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【創作】たぬ王子ときのこ #きのこ文学

「『泉鏡花きのこ文学集成』だって」

 SNSで見つけた本の題名をつぶやくと、

「きのこ文学?」たぬが反応する。「どんな本なの?」

 Amazonで調べると、

 泉鏡花ときのこが密集する表紙だった。

「おいしそうな表紙だね。渉君、この本、買おうよ」

 たぬがねだる。たぬは滅亡した「たぬ星」からの亡命王族で、なぜか七瀬家に住んでいる。たぬ星では王子だったらしいが、見た目は地球のたぬきにそっくりだ。
 ただし、たぬきよりも美食家だ。たぬ星では、どんぐりや金魚といった食欲が進まないものばかり食べていたので、その反動かもしれない。
 美味しいものを求めるだけでなく、地球の食文化にも興味がある。青空文庫にある北大路魯山人の『日本料理の基礎観念』を愛読しているほどだ。

   地球の食文化を学ぶために北大路魯山人の本まで読むのだから、『泉鏡花きのこ文学集成』だってたぬは読むに違いない。ぼくも、鏡花の小説は『外科室』しか読んだことがないので、たぬと一緒に読んでもいい……が。

「けど、この本の表紙見たら、父さんは失神するんじゃないかな」

「え? お父さん、よくきのこ食べてるよね?」

「食べるのは問題ないんだ。そのへんに生えてるきのこが苦手なだけで」

 自生するきのこを見るのが嫌で、父は秋には山に行こうとしない。小学校の時の行事「親子遠足 筑波山ハイキング」にも、母とぼくの二人で参加した。
 実物だけでなく、森に生えるきのこが登場しそうな映画や絵画、ゲームなども避けている。キノピオぐらいにデフォルメされると大丈夫だけど、リアルなきのこ型モンスターが登場するゲームは嫌悪していた。
 当然だが、きのこが密集する表紙もダメだろう。

 父には、きのこのトラウマがあるのだ。子どもの頃、風呂場のすのこからニョキニョキと生えた毒きのこの群れを見て、失神しかけたんだって。怪しげな色をした毒きのこ自体気味悪かったが、清潔であるべき風呂場のすのこにそんな異物が紛れ込む事態が耐えられなかった、と父にしては珍しく強い感情を交えて語った。
 すのこというのは、これ。うちの風呂場にはないので、最初に話を聞いた時にAmazonで調べた。

「まあ、確かに嫌だよね。毒きのこが生える道具なんて、Amazonで売らない方がいいんじゃないかな?」

あの時、ぼくがそう訊ねると、父は言った。

「普通の家のすのこには生えない。うちだけだよ。わかるだろ、おばあちゃんの……」

「なるほど」

 合点がいった。父方の祖父母の家に泊まると、毎回、鼻炎になる。ネットで調べてシックハウス症候群かなと父さんに言った時、単に家が汚いせいだと教えてくれた。

「でも、うちもあんまり掃除しないよね」

 家族揃って掃除が嫌いなので、お客さんが来る前はたぬまで駆り出されて、大掃除が始まる。だけど、父さんは、いやいやと首を振った。

「結婚した時、お母さんがハタキをかけているのを見て、なんてマメな人だと感動したんだ」

「母さんがマメ?!」

「おばあちゃんは、ハタキなんて一度もかけたことがない。家庭科で習うまで、家にあるハタキを見て、これは何に使うんだろうと思ってた」

 そりゃ、鼻炎にもなる。すのこに、きのこも生える。父方のおばあちゃんは、性格やなんかは母さんやもう一人のおばあちゃんよりきっちりしてるのに、掃除は苦手なんだね。

「そんなわけだから、『泉鏡花きのこ文学集成』を買うのは中止だ」ぼくはたぬに告げた。「代わりに、後でセブンに行って、きのこの山を買ってあげるよ」

 花より団子、本よりお菓子。たぬは嬉しそうにうなずいた。

「ピノも一緒に買ってね、渉君」

 なぜここにピノが出てくるのかわからないが、まあ、いい。確かにピノが食べたくなる季節だ。どら焼き味が入った季節限定品も好きなんだよな。

 だけど、泉鏡花のきのこ文学も気になる。『外科室』も、どこからこのぶっ飛んだ発想が湧くんだ……って小説だったから。きのこの姫君に引き寄せられて、ぱっくり食べられてしまう話なのかもしれない。男の体を養分にして、姫君はますます美しく、蠱惑的なきのこになる。そんな姿で、次なる獲物を待つのだ。
 なんてね。あとで青空文庫をチェックしてみよう。


    *

SNSで教えてもらった「きのこ文学」というワードがあまりにも強烈だったので、今週は趣向を変えて、自分でもきのこ小説を書いてみました。Lさん、ありがとうございます。間抜けな話にお名前を出すのが憚られるので、引用はやめておきます。


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