見出し画像

歌集「遠ざかる情景」#3 解説(前編)

女(ひと)を裂き 血肉飛び散る 白き貌 一人泣き濡れる 容疑者の男(ひと)
血肉裂け 泣き濡れど 消えぬ “死の事実“  容疑者となる男(ひと) 泣き濡れる
血と肉と 涙に濡れる 白い顔 容疑者となる男(ひと)としかばね
血と肉と 涙に濡れる 白い顔 容疑者となる 男(ひと)と屍
暗い部屋 血肉裂く目には 涙なし されど泣き濡れる その人の心

一首目が不完全でした、ゴメンナサイ。古今東西、肉親を殺すという事件は絶えない。(先進国に限る)どんなに法が整備され、人々の生活が保障されようとも、やはり、このような事件がなくならない裏には、人間という生き物の持つ感性と、それに相反する獣性のようなもの、その二つの中で起こる“摩擦“のようなものが、人間、誰しもの中にあるのかもしれない。その摩擦が、悲劇を生んでいく。
人を殺せば犯罪であり、しかも寄り添ってくれるはずの肉親を殺してしまう。だけれども、殺したい、という衝動を抑えきれない。その果てに貼るのは、法によって裁かれるという“罪“と、誰かを殺してしまったという悲しみである。
 そんな中、男という、力が強く、ある種の理論性を持ちながらも、結局内面には、怒りをひそめ、かつ女よりも心の弱さと幼さを持っている男を歌の中に出す方が、悲しみを引き立てやすいと思った。

今日、抱きし 少女の 白き白粉と ルージュは ヤドクガエルに似たり
少女引く ルージュの色の 赤色は ヤドクガエルの 皮膚と似た色
口紅は 毒があるかのごとき赤 ヤドクガエルと 色とよく似たり
白白粉 引く紅は赤 南米の ヤドクガエルの 色とよく似たり
今日抱きし 処女の引く紅 黒い赤 ヤドクガエルの色とよく似たり

白い白粉と、毒黒い程に真っ赤なルージュ。女性としての魅力を高め、時に異性の心をぐっと掴むそれは、ある種の怖さを持っている。ヤドクガエルと言えば、触れるだけで危険な猛毒を持ったカエルであり、かつて、この種が生息する土地の先住民がその毒を吹き矢の毒に利用していたと言う、危険な存在。
また、小型で、鮮やかな極彩色を持ったそれには、どこか色気のような魅力があり、ペットとしても人気なのだという。
白い白粉に、真っ赤なルージュ、かつ可憐な少女たちの退廃的な魅力は、やはり人を引き付けるのだろうか。

山里に 咲きし花木に 葉はなくて 故に輝いて 見えるその色
輝いて 見える花木に 葉はなくて 枝なきゆえの 寂し気な色
山々に 見える花木が 目を奪う 葉なく 孤独な寂し気な色
山里に 春を告げしは 輝いて 見える花木は 葉なく寂し気
桜花 葉が無い故に 名は花木 緑なきゆえ 美しき色

花が咲く木、だから、花木と言う。最近偶然知ったことであるが、それが、何となくおかしかった。桜や梅、木瓜など、時々、花木を見かける。その時に思うのは、葉が無く、木に直接花が咲いていることだ。葉っぱがなく、木に直接咲いているため、どこか人口的な印象があることと、梅などの樹は、花の鮮やかさに比べ枝や幹が黒く見える。また、花のみが咲き、葉が生えるころには、もう、花は散り時だということが、どこか寂しい気持ちにさせられる。
そんな気持ちを詠んだ。

酸性雨 コンクリ―トの兵(つわもの)を 砕き溶かし崩する ブリキの自然
酸性雨 錆びた錻力が 溶かしゆく ビル群と言う 文明の樹々
ビル群が 兵の如く 陣取れど 錻力の雨が また溶かし行く
鉄錆びて コンクリ溶ける ビル群に また降りしきる 錻力の雨よ
コンクリが溶け サビたるは鉄の骨 錻力の雨と 文明の巨人

どんなに山間部に住もうとも、やはり我々は都会と言うものと触れる機会は、必ずあると思う(そうでなかったらスイマセン)。だとしても、鉄筋コンクリートの建物とは、必ず出会うはずだ。そこに、人類が汚した、錻力(ブリキ)の酸性雨が降り注ぐ。
雨の日、道を歩いていると、雨で溶けたコンクリの壁や、剥き出しになり錆びた鉄骨が見える。それが、どこか、自然である雨と、文明との間に起きている戦争に見えた。
そんな悲しみを歌った歌。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?