その映画、剃り残してない?〜ヒゲ視点で楽しむためのヒント〜
芸大出身の女性と、とある映像作品を観ていたときの話だ。
「この作品、ヒゲの使い方が面白いね」
ボクがそういうと彼女はポカンとくちをあけていた。
「ヒゲに注目したことなかった」
芸大出身なのにヒゲに注目したことがないなんてありえないだろっ!と言おうと思ったけど、そもそもヒゲ視点で映画を観ているひとは、そんなにいないのかもしれない。
なんてことを考えているうちに、映画を観るとついついヒゲばかり注目してしまうようになってしまったので、今回はそんな話を書こうと思う。
【ヒゲは映画にとって必要な"道具"である】
ヒゲの似合う俳優と言えば?
『朝までそれ正解』でお題にすれば、満場一致で「山田孝之」とフリップに書かれそうなお題だ。朝までどころか、スタジオに入って秒で終わる。
そう、山田孝之である。ヒゲの似合う俳優と言えば、山田孝之がこの場合の正解だ。
オダギリ・ジョー、松山ケンイチ、西島秀俊、浅野忠信、竹野内豊、真田広之。そのあたりも頷ける範囲ではあるが、やっぱりこの場合は山田孝之が正解だ。
なぜ、この場合の正解なのか。彼のインスタグラムに投稿された一枚の写真がその答えだ。
この写真に添えられたコメントがコチラ。
「俳優に髭が必要な”道具”であることをわかりやすく解説した比較画像。」
さすが山田孝之である。ボクの言いたかったことを写真一枚で見事に表現してくれている。やっぱり写真ってのは凄い。そんなわけで、今回はヒゲがいかに重要か十分に理解できたと思う。それじゃ、おやすみなさい。
俳優志望の方々、明日になったらヒゲが生えていると良いね。
なんて終わり方をしたら、ヒゲを全部剃られてしまいそうだから、まだまだ書くのはやめない。ヒゲだけは剃られたくない。
ちなみにボクはその昔、仕事関係で出会ったお偉い方に、飲み会のノリでヒゲを剃られたことがある。しかも、半分だけ。まさに写真の山田孝之状態になった。山田孝之状態といえばカッコはつくが、そのときはさすがに殺意を覚えた。山田孝之主演『凶悪』のセリフを借りれば「ぶっこんでやる」と本気で思った。あれ、なんの話だっけ。
【演出道具としてのヒゲ】
山田孝之も言っているように、映画においてヒゲは重要な道具だ。
見せ方ひとつで「キャラクター」をつくることができる。
ヒゲを生やすか、生やさないか。整ったヒゲにするか、無精ヒゲにするか。あごヒゲにするのか、くちヒゲにするのか、それとも繋げてしまうのか。ヒゲの生やし方ひとつで、そのキャラクター性を感じさせることができる。
老けて見えたり、若く見えたり。お金持ちに見えたり、貧乏人に見えたり。お堅い職業のひとに見えたり、アウトローに見えたり。
同じ役者でも作品によって、役によって、ヒゲの生やし方が違うので、ぜひ注目してみてほしい。
さらにヒゲは「時の経過」「状況の変化」「精神状態の変化」などを表現する道具としても有能だ。どういうことか。こんなときは山田孝之に頼るしかない。『凶悪』の予告編をチェックしてほしい。
前半に出てくる山田孝之はヒゲを生やしていない(ヒゲが濃ゆいからうっすら生えているようにも見えるけど、そこは無視しよう)。ジャーナリストとして出版社に勤めているので、会社員として当然のようにヒゲは剃っている。
しかし、後半になると、次第にヒゲが生えてきている。それも整えたヒゲではなく、どう見ても無精ヒゲ。ジャーナリストとして「先生(リリー・フランキー)」を追っている彼にはヒゲを剃る余裕なんてものはなく、無精ヒゲのまま出社して声を荒げている様子はかなり切迫していることが見て取れる。
お分かりいただけただろうか。ヒゲの演出道具としての重要性を。
さすが、山田孝之である。ヒゲの似合う俳優と言えば、やっぱり山田孝之がこの場合の正解だ。ちなみにここまでで山田孝之と13回書いてみた。いまのが14回目だ。
んなこと、わざわざ言われなくても分かってたよ。そんな声も聞こえてきそうなので、これだけは言わせてほしい。アイムソーリー、ヒゲソーリー。
【ヒゲ視点からオススメする映画!!!】
ここまで、山田から孝之までの例を出したことで、映画鑑賞におけるヒゲ視点の重要性をわりかし理解いただけたと思う。
ここからは、そんなヒゲ視点からオススメする映画を紹介したい。もうヒゲの話は十分だよと思った方は安心してほしい。1本だけしか紹介しない。書くのが疲れてきた。
『007 スカイフォール』(サム・メンデス監督,2012)
ヒゲの話をしてるのに、ジェームス・ボンド!? そう思った方は立派なヒゲ野郎だ。ぜひ飲みに行きたい。たしかに英国紳士のジェームス・ボンドにはヒゲのイメージはないだろう。
今じゃヒゲの似合うダンディなおじさまの代名詞であり、初代ボンドでもあるショーン・コネリーでさえも、ボンドの頃はヒゲを生やしていない。
そう、基本的にボンドはヒゲを生やさない。なぜか。なぜかまでは知らない。けれど、生やしていないのだ。歴代ボンドが知りたいという方はコチラをチェックしてみると良い。
【公開前から賛否両論起きた50周年記念作品】
『007シリーズ』をご存知ない方に、サクッと説明すると、イギリス作家のスパイ小説が原作となった映画界の大御所的なスパイ映画シリーズだ。
シリーズ全24作品を通して、監督や俳優は変わるものの、キャラクターの設定は基本的には同じ。イギリスの秘密情報部「MI6」に所属する諜報部員「ジェームス・ボンド」が主人公の物語である。
今回オススメする『スカイフォール』は、シリーズ50周年記念作品であり、シリーズ初のアカデミー賞監督を起用した作品であり、シリーズ初の無精ヒゲ・ボンドを楽しめる作品なのであります。
そんな記念すべき作品なのだが、公式スチールが初公開されたとき、賛否両論が巻き起こったそうだ。その理由というのが、まさにヒゲ。
公式スチールのボンドが無精ヒゲをたくわえていることが話題となり、公開前からファンの間では「ヒゲを剃っていないボンドはありえない」といった声もあがっていたらしい。
それだけジェームス・ボンドとヒゲは結びつかない関係なのだ。
【無精ヒゲにはワケがある!】
歴史ある007シリーズに初めて採用されたヒゲ。監督の悪ふざけではないし、ダニエル・クレイグが極端に早くヒゲが伸びてしまうタイプというわけでもない。完全に余談だが、高校生の頃に学生証の写真を撮るためにヒゲを剃って撮影会場へ向かったとき、カメラマンから一言「君はまずヒゲを剃ってからにしなさい」と言われたことがあるが、「殺しのライセンス」を持っていたら迷わず撃っていたと思う。
なんの話かというと、ボンドの話だ。
ファンが違和感を覚えてしまうほど、そのイメージに似つかわしくない無精ヒゲをあえて生やしていたのには、もちろん理由がある。それは、本作品で描かれているボンドが過去の作品とは大きく異なる点に関係してくる。
過去作品のボンドは「現役のイケイケボンド」が大半だが、本作品のボンドは違う。ロートル扱いされており、劇中のセリフで言えば「Old Dog(老犬)」のボンドなのである。
ただ、年配=ヒゲを生えている、という意味ではないからね。
【復活するということ、ヒゲを剃るということ】
冒頭から衝撃的なシーンではあるが、ターゲットを追い詰めるボンドは仲間の銃弾によって川へ転落。意識を失いながら下流へと流されていく。
MI6では死亡と判断され、ジェームス・ボンドは亡き存在へ。そうこうしている間にも、敵はあの手この手で仕掛けてくる。MI6としても存続自体が危ぶまれている。
もちろん、ボンドは死んでいない。奇跡的に一命をとりとめ、とある場所でゆっくりと英気を養っていた。当然のように美女と一緒だ。ヒゲは若干伸びている。
そんなある日、バーで飲んでいると、テレビから「MI6が攻撃された」というニュースが。ボンドはMI6へと向かう。
しかし、死亡したことになっているため、すでに登録は抹消済み。殺しのライセンスも持っていない。そのため、再テストを受けることになるのだが...。とまぁ、細かく説明していてもキリがないし、まずは観て欲しいので割愛する。
とにかく、一度死んでから復帰するまでの間、ボンドは無精ヒゲなのだ。そこが重要なのである。つまり、現役ではない状態を表現するひとつの道具としてのヒゲが使われているのだ。そして、その状態がわりと長い。長いからこそ、復活後の任務に向けての「とあるシーン」が熱くなるのだ。
それが、このシーン。くすぶっていた状態(=ヒゲ)と決別し、現役に復活することを見事に表現している。何よりも、ヒゲを剃るだけなのに、エロい。
このシーンで描かれている重要なポイントがもう一つ。本作品自体のテーマでもある「伝統と革新」である。
ここまで「老犬」「古臭い」「時代遅れ」などと言われてきたボンドと、ピチピチの若手であるイヴ(ってかそもそもボンドを撃っちゃった奴)の会話がシビれる。
Eve: Cut-throat razor. How very traditional.(そんなカミソリ。古風なのね。)James Bond: Well, I like to do some things the old-fashioned way.(古臭いものが好きなんでね。)Eve: Sometimes the old ways are the best.(時には古風なやり方がベストなこともあるわ。)
実に見事だ。このシーンを観るために前半を観てきたと言っても過言ではない。
ちなみに映画公開後、この手のカミソリが爆発的に売れ、売り上げが405%もアップしたらしい。影響される気持ちも分かるが、影響されすぎだろ。
【ヒゲには意味があり、意図がある】
かなり長々と書いてしまった。ヒゲも伸びてきた気がするので、そろそろ終わりにしよう。本当は『プレデター』のヒゲ剃りシーンとか、ジャッキー・チェンの『ベストキッド』とかも紹介したかったんだけど、それはまた別の機会に書きたいと思う。
どこの誰が読んでくれているかは分からないけど、今までヒゲという視点から映画を観たことがなかったとしたら、一度くらい気にして観てみると面白いかもしれない。
ちなみに最近知ったヒゲのトリビアだけど、トランプのハートのキングにだけはヒゲが生えてないそうです。
それは知らなかった。
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