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【連載小説⑪‐4】 春に成る/サンドイッチ


< 前回までのあらすじ >

マスターの癌発覚で塞いでいた遥は、流果のおかげで前を向き、流果と敬と話そうと『ベル』へ来た。しかし、敬は自暴自棄になり店の中で酔っ払っていた。抱き合う形になりながら、これからのことを話しているところに流果が合流する。

春に成る/サンドイッチ

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

サンドイッチ(4)


床に無造作に散らばっていたものを片付けて、飛び散ったものを拭きながら、流果るかが戻って来たらなんて言ったら良いのか考えていた。雑巾で撫ぜるけど、残るワイン跡。

『流果、さっきのはね、そういうのじゃないの。ホント、気にしないで!』

そういうのじゃない……って言い切れる? けいも流果も好きだけど……どういう好きなんだろう。そういうのだとも言い切れない。お酒の香りのせいか、ふわふわと、宙に浮いているみたい。いつか流果が言ってた『どこに分類される『好き』か分からない』って、こういう気持ちかな……。

何度か往復すると、跡はキレイに消えた。

こんな不確定な状態で『そういうのじゃない』なんて、言い切れない。いろんな考えが巡って、丸くなった私の背中が温かくなった。

「大丈夫? お酒の香りに酔っちゃった?」

「流果……」

「僕にも手当て、できた?」

冗談っぽく笑う流果に、また自分を抑えているんじゃないかと不安になる。

「……流果、怒ってないの? あの、さっきの……」

「……ああ、敬と抱き合ってた事?」

聞いたものの、なんて言って良いのか分からずに、床の雑巾を映した。


「……ハルはさぁ、バカだよね」


トーンが落ちた声に反応する間もなく、私は流果と真っ直ぐに向き合っていた、いや、正確には向き合わされていた。私の顔は、両手で向き合うように固定されていたのだ。固定した手の主は、黒い霧を纏うような笑顔を湛えた。

「初めから、ずっと利用されてる事も知らずに、そんな顔しちゃって」

「る……か?」

「僕が、ハルに取引を持ち掛けたのは、敬の親父さんと関係があったからだよ。敬が親父さんとすれ違ってるのは知ってたから、上手くすれば、二人の仲を取り持ってくれるかもしれないって思ってね。僕が我慢して一緒に居て優しくしてれば、敬の為になるかもしれないって、それだけ。敬のこと好きだってわざわざ伝えたのも、そうすれば君は、敬を好きにならないって思ったんだ。今みたいに、僕を気にするだろうって。全部計算だったんだよ」

視界が、どんどん黒に染まっていく。

「それなのに、そんな奴を庇ったり、心配したりして……ホント、バカ」

何故か、眉間に皺を寄せ、苦しそうに、どこか悲しそうにも見える流果。きっと私も同じ顔をしてる。でも、どうして流果の方が辛そうに見えるんだろう。

流果の手が力を失い、顔から離れた。

「だから、僕を気にする必要なんて、ない。ハルが思ったまま、やりたいように行動すればいい」

何でそんなこと、今言うんだろう? 黒い笑顔、苦しそうで悲しそうな顔、どっちが本当? ずっと……今も、我慢してるの? やっぱり離れた方がいい?

床に珈琲の跡を見つける。

流果が届けてくれた珈琲の味を思い出す。

そんなの、流果にしか分からない。そうじゃない、マスターも、敬も、そして今、流果も言っていた。相手がどう思っていたとしても、どう受け取り、どう思って、どうしたいのか、決めるのは私だ。

立ち上がった流果の背中に、手を当てた。

「……何、してんの」

「それでも、誘ってくれて嬉しかったし、流果が居たから頑張れた事、いっぱいある。やっぱり、流果が苦しそうにしてたら、何かしたい……でも、したいようにしていいって言ってくれたみたいに、流果もそうして。私の事、やっぱり嫌なら、それでいい……悲しいけど、離れたっていい。でも……ずっと『ベル』で頑張るから、もし、気が変わったらいつでも、来て」

流果が嫌がることは、したくない。背中から手を離した。敬も流果も『ベル』から離れて行ってしまうかもしれない。マスターもいなくなってしまったら、本当に一人。それでもやりたい気持ちがあるから、やる。でも、とてつもなく不安が募って、眉頭が重くなる。

敬、やりたいことをやるって、初めてはみんな不安だって言ってたけど、敬が進む時もこういう気持ちだった?

甘い香りと、背中に加わる温度。

流果が私の背に手を当てて、抱き寄せた。当てられた手は、少し、震えていた。

「ずっと、嫌だったんだ。僕はできないのにありのまま話すようになってく二人が。敬と話すハルも、ハルと話す敬も。もう、グチャグチャで……ハルは女なのに、仲良くなりたいって思う自分も。母親にされた事、忘れられなくて、女なんて信じないって決めて生きてきたのに、今更って。だから離れようとしたのに上手くいかないし。このまま、近づいた本当の理由を話さずにいることも、辛くなって。でも、ありのまま話したら、今度こそ離れてくって思ったら、中々言えない自分がまた嫌で。そうしたら、実際に二人に会えなくなって……それが……一番辛くて嫌だったんだ。こんな奴だって分かっても、それでも好きなようにしろって言うなら……ハルが悲しそうだったら、僕も何かしたい。僕も……僕は、これからも、三人でココにいたい」

流果が込めた強さに、全力で応えたい。この手は、敬みたく大きくも、優しくもないけど、でも、今できる全部で背中に手を当てた。

⑪‐3 Sandwich

★「サンドイッチ」の絵と詩の記事はコチラ

※「サンドイッチ」は絵が3枚あります。

※見出し画像は、倉敷龍馬様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。

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