海人

小説の感想文とユルい掌編小説を投稿しています。たまに映画や美術館の話も。青空文庫と海外…

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小説の感想文とユルい掌編小説を投稿しています。たまに映画や美術館の話も。青空文庫と海外の小説を交互に読んでいます。村上主義者。

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固定された記事

村上春樹『街とその不確かな壁』を読む 海外文学と音楽 プレイリスト付き 前篇

 普段は『村上春樹の短編を読む』というタイトルで、村上さんの短編に登場する海外文学や音楽について書いていますが、今回は村上さんの新作『街とその不確かな壁』に登場…

海人
1年前
149

【雑談】作品と作者、切り離しますか?

 作品と作者は切り離すべきなのか? ということを、最近改めて考えています。極端な例だと、犯罪者の書いた小説を、自分は楽しめるのか? ということになりそうです。 …

海人
3日前
55

『プロット・アゲンスト・アメリカ』 現代の映し鏡のような小説

 フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』は、1940年のアメリカ大統領選挙で、ルーズベルトではなくリンドバーグが大統領に選ばれる世界を描く歴史改変小説…

海人
11日前
47

2024年6月読書記録 強烈な短編集二つと太宰治

 6月に読んだ海外小説は3冊、『プロット・アゲンスト・アメリカ』は別記事で感想を書く予定です。 グレイス・ペイリー『人生のちょっとした煩い』(村上春樹訳・文春文…

海人
2週間前
81

歴史改変小説を読む ifの世界線

 数日前にフィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』を読み終わりました。  出版社の解説にあるように、1940年のアメリカ大統領選挙でルーズベルトではなく…

海人
3週間前
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吉穂みらい『ナユタ』を読む #文学フリマで買った本

 今週は夫の単身赴任先に来ています。  普段と違う場所にいるので、違う本を読みたいと思って、ここに来る時は今読んでいる本を中断して別の本を読むことにしているので…

海人
1か月前
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名刺代わりの谷崎潤一郎10選

 先日、谷崎潤一郎の作品がテーマの読書会をしました。もともと敬愛する作家ですが、皆さんのお話を聞いて、ますます谷崎愛が深まった気がします。  ということで、青空…

海人
1か月前
95

【雑談】私は何を書きたいのだろう

 今週のシロクマ文芸部のお題は「紫陽花を」。昨日、ちょうど紫陽花でも撮るかとiPhoneを掲げた時に、「サッカー協会へはどう行けば?」と訊かれたので、そのことを書いて…

海人
1か月前
61

国立近代美術館『TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション』

 東京国立近代美術館で開催中の『TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション』を鑑賞しました。 これは、近代美術館とパリ市立近代美術館、そして大阪中之島美…

海人
1か月前
85

【創作】雨の音と別れの歌 #シロクマ文芸部

 雨を聴く歌は多いけど、私が思い出すのは稲垣潤一の『バチェラー・ガール』だ。JASLACが怖いので歌詞は書かないが、作詞松本隆・作曲大瀧詠一という豪華な歌で、雨を壊れ…

海人
1か月前
45

魔法の言葉について思うこと【創作大賞感想文 #なんのはなしですか】

 吉穂みらいさんが↓の記事を投稿なさいました。 この記事は、コニシ木の子さんの記事を踏まえたものなのですが… みらいさんの記事の中で、私はこんな風に語っています…

海人
1か月前
97

2024年5月読書記録 ポストモダン、太宰、女太宰、文フリ

鴻巣友希子『文学は予言する』(新潮選書) 鴻巣さんの文章は新聞や雑誌などでよく拝読していて、自分とは考え方が近い方だと思っています。ただ、考え方が近い分、著作を…

海人
1か月前
89

【創作】赤い傘と別れの季節 #シロクマ文芸部

 赤い傘を買った。確か、ヴィクトリアン風の淑女が描かれた傘だった。青やベージュの地味な傘ばかり持っていた私が赤い傘を買う気になったのは、気分が高揚していたせいだ…

海人
1か月前
46

【創作】たぬ王子ときのこ #きのこ文学

「『泉鏡花きのこ文学集成』だって」  SNSで見つけた本の題名をつぶやくと、 「きのこ文学?」たぬが反応する。「どんな本なの?」  Amazonで調べると、  泉鏡花…

海人
1か月前
39

ミシェル・ウエルベック『セロトニン』を読む 予言の書or中年男の愚痴垂れ流し?

 ミシェル・ウエルベックは、小説『服従』が2015年に起きたシャルリー・エブド襲撃事件(風刺新聞の編集者等12人が殺されたテロ事件)を予言したとして、日本でも有名にな…

海人
1か月前
44

【創作】 その名にちなんで #シロクマ文芸部

 金魚鉢には、赤い金魚が一匹泳いでいる。春休みに母方の祖父母の家に遊びに行った時に、お祭りですくった金魚だ。祖父母の家に行くと精神年齢が下がり、子どもっぽいこと…

海人
1か月前
58
固定された記事

村上春樹『街とその不確かな壁』を読む 海外文学と音楽 プレイリスト付き 前篇

 普段は『村上春樹の短編を読む』というタイトルで、村上さんの短編に登場する海外文学や音楽について書いていますが、今回は村上さんの新作『街とその不確かな壁』に登場する海外文学や音楽について取り上げます。ストーリーなどには極力触れないようにするつもりです。 フロベール『感情教育』  主人公が読んでいる小説です。  フロベールは19世紀フランスの作家で、無駄を排した緻密な文体で知られます(日本語ではよくわからないのですが、単語一つたりとも削るところがない作家だそうです)。『感情

【雑談】作品と作者、切り離しますか?

 作品と作者は切り離すべきなのか? ということを、最近改めて考えています。極端な例だと、犯罪者の書いた小説を、自分は楽しめるのか? ということになりそうです。  去年私がnoteに書いた小説の中で、ある登場人物が「絶対許せない犯罪は、レイプ、殺人、弱者をねらう詐欺ぐらいだと思う」と語っています。作者には似ていない人物ですが、絶対に許せない犯罪についての意見はほぼ同じです。他人の過ちを許せる人間でありたいし、人はやり直せるとも信じています。ただし、レイプと殺人、弱者狙いの詐欺

『プロット・アゲンスト・アメリカ』 現代の映し鏡のような小説

 フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』は、1940年のアメリカ大統領選挙で、ルーズベルトではなくリンドバーグが大統領に選ばれる世界を描く歴史改変小説です。  リンドバーグは、大西洋横断飛行に世界で初めて成功したパイロット。アメリカだけでなく、世界中で大人気だったそうです。ただ、ナチスの高官たちと親しく、ユダヤ人嫌いを公言していたので、第二次世界大戦前後を舞台とする小説では、イギリスのエドワード八世前国王(離婚歴のある女性と結婚したために、王位を弟のジョージ6

2024年6月読書記録 強烈な短編集二つと太宰治

 6月に読んだ海外小説は3冊、『プロット・アゲンスト・アメリカ』は別記事で感想を書く予定です。 グレイス・ペイリー『人生のちょっとした煩い』(村上春樹訳・文春文庫)  村上さんの翻訳なのと、表紙にエドワード・ホッパーの絵が使われていることに惹かれて購入しました。  強烈な短編集です。個人の短編集でここまでエッジが効いた作品ばかり集めたものは読んだことがありません。  村上さんの翻訳だからと、カポーティやフィッツジェラルドの短編のような美しく繊細な作品を期待していたら、シ

歴史改変小説を読む ifの世界線

 数日前にフィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』を読み終わりました。  出版社の解説にあるように、1940年のアメリカ大統領選挙でルーズベルトではなく、リンドバーグが大統領に選ばれていたら、というifの世界を書く小説なんですね。  ifの世界=架空の世界線を書く小説を「歴史改変SF」と呼ぶようです。SFとはいうものの、他ジャンルの作家の小説も多いのが特徴です。フィリップ・ロスも、現代米文学界を代表する作家の一人でした。  私は、ディストピア小説=自由がなく

吉穂みらい『ナユタ』を読む #文学フリマで買った本

 今週は夫の単身赴任先に来ています。  普段と違う場所にいるので、違う本を読みたいと思って、ここに来る時は今読んでいる本を中断して別の本を読むことにしているのですが、今回はnote仲間の吉穂みらいさんの『ナユタ』を持ってきました。  『ナユタ』は先月の文フリでも大人気で、完売した本です。アルデバランという星を舞台にしたシリーズの一冊なのですが、500ページを超える分量のうち、私が今日までに読んだのは300ページほどです。    すごいですよね、アルデバランシリーズ…自宅に戻

名刺代わりの谷崎潤一郎10選

 先日、谷崎潤一郎の作品がテーマの読書会をしました。もともと敬愛する作家ですが、皆さんのお話を聞いて、ますます谷崎愛が深まった気がします。  ということで、青空文庫で読める谷崎作品のうち、特にお勧めしたい10作を年代順に選んでみることにしました。   『刺青』   実質的な第一作です。この小説を永井荷風に認められた時の話が随筆『青春物語』にありますが、そりゃ、荷風も認めますよね。ここまで完成度の高い第一作って、そうはないのでは? 足フェチをはじめとする、谷崎文学を語る上で

【雑談】私は何を書きたいのだろう

 今週のシロクマ文芸部のお題は「紫陽花を」。昨日、ちょうど紫陽花でも撮るかとiPhoneを掲げた時に、「サッカー協会へはどう行けば?」と訊かれたので、そのことを書いてもいいのだけど(道訊ねる時に、人を選ぼうよ)、頭の中で「私は何を書きたいのだろう?」という疑問がまわり続けています。  創作に限定しての話です(各種感想文の方は、自分の好きな作品を紹介したいという明確な答えがあるので)。  単純に、頭の中に棲んでいる人たちの話を書きたい、というのもあります。シロクマ文芸部で書い

国立近代美術館『TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション』

 東京国立近代美術館で開催中の『TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション』を鑑賞しました。 これは、近代美術館とパリ市立近代美術館、そして大阪中之島美術館のコレクションを集めた特別展です。大都市にある美術館三つということで、都市にまつわる絵が多かったですが、他にも、「夢と無意識」「響き合う色とフォルム」といったテーマに沿った絵も三館から集められています。 出迎えてくれたのは佐伯祐三の『郵便配達夫』。去年開催された佐伯の特別展でも一際目立った絵です。  大

【創作】雨の音と別れの歌 #シロクマ文芸部

 雨を聴く歌は多いけど、私が思い出すのは稲垣潤一の『バチェラー・ガール』だ。JASLACが怖いので歌詞は書かないが、作詞松本隆・作曲大瀧詠一という豪華な歌で、雨を壊れたピアノに喩えている。恋よりもキャリアを選んだ彼女に振られた男性が、土砂降りの中去っていく彼女を見つめながら、壊れたピアノのような雨を聴くのだ。  私が幼稚園児だった頃にはやった歌だけど、中高時代の友人が大瀧詠一に心酔していたので、彼が手がけた曲はわりと知っている。『バチェラー・ガール』や『恋するカレン』のよう

魔法の言葉について思うこと【創作大賞感想文 #なんのはなしですか】

 吉穂みらいさんが↓の記事を投稿なさいました。 この記事は、コニシ木の子さんの記事を踏まえたものなのですが… みらいさんの記事の中で、私はこんな風に語っています。  あれというのは、#なんのはなしですかをつけた記事がnote界隈を席巻している状況のこと、「魔法の言葉」「強烈なパワーフレーズ」と定義されているのは「なんのはなしですか」というフレーズです。  吉穂さんにこんなことを言ったのか定かではないのですが、コニシさんへのコメントでも「なんのはなしですか」を評して「万能

2024年5月読書記録 ポストモダン、太宰、女太宰、文フリ

鴻巣友希子『文学は予言する』(新潮選書) 鴻巣さんの文章は新聞や雑誌などでよく拝読していて、自分とは考え方が近い方だと思っています。ただ、考え方が近い分、著作を読むと共感や同意が溢れてしまいそうで、読むのをためらっていました。ノンフィクションの場合、心地よい読書が自分のためになるのかどうかわからない、批判したくなる文章の方が自分の思考を深めるのに役立つのではないかなどと思っていたからです。しかし、実際に読んでみると、当然ですが、鴻巣さんと私とでは教養や知識量がかけ離れている

【創作】赤い傘と別れの季節 #シロクマ文芸部

 赤い傘を買った。確か、ヴィクトリアン風の淑女が描かれた傘だった。青やベージュの地味な傘ばかり持っていた私が赤い傘を買う気になったのは、気分が高揚していたせいだろう。  薫が一浪の末、大学に合格した。良かったね、薫。長く苦しい道のりだったね。おめでとう。傘を選びながら、心の中で薫にそう呼びかけた。     *  目先の楽しさばかり追っていた私たちが変わったのは高二の夏だった。  私たちというのは、中堅女子大の付属校に通う私と光留、由美、それから、お金持ちのお坊ちゃんが多い

【創作】たぬ王子ときのこ #きのこ文学

「『泉鏡花きのこ文学集成』だって」  SNSで見つけた本の題名をつぶやくと、 「きのこ文学?」たぬが反応する。「どんな本なの?」  Amazonで調べると、  泉鏡花ときのこが密集する表紙だった。 「おいしそうな表紙だね。渉君、この本、買おうよ」  たぬがねだる。たぬは滅亡した「たぬ星」からの亡命王族で、なぜか七瀬家に住んでいる。たぬ星では王子だったらしいが、見た目は地球のたぬきにそっくりだ。  ただし、たぬきよりも美食家だ。たぬ星では、どんぐりや金魚といった食欲

ミシェル・ウエルベック『セロトニン』を読む 予言の書or中年男の愚痴垂れ流し?

 ミシェル・ウエルベックは、小説『服従』が2015年に起きたシャルリー・エブド襲撃事件(風刺新聞の編集者等12人が殺されたテロ事件)を予言したとして、日本でも有名になったフランス人作家です。  『セロトニン』も、予言の書だと言われています。反政府デモ「黄色いベスト運動」を予言する話があるからです。ウィキによると、このデモには農村や都市周辺部の住民が参加して、燃料税の削減や最低賃金の引き上げ等を求めているとのことです。  確かに小説内では、農民の抗議運動が描かれます。フラン

【創作】 その名にちなんで #シロクマ文芸部

 金魚鉢には、赤い金魚が一匹泳いでいる。春休みに母方の祖父母の家に遊びに行った時に、お祭りですくった金魚だ。祖父母の家に行くと精神年齢が下がり、子どもっぽいことに手を染めてしまう。  子ども向けの屋台だったから、中学生のぼくがやると、面白いほどすくえた。幸い、三匹しかもらえない。全部もらえたら、庭に池を掘る羽目になっただろう。  三匹もらって、漱石、一葉、龍之介と名付けた。春休みには、ぼくの中で文豪ブームがきていたのだ。漱石と龍之介はすぐに死んでしまい、現実の世界では最も短命