見出し画像

【小説】本当に死ねるその日まで(6)


※この小説は、ジャンププラス原作大賞に応募したシナリオを、小説の形に再編集したものです。ジャンププラス原作大賞への応募作は、こちらをご覧ください。


前回:【小説】本当に死ねるその日まで(5)




 僕はソファに座っていた。暖房の風がゆるりと肌に触れる。

 穏やかな土曜日の昼下がり。でも、こめかみに当たる固くて冷たい感触が、今が日常ではないことを伝える。

 僕の頭に突きつけられているもの。それは天井照明を浴びて、黒く輝く拳銃だった。

「覚悟はいいな?」

 僕は小さく頷いた。大丈夫だとは分かっていても、やはり撃たれるのは怖い。

 それでも、このままの状態ではらちが明かなかった。

「じゃあ、いくぞ。3、2、1……」

 カウントダウンが終わると同時に、銃声が鳴り響いたのを僕の耳は聞く。

 本来なら次の瞬間には強烈な痛みを感じて、意識を失っているところだろう。

 でも、僕はピンピンしていた。やっぱり死ねない体質になってしまったらしい。

「どうだ? 何か見えたか?」

 そのままの姿勢で聞いてくる傘井に、僕はとりあえず拳銃を下ろしてほしいと伝える。

 何の影響もないとはいえ、拳銃を突きつけられるのは、いい感じはしない。

「すいません。何も見えませんでした」

 僕がありのままを伝えると、傘井は目に見えて落胆した。

「そっか。何か見えると思ったのにな。やっぱり他殺じゃなくて、自殺じゃなきゃいけねぇのかな」

 あれから僕らは色々死ぬ方法を試していた。包丁で胸を刺されてみたり、ロープで首を吊られてみたり。

 だけれど、走馬灯が見えたことは一回もなかった。

 僕の存在意義がないみたいで、申し訳ない思いが募っていく。

「ごめんなさい。力になれなくて」

「いいよ。これで地道に探すしかないって分かったわけだし」

 切り替えようとしていても、傘井の顔は落胆を隠せていない。

 僕も体質には頼れないことが分かって、気を引き締め直す。

 分かっていたけれど、今回の依頼はそう簡単ではなさそうだった。



「えっとつまり、いなくなった犬を、僕たちに探してほしいってことですか……?」

 遡ること一時間前。僕は依頼主の男性におそるおそる尋ねていた。隣で足を組んで座っている傘井を、なるべく視界に入れないようにしながら。

「はい。トーマスがどこに行ったのか、見つけてほしいんです。いなくなったのが、昨日の夜から今日の朝にかけてのことなので、まだそんなに遠くには行っていないはずです」

「なるほど。ちなみにそのトーマス、くんでいいんですよね? 特徴を教えてもらえますか?」

「五歳のミニチュアダックスフンドで、毛は茶色です。生まれつき右耳が少し折れ曲がっているので、それが最大の特徴です」

 僕は相槌を打ちながら、依頼主が言ったことをノートに書きこんだ。頭の中で姿を想像する。

 でも、そのイメージは、横から飛んでくる傘井の声にかき消された。

「あんたよ、ウチに来る前に、まずやるべきことがあんじゃねぇのか? 『探してます』のポスターを作って掲示板に貼ったり、知り合いに聞いてみたり。まずはそういったとこからじゃねぇのかよ」

 傘井は明らかに面倒くさがっていた。

 何を言ってるんだと、僕は横目でメッセージを送る。せっかくの依頼をみすみす逃すなんて、考えられない。

「確かにおっしゃる通りです。もちろん、それもやります。でも、私たちは一刻も早くトーマスを見つけたいんです。今こうしている瞬間にも、寒さで震えているかもしれない。そう思うと、悠長なことは言ってられません」

 僕は相槌を打つ。依頼を抜きに、トーマスのことが心配になっていた。

「それにトーマスは、私の息子の大事な飼い犬なんです。トーマスがいなくなって、息子はすっかり塞ぎこんでしまっている。息子のためにも、私たちはトーマスを今すぐ見つけ出さなければならないんです」

 依頼主の言葉には熱がこもっていた。よほどトーマスの身を案じているのだろう。

 その熱は、傘井も動かしたようだ。「ったく、しょうがねぇな」と言いながら、ソファから背中を離して、依頼主に向かって三本の指を立てている。

「……三千円ですか?」

「いや、三万円だ」

 僕には探偵の仕事の相場は分からない。

 でも、依頼主が一瞬固まっていたから、法外な値段なのは何となく察せられた。本当に依頼を受ける気があるのか、訝しんでしまう。

「まず頭金として三万円もらおう。それでしばらくは探してやる。まあ捜索が長引いたら、当然追加料金もいただくけどな」

 依頼主はすぐに決断を下せずにいた。当然だ。三万円が小さくない金額だとは、子供の僕でも分かる。

「どうすんだ? 俺たちに、その犬を探してほしいんじゃなかったのか? 今だって寒さに震えてるかもしれないんだろ?」

 まるで弱みにつけこむかのように、傘井は言葉を重ねていた。酷いやり方だと思う。少し迷った挙げ句、財布を取り出している依頼主に、僕は申し訳なさでいっぱいだった。

 しっかり三万円を受け取ると、「依頼は確かに受けたぜ。まあ俺たちに任しときな」と、傘井は露骨に態度を変えた。文字通り現金なやつだと思わずにはいられない。

 「よろしくお願いします」ともう一度頭を下げ、依頼主は事務所を後にした。二人だけになった室内に、暖房の風が空々しく流れる。

 三万円を懐にしまうと、傘井はすっと僕の方を向いてきた。顔がにっこりと微笑んでいて、嫌な予感がした。

「よし。じゃあさっそく、お前死ね」



「とりあえず依頼主が言ってた、そいつとよく行ってた場所を探してみるか」

 拳銃を机の引き出しにしまい、傘井は仕方なしに言った。じっと見たままでいると、傘井は口をとがらせる。

「いや、ちゃんと探す気あるんだなって。なんか意外でした」

「お前、俺を何だと思ってたんだよ。金貰ったからには、やることはちゃんとやるっつうの」

 「ほら、さっさと行くぞ」。そう言って、傘井はジャケットを羽織った。僕も立ち上がって、向かいのソファに無造作に置いていたアウターを手にする。

 ボタンをかけながらも、気になっていたことを僕は口にしていた。

「そういえば、外全然騒がしくないですね。銃声が聞こえたんだから、もっと騒然として、警察が駆けつけてきてもおかしくないのに」

「だから言ったろ。時間が巻き戻ってるって。さっきの発砲は、なかったことになってるんだよ。あと俺が銃持ってることは、誰にも言うんじゃねぇぞ」

「分かってますよ。でも何で銃持ってるんですか?」

「それはちょっとした伝手があったんだよ」

「怪しいですね」

「怪しんでくれて結構。ほら、ぼさっとしてないで行くぞ」

 事務所から出ていく傘井を、僕は即座に追いかけた。凍てつくような空気が、再び僕に触れる。

 街は朝、僕がここに来たときと何も変わっていなかった。



 それから僕たちはしばらくトーマスを探し続けた。依頼主に教えてもらった散歩コースを中心に、辺り一帯をくまなく探した。少し足を伸ばして、二駅離れたところにあるドッグランや公園にも行ってみたけれど、どこにもトーマスはいなかった。

 考えてみれば依頼主から情報を貰ったとはいえ、しらみつぶしに探すのはあまりいい方法とは言えない。でも、ヒントがまったくないから、僕たちはそうするしかない。

 何度も同じ場所を探したけれど、成果はとうとうなかった。

「もう暗ぇし、寒いし、今日はこのへんでいいだろ」

 傘井が今日の捜索終了を告げたのは、夜の七時を回った頃だった。僕が「もうちょっと探しましょうよ」と言っても、「そんなに探したいんなら一人で探してろ」と言って聞かない。

 それに暗いと、ますますトーマスは見つけづらくなるだろう。傘井の見下ろす視線に、僕は気がつけば頷いていた。

「じゃあ、明日は事務所に九時集合な。遅れてくんじゃねぇぞ」

 僕がもう一度頷くと、傘井は踵を返して僕から離れようとする。後ろ姿が夜に溶け始める。

 でも、僕は傘井の後を追った。何回か事務所に来ても、気になることは一個も解消されていなかった。

「何でついてくんだよ」

「別についていってなんかいませんよ。僕の家もこっちの方向なんです」

 それを証明するかのように、僕は傘井に並んで歩いた。背の高い傘井は歩幅も大きかったから、僕はいつもより速く足を動かす。

「今日、見つからなくて残念でしたね」

「そりゃ一日やそこらで見つかるわけねぇだろ。手掛かりも全くねぇなか、やみくもに探してたらなおさらだ」

「もしかして、明日も見つからなければいいって思ってます?」

 傘井は何がおかしかったのか吹き出していた。

「あのなお前、このまま見つからなければ、依頼主からいくらでも金をぶんどれる。そう俺が考えてるとでも思ってんのか? んなわけねぇだろ。俺は明日だって本気で探すぜ。犬っころに、いつまでも時間をかけてるわけにはいかねぇからな」

 口は悪かったが、傘井にもちゃんと探そうという気はあるらしい。

 僕は少し安心した。明日も引き続き捜索に励むことができる。

「傘井さんって、このまま事務所に行くんですよね?」

「それがどうかしたかよ」

「僕も事務所に泊まっていっていいですか?」

 「はぁ?」と傘井は眉間に皴を寄せていた。自分でも分かる。僕の提案は突拍子もなかった。

「お前、何言ってんだよ」

「だから、事務所に泊まりたいって言ってるんです。ほら、二人で協力すれば調べ物? も早く終わるじゃないですか」

「手がかりもねぇのに、何を調べんだよ」

「それはその……、色々ですよ」

 うまく返事ができなかった。僕の提案は、まったくの見切り発車だった。

「あのな、お前に金がねぇことは俺も分かってる。犯人だった親戚からの仕送りも、もう貰ってねぇんだろ? でも、それとこれとは話が別だ。お前がいると、俺の休息の邪魔なんだよ。ただでさえ今日は、長い時間歩き回って疲れてんだ。ゆっくり休ませてくれよ」

 そう言われると、僕はぐうの音も出ない。歩き回って疲れているのは、僕も同じだった。家に帰ってご飯を食べたら、そのまますぐに眠ってしまいそうだ。

 僕たちは角を曲がる。交差点の向こうに、事務所が入った雑居ビルが見えた。

「ほら、俺ももう飯食って寝るから。子供は帰ってテレビでも見てな」

 にべもなく雑居ビルへと向かっていく傘井。

 僕はその後ろ姿を、今度は追えなかった。興味本位の僕に、そこまで深入りする権利はないだろう。

 来た道を引き返し、自分の部屋へと向かう。一人だけの部屋は、二週間が経った今でも、まだ慣れてはいなかった。



 翌日。僕は集合時間の九時一〇分前には間に合うように、事務所へ向かった。

 ノックをして入ると、すでに傘井はちゃんと外に出られるような服装で待っていた。昨日とは違う服に、髭も剃られている。

「遠藤、遅ぇぞ」

「いや、集合時間には間に合うように来たんですけど」

 心なしか傘井の顔には、自信が漲っているように見える。胸を張っているから、ただでさえ高い背丈がより高い。

「で、どうしたんですか? 一晩寝て頭はすっきりしたんですか?」

「ああ、もちろんだ。おかげで犬っころの居場所が分かったぞ」

 声高々に言った傘井に、僕は驚いてしまう。僕を帰らせたのは、調べ物をしているところを見られたくなかったからなのか。

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。三丁目の児童公園あるだろ。そこに奴は必ず来る」

 そう傘井は言い切った。けれど、僕にはなぜそこまで自信満々でいられるか分からない。

「どうしてそう言い切れるんですか? 根拠でもあるんですか? まさか勘で言ってるんじゃ……」

「お前、失礼だな。勘で言ってるわけじゃねぇよ。昨夜、夢を見たんだ」

 夢って。そんなのが根拠になるわけがない。

 でも、傘井は「お前今『夢って』って内心バカにしただろ」と、僕の思ったことをピタリと言い当てた。

「俺の夢はただの夢じゃねぇんだよ。いわゆる予知夢ってやつだ」

 予知夢。その言葉の響きがファンタジーすぎて、僕は戸惑ってしまう。「何言ってんですか」とたしなめたくもなったが、傘井の目は本気だった。

「言っとくけど冗談じゃねぇぞ。ほら前、お前にその走馬灯は、お前の能力だって話しただろ?」

 僕は頷く。突拍子もないことを言っているわけではなさそうだ。

「俺たち死ねない奴にはな、なぜだか知らねぇけど、それぞれプラスアルファの能力があんだよ。それがお前は走馬灯で、俺は予知夢だって話だ」

 傘井の話はにわかには信じられなかったけれど、僕があの日見た走馬灯は事実だ。

 だけれど、まだ信じ切ることはできず、僕はおそるおそる尋ねる。

「本当に未来のことが見えるんですか……?」

「ああ、本当だ。つっても、そんな使い勝手のいい能力じゃねぇぞ。予知夢は八時間以上続けて寝ねぇと見れねぇし、見れる範囲も半径三キロメートル内の出来事に限定されてる。ただ」

 言葉を区切った傘井に、僕は息を吞んだ。

「俺が見た予知夢は、一〇〇パーセント現実になる。これは今までの経験から言っても、間違いねぇ」

「……じゃあ、あの日僕が屋上から飛び降りることが分かったのも、予知夢を見たから……?」

「まあそんなとこだな。みなまで言わせんなよ」

 傘井は淡々と言っていたが、実例を出されて、僕はすっかり傘井の言うことを信じていた。確かに僕に能力があるならば、同じ体質の傘井にあってもおかしくない。

 「ほら、そうと決まればさっさと行くぞ」と傘井はいつものジャケットを羽織って、呼びかけてくる。

 僕も素直に頷いた。依頼完了に向けて、事態は一気に動き出していた。


(続く)


次回:【小説】本当に死ねるその日まで(7)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?