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出光美術館『江戸絵画の華 京都画壇と江戸琳派』を見る

出光美術館

 出光美術館の特別展『江戸絵画の華 京都画壇と江戸琳派』を見てきました。
 この美術館は、出光興産の創業者・出光佐三のコレクションがもとになっています。収蔵品のメインが日本と東洋の古美術なので、これまでは全く縁がなく、よくそばを通っているのに存在さえ知りませんでした。
 今回の展覧会では、江戸時代の絵画を収集なさっているプライス夫妻(カリフォルニア在住)から出光が買い受けた江戸期の絵画190点のうち、80点が前期と後期にわけて展示されています。
 私が鑑賞したのは後期の『京都画壇と江戸琳派』。ほどよい混みよう、40点というじっくり見ても疲れない展示数で(その分、入場料も最近にしては控えめ)、とても見応えのある展覧会でした。

蠣崎波響

 以前書いたように、森鷗外の史伝小説がきっかけで、江戸時代の画家・蠣崎波響が夫の先祖だと知りました。

 波響の絵は主に北海道と福島、広島の美術館・博物館が所蔵しています。北海道にあるのは波響が蝦夷地の松前藩士だったため、福島にあるのは松前藩が一時期福島県の梁川に移封されていたためです。また、広島県にあるのは鷗外の小説にも登場した漢詩人・菅茶山に波響が贈った絵です。
 どこも関東からは遠い上に、常に展示されているわけでもないので、特別展(「江戸期の文人画家たち」とかそんな感じの)が開かれるのを気長に待つしかなさそうです。

 いつか波響の絵を見る時のために、少しでも多くの江戸期の絵画を見て、鑑賞眼を養いたいと考えていた時に知ったのがこの展覧会でした。江戸期の絵画を40点もまとめて鑑賞できるだけでなく、波響の師匠と友達の絵が出展されるので、楽しみにしていました。

京都画壇

 展覧会の「京都画壇」の部では、円山応挙と彼の弟子たちの絵が展示されていました。ウィキによると、応挙の絵の特徴は「写生を重視したこと」。常に写生帖を携帯し、動植物をスケッチしていたそうです。
 この展覧会に出展されたものではないですが、応挙が描いた犬の絵は、愛くるしさで有名なんですね。著作権フリーの絵が見当たらなかったので、Amazonの本の表紙を貼っておきますが、何ともかわいい、そしてとても犬らしい絵ですよね。


  この展覧会では、応挙の屏風絵を何枚かと虎の絵、鳥魚図巻を見ることができました。虎の絵は応挙と弟子たちの絵が並べてあって、各人の画風の違いを比べられるようになっていました。

円山応挙『懸崖飛泉図屏風』の絵葉書(右部分)
『懸崖飛泉図屏風』の左部分。これ以外に中央部分がある

  応挙の弟子の中では、森狙仙の絵が特に良かったです。日本画って、個性が出ない? と思っていたのですが、並べて見ると、全然違う。それがわかっただけでも、この展覧会に行った甲斐がありました。

森狙仙『梅花猿猴図』。展覧会の出展品ではないですが、作風はこんな感じ。

 京都画壇と蠣崎波響の関係ですが、一応波響も円山応挙の弟子です。森鷗外の小説『伊澤蘭軒』にも「画を紫石応挙の二家に学んだ」と出ています。といっても、波響は松前藩の家老として忙しい日々を送っていたので、応挙のお手本を真似して描き、それを応挙に送る、応挙がそれを添削して送り返すという形だったと思います。応挙のやり方はまだ調べられていませんが、他の画家はそうやって教えているので。漢詩人たちもそうです。地方の豪農・豪商たちは今でいう通信教育で絵や漢詩を学んでいたようです。そんな風にして京都や江戸の文化が地方にも伝わっていったんですね。

江戸琳派

 「江戸琳派」として展示されていたのは、酒井抱一と弟子たちの絵です。
 ウィキによると、琳派りんぱとは本阿弥光悦と俵屋宗達が創始し、尾形光琳・乾山兄弟によって発展、酒井抱一・鈴木基一が江戸に定着させた芸術の流派のことだそうです。
 その中の、江戸後期〜明治に活躍した抱一と弟子たちを江戸琳派と呼ぶらしい。
 流派といっても、宗達と光琳は活躍した時期がずれていますし(光琳が生まれたのは宗達の死後)、抱一に至っては光琳の百回忌を行なっているぐらいですから、数世代後に生まれています。このように時間や場所、身分が遠く離れた人々によって受け継がれているのが琳派の特徴なのだそうです。
 琳派の特徴をよく表したのが「風神雷神図」でしょう。俵屋宗達の「風神雷神図」(国宝)を光琳が模写し、光琳の絵(重文)を抱一が更に模写しています(抱一の「風神雷神図」は出光美術館の所蔵品ですが、今回は展示されていません)。

酒井抱一『風神雷神図』

 今回の展覧会では、宮内庁が所蔵する抱一作『花鳥十二ヶ月図』と『三十六歌仙図色紙貼付屏風』の別の版を見ることができました。

抱一の弟子、鈴木基一の『狐の嫁入り図』。基一の絵は七点展示されていましたが、どれもとても良かったです。

 まだ調べが進んでいないのですが、酒井抱一と蠣崎波響は親しい間柄だったようです。抱一の書簡に波響の話が出てくるらしい。画家としては、抱一は江戸琳派の祖であり、重要文化財に指定されている絵も三点あります。それに対して、波響の絵は北海道や函館市の指定文化財になっている程度(重文指定の絵も何枚かありますが、絵画としての指定ではなく、菅茶山の遺品としての指定)。つまり、力量に差があるのですが、身分的には抱一は姫路藩(15万石)の藩主の息子、波響は松前藩(1万石)の家老と同じ上士階級ですし、年も近いので(抱一が3つ上)、波響は抱一を畏兄として慕っていたのではないかと想像しています。


 出光美術館は、帝国劇場と同じビルにあります。地下鉄の日比谷・二重橋・有楽町・銀座などから徒歩数分、九階にあるので、目の前にある桜田門や楠木正成像、富士見櫓まで窓から眺めることができました。『江戸絵画の華 京都画壇と江戸琳派』は3月26日までの開催です。

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