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透明少女【フィクション】

考えても分からないことを考えるのをやめた。他人への興味は失せ、少しばかりの自己愛は気づいた時にはもうそこにはなかった。元々、そんなものはなかったのかもしれない。

目の前の信号が、黄色から赤に変わろうとしている。イヤホンからは昔に流行ったバンドが、愛を歌ってる。今の彼女とは付き合って半年になる。私のこと好き?と聞かれれば、うんと言う。別れてほしいと言われても僕は同じ返事をすると思う。もし別れたら、また誰かと付き合うだろう。

好きでもないことを好きだと言えるのは、きっと自分も自分の周りのすべてのことにも興味がないから。僕は僕を演じるのが上手い。

一年半付き合った彼女に突然別れを切り出したら、泣きながら何考えてるかわかんないよ、と言われた。僕が一番わかんないのに、お前に僕が分かるはずなんてない。

学校に着くころには、もう2時間目の授業が始まっていた。

授業中の教室に入ると目立つから、授業が終わるまで玄関横の男子更衣室に入って待つことにしている。ここは見回りの先生も入ってこない。おはよう。今日会えたりする?彼女にラインを送る。もちろん彼女は授業を受けているので、返信は来ない。

更衣室を取り囲むコンクリートの壁には卒業生の落書きがある。「この時を一生忘れない」「One For All, All For One」それらは言葉と言うよりも呪文のように感じた。高校生たるもの、青春をしなければならない。

突然、更衣室のドアが開いた。すぐに隠れた。先生ではなさそうだ。つけていたイヤホンを外し、息を殺して、そっとドアの方を見た。

女子生徒だ。

女子が男子更衣室で何をしているんだ。女子生徒は男子の脱いだ制服を物色している。1人の生徒のズボンから財布を抜き取り、中身をポケットに入れた。僕は盗みをする人の眼をはじめて見た。決して楽しそうではなく、怖そうでもなく、長い髪から覗くのは悲しそうな眼だった。前々からこの学校で盗みが横行していることは知っていた。それが都市伝説などではなく、本当にあることに驚いた。

その時、LINEの通知音が更衣室に鳴り響いた。

ここで隠れても仕方ないので、正直に白状した。ただ授業をサボっていただけだということ、そして敵意がないこと。まぁ、味方でもないんだけど。それらを言い終わると、間の悪いことにチャイムが鳴った。体育終わりの男子がやってくる。

僕たちはそこからすぐに立ち去り、中庭に行った。中庭にはベンチがあって、そこはいい具合に草が生えていて見えにくくなっている。

「10万。」

「ん?」

「財布に10万入ってたの。」

僕は言っている意味が理解できなかった。

2人でジュースを飲んだ。僕はなっちゃん。彼女はドクターペッパー。彼女の名前はナナカと言うらしい。

僕はナナカの弱みを握っているはずなんだけど、たとえ僕がこの事実を公表するぞと脅したとしても、「だからなに?」と跳ね除けてしまいそうな、そんな危なさをナナカはまとっていた。

「10万で何すんの?」

「うまい棒でも買うわ」

「何本買えんねん」

「全味コンプリートや」

彼女は嘘っぽく笑うのが上手だった。僕にはわかった、僕もそうだから。同じ匂いがした。話していても、ナナカは上の空で、例えるならば、タバコを吸う人が煙を吐きながら空を眺めるような気の抜けた感じだった。

「27歳で死ぬねん。」

「誰が?」

「ウチが。」

「ロックンロールやねぇ。」

「よう知ってんな、自分バンド好きなんや。」

「有名な話やんか。」

チャイムが鳴った。3時間目は家庭科の調理実習だった気がする。

「あんた行かんの?」

「そっちはいかんでええのん?」

「まぁウチ27で死ぬからなあ。」

「でも学校にはちゃんと来てて偉いな。」

「うっさいなあ。」

ナナカの持っていたドクターペッパーを取り上げ、少し飲んだ。

変な味だった。

「美味しいやろ」

ポケットのWALKMANから、かすかに音が漏れていた。バンドは変わらず愛を歌ってる。それから2人で何を話したかは覚えていないし、お互いにTwitterやインスタ、LINEも聞かなかった。

そしてこの日以降、ナナカと学校で会うことはなかった。もしかすると誰かが、先生に盗みのことを言ったのかもしれない。考えても分からないことばかり考えてしまう。

ナナカはどこかに消えて、彼女の悲しそうな眼と、ドクターペッパーの変な味だけが残った。

僕はもうすぐ27歳になる。

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