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【連載小説⑫‐1】 春に成る/エスプレッソ・マティーニ


< 前回までのあらすじ >

流果はずっと遥を利用してたことを打ち明け、だから自分を気にすることなく思ったまま行動しろという。そう言いながら自分以上に辛そうな流果に困惑しながらも、流果に気持ちを打ち明ける。流果は、遥を抱きしめながら複雑な心境を打ち明けつつ、これからも一緒にいたいと言う。

春に成る/サンドイッチ

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

第四章  他


エスプレッソ・マティーニ(1)


「うん、普通かな」

「ふ、普通……」

「そりゃ、いきなりマスターみたいな味にはならないんじゃない?」

翌日、マスターに教えてもらいながら淹れた珈琲を飲んだ流果るかは、笑いながら素直な感想を言ってくれた。少し項垂れる姿を見て、マスターも微笑む。

少し荒々しくベルが鳴った。鳴らした本人は、言葉を失っている私達を無視して、流果の横にドカっと座った。

「もう、体調大丈夫なの? 相当飲んでたけど」

「……ハル一人に店、任せるわけにはいかないからな」

「店、続けるって決めたんだね」

「……大切な店、潰されたら嫌だろ」

「ふふ、そうだね」

「二人ともヒドイ……けい、何にする?」

「……珈琲。詳しくは分かんねぇから、任せる……流果、昨日、珈琲ありがとな」

「マスター! 珈琲、お任せでお願いしても良いですか?」

呆然と敬を見ていたマスターが現実に戻って、用意を始める。流果と話しながらも、初めて来店した昼の『ベル』を、どこか観察するような目で見ながら、珈琲を待つ敬。

奥のマスターの絵が、いつもより輝いて、なんだか笑っているみたいだった。

「……おまたせ、しました」

どこかぎこちないマスターの音。一口飲んだ後、目を醒ましたかのように、大きくした瞳。カップの中の珈琲を、まじまじと見つめていた。

敬には、どんな景色が見えたんだろう?

特に敬と言葉を交わすことはなかったけれど、マスターはキラキラしていて、いつもより笑みが深い気がした。

「流果、この後、予定あんのか?」

「いや? 特にないよ? どうかした?」

「……店、今日は空ける予定だから、寄ってけば?」

「……うん、じゃあ、そうする」

「え! お店開けるなら、手伝う?」

「はぁ? ハルはもう昼メインで入るんだろうが。さっさと帰って寝ろ」

そうか、もう夜のバイトに入る事はないんだ。少し寂しいけど、昼の『ベル』で頑張るって決めて、覚えることもいっぱいだし、私は私で進まないと。

「あ、サンドイッチ! 食べてもらおうと思って作ってきたから、試食お願い」

「ああ、この前食べれなかったもんね」

冷蔵庫から、サンドイッチを出す。

「可愛い形とピックですね。食べやすいように一口サイズになってるんですね」

マスターが微笑みながら覗き込む。三人が口に運ぶのを、手を握りしめながら見つめる。

「……まぁ、普通」

「うん、予想通りの味かな」

微笑むマスター。

「うぅ……」

私のメニューが店頭に出されるのは、もう少し先になりそうだ。

私が心配だという口実で、遅めの午後から敬はマスターに会いに来ている。会話は多くなく、ほとんど私か流果と話してはいたものの、なんとなく、二人共嬉しそうだった。

昼の『ベル』が終わり、マスターが帰った後、夜の『ベル』の客として少し残って、マスターに出すお酒について話し合う日々。

マスターに食事制限はなかった。つまり、余命が少ない為、好きなものを飲んだり食べて欲しいということだという。まだ全然信じられないし、何故か治ってしまった人もいると聞くし、マスターも、そうだと信じ込ませようとしている。

「親父、抗癌剤治療は受けないってきかなくて……医者が進行が早くなるって言っても、それすると、味が分からなくなるから嫌だって……俺は、親父が思ったように、すればいい……と思う」

強く握った拳に、たくさんの葛藤があったことが物語られている。進行が早くなるなんて絶対嫌だけど、もう、何も言えなくて、私も引き止めるように握る力が強くなる。

提供するお酒は『エスプレッソ・マティーニ』に決まった。名前の通り、エスプレッソが使用されるお酒だ。そのエスプレッソを作るという大役を任された。昼のメインである珈琲と、夜のメインであるお酒が合わさったメニュー。切手型ドリップ珈琲のパッケージになった、あの絵に込められた『二つで一つのお店』が形になったメニュー。私がしっかりしたエスプレッソを淹れれて、『エスプレッソ・マティーニ』をマスターに飲んでもらえれば、少し安心してもらえるのではないかと思うと力が入る。

一層力を入れてマスターから教えてもらう事に取り組んでいると、マスターが言う。

「基礎的なことはお教えしますが……このままの『ベル』じゃなくていいので、遥さんの『ベル』をつくって行って下さいね。メニューもオリジナルで」

マスター、そんな、居なくなった後のことなんて言わないで。時間がないみたいに感じてしまう。まだまだ、いっぱい教えてもらいたい。一緒に居たい。やめて、やめて。何気ない言葉が刺さって、溢れそうになったり、倒れかかっても、敬が、流果が、支えてくれた。

敬も時々、いつもの敬じゃなくなって、流果も私もできることをしたけど、役に立ててたらいい。そう思う気持ちが重なり合うように、地面が落ち葉で埋まっていく。

⑫‐1 Espresso Martini

★「エスプレッソ・マティーニ」の絵と詩の記事はコチラ

※「エスプレッソ・マティーニ」は絵が2枚あります。

☆次の話はコチラ

※見出し画像は、西田親生@ICTdoctor・総合コンサルタント様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。

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