マガジンのカバー画像

[エッセイお仕事小説]銀座東洋物語。

15
ホテルは幸せな仕事。二十代半ばで転職し続けたどり着いたホテルは働く人も泊まる人も幸せなホテルだった。著者が経験した仕事をエッセンスに、小説風にまとめました。昭和の仕事の仕方はこん…
運営しているクリエイター

#部屋

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の⑥

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の⑥

 ハウスキーピングマスターの邦康さんは、普段はポーカーフェイスで元ベルマンのチーフだったのが納得できる澄ました顔でゲストに対応する。業界の人や同じビルにある劇場に出演している俳優にホテルのバックヤードを案内している時は、少し様子が違う。声のトーンが上がるのだ。
 邦康さんの訳知りな感じの説明の声がうわずっていたから、振り返るとサービス業界とも芸能関係とも違う色合いの人がいた。その人に鍵交換の話をし

もっとみる
銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の④

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の④

 マネージャー会議にゲストの名前が上がることが増えた。普段ならホテルの業務をハンドリングする宿泊、料飲、ベルのセクションのトップだけが出席する場だったが、経理担当が顔を出すようになった。半年が経ち定期的ではないものの数回支払いが実行されたこともあって、催促するところまではいっていなかった。その頃はまだ上層部は、やんごとなき一族がホテルに住んでいる、そのことにステータスを感じていたのだ。

 外の店

もっとみる
銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の①

銀座東洋物語。10(ドッペルゲンガー)の①

 「鍵を換えるしかないんですよ」
 そういう声がして振り返ると、バックヤードにたった一つしかないエレベーターの列の後ろにハウスキーピングマスター、邦康さんがいた。彼はバレーボールのプロになるかホテルマンになるか迷った経験を持つ人である。ソフトなハンサムだが、タッパがある姿は威圧感がある。しなやかな筋肉を包んだグレーのスーツのユニフォームの腕がピンと張り詰めているから、いざとなったら泥棒や強盗に向か

もっとみる