わせていただきます。