見出し画像

間に合ってよかった、終了前日に鑑賞した「須田国太郎の芸術」の素晴らしさ

先週の土曜日に足を伸ばしたのは、緑豊かな砧公園の一角にある世田谷美術館。開催中の「生誕130年 没後60年を越えて 須田国太郎の芸術・・三つのまなざし」を観に行ったのです。台風で延期していたので終了前日でした。

世田谷美術館に行くのはなぜか夏の暑い日です。昨年のシャガール展のときは、7月末に用賀駅から20分ほどかけて汗だくで歩いて行きました。今回は事前に時間を調べてバスに乗りました。これは正解だったなあ。

須田国太郎さんのことはまったく知らなかったのですが、案内リーフレットに掲載された作品に惹かれるものがありました。もう一つは昨年訪れた用賀駅近くのイタリアンが美味しかったので、そこにも行きたかったのです。

惹かれたのはこの「鵜(う)」と題された作品です

同展では、初期から晩年までの代表作に加え、滞欧期に撮影した写真、能や狂言のデッサン、そして長年にわたって蒐集した「グリコのおもちゃ」コレクションといった意外な資料も交え、須田国太郎の魅力を紹介しています。

1900年代に活躍した画家の多くはフランスに向かいましたが、須田はスペインを選び、29歳のときに渡欧しました。その目的を「西洋絵画の底流にあるリアリズムの表現の研究」と語っているように、研究家であったわけです。

その言葉通り、4年間に渡りスペインのマドリードを拠点にヨーロッパの各地を訪れ、ヴェネツィア派の色彩理論やバロック絵画の明暗法などを貪欲に吸収したのです。当時模写したいくつかの作品も展示されていました。

スペインでの下宿先では、美術研究と作品制作とは別に、料理と革製品の修理も学びました。帰国後も来客があると、パエリア(スペイン飯と称していたそうです)をつくることがあったといいます。人柄が伝わってきますね。

「旅行カバンとイーゼル」、これを持って各地を旅したんだろうな

僕は絵画の理論的なことについては門外漢ですが、作品からは「独特の生命感があふれている」という印象を受けました。どれも茶色や黒色や濃い緑が多く使われ、暗く感じますが、絶望感や陰湿な印象ではありません。

重厚でありながら、どこかに明るさなようなものを感じるのは、スペインの風土や文化が大きな影響を与えているのだと思います。晩年病床で「今度は絵描きとしてスペインに行きたい」と何度も言っていたそうです。

「修理士」
「犬」
「山姥」
「グリコのおもちゃ」コレクション

カメラ、料理、革の修理、能・狂言、グリコのおまけなど、須田国太郎の画家とは別な顔も知ることができた展示会でした。近代絵画史に偉大な足跡を遺した大家でありながら、どこかに少年のような眼差しも感じられました。

2階で開催していた「大貫卓也と花森安治」も駆け足で鑑賞。アートディレクターとしての二人の仕事はとても興味深い内容でした。再びバスに乗り、イタリアンで飲んだビールが美味しかったのは言うまでもありません。

こちらにも美術展のことを投稿しています

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?