二年遅れの『TENET』 【映画感想文】
今更だけど、アマプラでクリストファー・ノーラン監督の『TENET』を観ました。若い頃はノーラン監督の作品が大好きで、必ず映画館で観ていました。それが、2014年公開の『インターステラー』の時には「ま、レンタルでいいか」となり、今回はついにアマプラで配信されるまで放置してしまいました。
昔、映画館のレディースデイを利用していた頃、品の良いおば様たちをよく見かけました。その中の一人、コーエン兄弟の『ノーカントリー』のストーリーについていけずに、「あの人、どうなったの?」と訊いていた女性のことを思い出します。どうやらジョシュ・ブローリンの運命がわからなかったようなのですが(確かに、バルデム・殺人鬼に殺される直接描写はなかったはず)、友達に教えてもらい、「あら、そうなの。逃げ切れなくて残念だったわね」と感想を述べていました。その時、「いや、ブローリンが気の毒とかそんな話じゃないんだけど? そんな呑気な感想を持たれたコーエン兄弟が気の毒だよ」と生意気にも考えたものです。でも、今思うと、あの世代の女性が映画館でコーエン兄弟の映画を観ようと思うこと自体がすごい。アカデミー賞を獲ったからという理由があるにしても、素晴らしいチャレンジ精神ですよね。私なんて、彼女の歳にはまだ間があるのに、既に映画館に行くこと自体が億劫になってしまっているのですから。
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『TENET』は、ノーラン監督の作品だから、映画館の大きい画面で観なければ(それもIMAXでなければ)、魅力が半減してしまうに違いない…そう考えていたのですが、実際その通りでした。現役の映画監督でノーラン以上に映像にこだわる監督といえば、ジェームズ・キャメロン(『アバター』)とジョージ・ルーカスしか思い浮かばない、というぐらいに映像にこだわりがある監督なんですね。
もちろん、「時間逆行」という耳慣れない理論を扱う映画だから、TVの画面で楽しめる部分も多いのだけど。確か、フィリップ・K・ディックの『ユービック』という小説も同じ理論を扱っていましたが、正直、その部分はよくわからないままに読み流していた気がします(ディックの小説を読む時には、よくある話)。この映画でも、最初のうちは、頭の中に???が浮かぶばかりだったけど、世界観が呑み込めた後は、「なるほど、こうなるのかー」と引き込まれてしまいました。後で考えれば、謎設定もあるのだけど、観ている最中は、ノーランのマジックにやられていた感じです。
ただ、理系の人や物理の理論が好きな人なら、何度も見直したくなる映画だと思うけど、私にとっては、一度観て「まあまあ面白かったかな」で終わる作品でした。ノーラン監督の映画は、弟のジョナサン・ノーランが脚本を担当することが多いのですが、ジョナサンの脚本は、人物描写も印象的だし、SF的な理論を扱いながらも、それは手段にすぎず、哲学的or形而上的な問いを投げかける非常に深い物語なんですね。ちょっとジェームズ・キャメロンに似ているかな。でも、ジョナサンはドラマの製作者として、独り立ち? してしまったので。『パーソン・オブ・インタレスト』や『ウエストワールド』といったジョナサンが製作したドラマを観ると、「私が好きなのは、こういう作品なんだな」と感じます。『TENET』も、ジョナサンが参加していれば、自己犠牲を払うあの人は忘れがたい人になったでしょうし、悪人のあの人にも、彼なりの美学を感じることができたかもしれない…とちょっとネガティブな感想になってしまいました。まあ、これも、ノーラン監督の映画なら名作なのは当たり前で、更にその上を求めてしまうためなのでしょうけど。
アマプラでは、ノーラン監督の過去作も視聴できます。特におすすめなのが、実質的な第一作の『メメント』とヒース・レジャーのジョーカーが素晴らしい『ダークナイト』。ディカプリオや渡辺謙さん出演の『インセプション』もめくるめく映像と名優の群像劇を楽しめます。