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【小説】本当に死ねるその日まで(4)



※この小説は、ジャンププラス原作大賞に応募したシナリオを、小説の形に再編集したものです。ジャンププラス原作大賞への応募作は、こちらをご覧ください。



前回:【小説】本当に死ねるその日まで(3)




「で、どうしたの? 私に話したいことがあるって」

 ゆったりとしたジャズが流れるカフェチェーンの一角で、加奈さんは僕に尋ねた。

 それでもチラチラと視線は、僕の隣に座る傘井に向いている。面識のない大男はやはり気になるようだ。

 僕は話の切り出し方に迷う。加奈さんにも用件は知られているだけに、何と言ったらいいのか掴めなかった。

「あの……、加奈さん。大学の方はどうですか……? ちゃんと行けてますか……?」

「うん、昨日はさすがに出れなかったけど、今日は二限から行くつもり」

 こんな回りくどい話は、僕も加奈さんもしたくない。

 なのに、僕は「そうですか……」と答えるきりだった。隣から圧を感じる。

「ずいぶん薄情なんだな。一昨日彼氏が死んだってのに」

 遠慮なんてないかのように、傘井が話に入ってくる。

 加奈さんは明らかに目を伏せた。僕と同様、まだ立ち直れていないというのに。

「それとも何か? 彼氏にはとっくに愛想でも尽かしてたか?」

 人を思いやる心がないと思うような言い方に、僕は「ちょっと、傘井さん」とたしなめる。

 でも、傘井は悪びれる様子を見せていなかった。加奈さんはまだ顔を上げられていない。

 ホットコーヒーの細かな湯気が、僕たちの間に立ちのぼる。

「ねぇ、この人誰? 警察、じゃないよね?」

「えっと、一応探偵さんです。ちょっと縁があって、事件の捜査を手伝ってもらってます」

「どうも、一応探偵です」

 傘井は小さく笑ったが、当然加奈さんに大した効果はなかった。心を開いていないのが分かって、板挟みになった僕は肩身が狭くなる。

「ねぇ、なんで探偵になんて頼んでんの? 警察に任せとけばいいでしょ」

「ま、まあ。それはそうなんですけど……」

「ねぇ、もしかして私のこと疑ってるの……? 私が海に何かしたと思ってる……?」

 図星を指されて、僕はすぐに返事ができなかった。

 傘井が「そうだよ。だってお前見るからに怪しいから」と心のないことを言っていて、立ち上がって口を塞ぎたくなる。腹を立たれて、テーブルを後にされてもおかしくない。

 だけれど、加奈さんはまだ座っていて、傘井を睨みつけるように見ていた。

「そんな、私がやるわけないでしょ。私と海の関係は、順調そのものだったんだから」

「そう強調されるとますます怪しいな」

「何言ってんの? 私たちは先週もデートしたんだよ。何なら撮った写真見てみる?」

「いいよ。お前らの惚気になんて興味ねぇし」

 二人の相性は水と油で、安易に会わせるんじゃなかったと僕は後悔してしまう。

 「まあまあ」と間に入る。お兄ちゃんを失って一番悲しいのは、僕だというのに。

「加奈さんの言ってること、分かりました。確かにお兄ちゃんと加奈さんとの関係は、僕から見ても良好でしたし、そんなことをする理由がないですもんね。疑ったりしてすみませんでした」

 僕は流れで頭を下げた。隣で傘井が「おい、こいつが怪しいって言ったのは、お前じゃねぇかよ」と言っていて、いい加減黙ってくれないかと思う。

 加奈さんは「まあ、いいよ。海に近い私を疑うのは当然だしね。まあ、不快は不快だけど、今すぐに帰ってくれたら許してあげる」と言ってくれた。

 僕はその言葉通りに、頼んだカフェラテも飲まずに、カフェを後にしようとする。

 傘井にもここはどうか引いてもらうように頼む。傘井は、自分が注文したコーヒーを最後まで飲み干していた。



「なるほどね。事情は大体分かったわ」

 叔母さんが納得したように言う。話を聞いてもらえないかもしれないと思っていたので、ひとまず安堵した。隣では傘井が今日二杯目のコーヒーを、息で冷ましながら飲んでいる。

 僕たちは電車を乗り継いで、叔母さんの職場の近くまで来ていた。昼休憩の間に会えないかと連絡したところ、意外にも叔母さんは了承してくれたのだ。

 学校はどうしたのかと聞くこともなく、叔母さんは穏やかな顔で僕たちを迎え入れた。さすがに傘井を見たときは、少し驚いたような表情をしていたけれど。

「う、うん。だから叔母さんを疑ってるわけじゃないんだ。ただ少し話がしたくて来ただけなんだ」

「うん、分かってる。あなたの早く事件の真相を知りたい気持ちも。だって、私も同じだから」

 僕と叔母さんはお互いの目を見て、小さく頷き合った。お兄ちゃんを失った悲しみは一緒だと、改めて認識する。

 だけれど、その悲しみを知らない傘井は、遠慮なく僕たちの間に割りこむ。

「よし、了承は得たな。じゃあ色々と話を聞かせてもらおうか。渡邊さん。あんた一昨日の午後二時頃は何してた?」

「仕事です。これでも私社会人ですから」

「本当か? 仕事中に抜け出して、こいつの家に行ってたんじゃないのか?」

「それはありません。嘘だと思うなら勤怠状況を調べてみてはいかがですか?」

「いいよ。もともと俺はそこまでする気はないし」

 傘井の言い方は明らかに面倒くさがっていて、本当に犯人を捜す気があるのか僕は訝しんでしまう。依頼料がもらえないからと、適当になってはいないだろうか。

「あんたはこいつらとは一緒に暮らしてなかったんだよな。まだ未成年の子供二人をほったらかして。どういうつもりだよ?」

「それは、亡くなったこの子の兄が言ったんです。二人だけで暮らすって。私たちも何度も説得したんですが、特にこの子の兄は頑なで。結局は二人の意思を尊重する形になりました」

「へぇ、ずいぶんと無責任なんだな」

「いえ、休みの日にはよく様子を見に行ったり、仕送りも送ったりしていました。まあ、この子の兄は干渉してくる私をあまりよくは思っていなかったみたいですけど、私だって大人ですから、無視するわけにはいきません」

「様子を見に行くって、具体的には何してたんだよ」

「それは一緒にお茶を飲んだり、少し話を聞いたりです。この子たちが私に心を開いていたかどうかは分からないんですが、何もしないよりはいいかなと」

 叔母さんの言うことに、間違いはなかった。

 確かに僕たちは叔母さんに完全に心を許してはいなかったものの、信頼して部屋の合鍵を渡していた。僕たちを心配してくれていたのは、伝わっている。

 なのに傘井は顎に手を当てて、考えこんでいる。まるでまだ叔母さんを疑っているかのようだ。

「うーん、どうにも怪しいな。お前が犯人じゃないって証拠はあんのかよ」

「証拠は……ありません」

「ねぇんじゃねぇか」

「でも、私がやるわけがありません。私はこの子たちの親戚なんですよ。好きな食べ物だって、よくする癖だって、どういう人間が嫌いかだって、すべて知っています。この子の兄は紅茶が好きで、私はこの子たちと過ごす時間が何よりも大切でした。そんな大切な時間を、わざわざ自分から奪う必要がありますか?」

 叔母さんは目に力をこめていた。言葉が強い説得力を持って届く。傘井はまだ疑り深い目を向けていたものの、僕はやはり叔母さんは違うと感じた。

 傘井はそれからもいくつか質問を重ねていたが、叔母さんの態度は変わらなかった。嘘をついていたら、ここまで堂々とした目はできない。

 僕は傘井の腕を引っ張ってこの場を離れたくなった。まだ悲しみの中にいる叔母さんを責めているようで、申し訳なかった。



「はぁー、結局二人ともやってないの一点張りか」

 「ま、予想はしてたけどよ」。そう言いながら、傘井はソファに腰を下ろし、タバコに火をつけていた。

 煙たいのは嫌だなと思いながらも、僕も反対側のソファに座り、再びノートを開く。二人の名前に、横線を引いた。

「手がかりも全くと得られなかったし、捜査も振り出しか。なぁ、やっぱり大人しく警察に任せといた方がいんじゃね?」

「それは嫌です。今のままだと、いつ犯人が分かるか分からないので。僕は一刻も早く真相が知りたいんです」

 「はいはい。分かりましたよ」。傘井が息を吐くと、タバコの煙が周囲にまき散らされた。思わず顔をしかめてしまう。

 客商売をやるなら、臭いがつくからタバコは控えた方がいいと注意しようとも思ったけれど、もともと事件の真相を突き止めるまでの関係だ。そこまで深入りする必要はないだろう。

「ていうかさ、そもそもの前提が間違ってんじゃねぇの?」

「前提って?」

「どうして容疑者をこの二人に絞ったのかってこと。別に合鍵を持ってなくたって、お前の兄貴にドアを開けさせれば犯行は可能だろ。他に怪しそうな奴いねぇのかよ」

 傘井の言うことはもっともだった。僕は最初から間違っていたのかもしれない。

 だけれど、僕は自分の考えを改める気にはならなかった。

「いいえ。この二人ほど、お兄ちゃんと親密な人はいませんでした。僕は二人のうちのどちらかが犯人だと思います」

「なんでそんな言い切れんだよ」

 傘井はタバコを灰皿に押しつけながら聞いてきた。

 僕は迷う。突飛もない話をして、呆れられるかもしれない。だけれど、何も変わらないなら言っても言わなくても同じだ。

 僕は思い切って口を開いた。

「それは、夢を見たんです」

「夢?」

「はい。飛び降りている間、目を閉じるとお兄ちゃんが部屋に誰かと一緒にいる様子が、瞼に浮かんだんです。顔は見えなかったんですけど、その人は女性のように僕には見えました」

 「って、こんなこと言っても、何言ってんだこいつって感じですよね」。そう僕は言葉を濁したけれど、傘井は目を見開いていた。「それだ!」と言う声が大きくて、僕はびっくりしてしまう。まさか僕の言ったことを信じたのか。

 傘井が「それ、どんな夢だった?」と重ねて聞いてくる。

 僕は丁寧に夢の様子を説明した。頷きながら聞く傘井。こんなバカげたことが何の証拠になるのか疑わしい。

 それでも傘井は、立ち上がって告げた。

「俺、犯人が分かったかもしれねぇ」

 思ってもみなかった言葉に、僕は一瞬呆気にとられてしまう。無意識のうちに「えっ、誰ですか?」と聞いていた。

「いや、それはまだ言えねぇ。確証を得たわけじゃねぇからな」

 だったら言うなよという気持ちが表情に出てしまったのか、傘井は僕を見て小さく微笑んだ。何も笑い事じゃないのに。

「だからさ、お前いったん家帰れ。俺はここでもう少し調べ物をしてくから」

「そんな、僕も一緒にやります」

「いいよ。俺一人で十分だし、お前がいるとかえって集中できねぇ」

 なんて言い草だと思ったが、傘井の目は僕に事務所から出ていくよう促している。

 強情になっても仕方なさそうだったので、僕は大人しく事務所を後にした。

 帰り道の途中、僕は考えを巡らせる。加奈さんと叔母さんのどちらが犯人なのか。考えても答えなんて出るはずもなかった。


(続く)


次回:【小説】本当に死ねるその日まで(5)


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