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歌集「遠ざかる情景」#2

 思い出……。もう、失ってしまった“それ“は、今も心の中に存在し、今の私の荒んだ心に冷たい水のような潤いを与える。その反面、それを失った悲しみは、私の貧弱な心臓を突き刺す。それは時に、胸に太い杭を打ち込まれていな痛みになって現れるのだ……。
 目を閉じれば確かに存在している、緑あふれる田園や、夕陽の差す海辺の街並み。もし、それがなければ、あの苦しみや痛みはない。しかし、目に浮かび続ける“それ“を手放すことができない、私がいる。
 引き出しから、薄汚れた宝石箱を開け、古くなり、色のくすんだ安物の指輪や、首飾りを手に取る。埃や黴の匂いが染みついたそれは、暗闇に長く居続けた結果、冷たくなっていた。
 それらを捨てずに、また引き出しにしまうように、思い出を仕舞い、人は歩きだす。

碧深い 遠い海には 靄なびく 朽ち壊れたる 日々と似た色
我が日々は 朽ち壊れたり その眼には 碧く輝く 海見えし日々
朽ち壊れ 罅入りたる 我が日々と 目前に見える 藍深き海
藍深き 遠き海には 靄なびく 朽ち壊れたる 我が目に涙 
潮風と、涙の霞む 靄なびきたる 海の藍色

帰り路 見知らぬ家の 窓からは 幸せを歌う 少女たちの声
幸せを 歌う少女 高い声 見知らぬ家の 窓の中から
子供らが 幸せ歌う 他所の家 窓の明かりを 見る我寂しき   
キンキンと 幸せ歌う 少女たち 窓の外には寂しき私
キンキンと 歌う幸せ 楽し気で その声を聴く 寂しき私

彷徨うて 夜に隠れれば 泣き濡れし 昨日、今日、明日、泊まる宿無し
泊まる宿 なく彷徨いて 立ち止まり 泣き濡れし私 宿は何処か
夜に隠れ 涙滲まし 彷徨える 昨日、今日、明日宿なき私
彷徨いて 昨日、今日、明日、宿もなし 闇に隠れて 泣き濡れるのみ
昨日、今日、明日も彷徨う 我が因果 闇が包めば 涙滲みたり

イヤホンを つけて読み耽る 「朔太郎」 向こうの席の文学少女
「朔太郎」 読み耽る娘 イヤホンの ボリューム上げて 頁繰るなり
イヤホンを つけた娘が 細指で 頁繰る本は 「朔太郎」なり
「朔太郎」読み イヤホンで 音楽を 聴く青白き指の小娘  
生意気や 「朔太郎」読み イヤホンで 何を聞きよるか 向かいの少女

山河鳴く 碧空を飛ぶ 雲の陣 駆け行く風は ただ優しけり 
山河鳴き 流れる雲の大軍勢 駆け行く風は 伝令なりか 
鳴く山河 空に並ぶは雲の陣 風の伝令 陣中駆ける
青き空 陣を張る雲の大軍勢 山河は鳴くよ 嘶きの如く
嘶きの如く 鳴く山河 青空の 陣に 構える雲の軍勢 

路地裏で 毬つく仔らを 見る老婆 しわがれた腕に 汗が流れり
毬をつく 仔らを見る老婆 路地裏の 陽射しは老婆の 腕に汗する
毬をつく 音鳴る路地裏昼下がり 老婆は汗かき 仔らを見ている
ひっそりと 老婆が眺める 路地裏の 仔らが毬つく 午後三時半
老婆見る 毬つく仔らは 楽しげで どこか物憂げな 路地裏の昼

毬放つ 幼子の手を 握りしは うなじ見せたる 小袖着る母
とてとてと 歩く幼子 毬放ち うなじ見せたる人は 母かな
柔らかき 足とてとてと 幼子に 毬投げている 母らしき人
とてとてと 幼子毬を 持ちあゆむ 母らしき人は それを見ておる
母らしき人が 手に持つ 毬を見て とてとて歩き 笑う幼子

夕闇よ その向こうにある 薄灯 “希望“と呼んで 良いか?世界よ
薄明り 夕闇の先に 明々と その向こうにいる 我は寂しき
明々と 夕闇に灯る 薄明り その向こうにいる 闇に住む我 
明々と 薄明り灯る 夕闇と “やみ“に溶け込む 我ただ一人
夕闇に 薄明り灯る 十二月 闇に溶け込んだ 我が見ている

夏盛り 畳に上に寝転びで 縁側から吹く そよ風涼し
夏盛り 畳の上に寝ころびて そよ風涼し 縁側の外
夏盛り 縁側には蚊取り線香 そよ風はこぶ 詩情の香り
縁側に 蚊取り線香 そよ風が 運んでくるは 真夏の匂い
そよ風が はこぶ匂いは 夏空の 日射しのような 線香の香

夢追いし 夏の夕陽が 頬染める 「もう帰ろう」で 終わる一日
頬染める 夏の夕陽が 頬染める 「もう帰ろうか」 その日も終わり
「もう帰ろう」 夕日が夏の日々染める 夢追いし日も そろそろお仕舞い
夢を追う 足を止めるは 夏空が 夕に染まりて 「もう帰ろうよ」
足を止め 夢を追うのは また明日 夕刻だから 「もう帰ろうよ」

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