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プチプライスレスな私

通販で頼んだ本の帯部分が少し汚れていた。

やかんを火にかけるのを忘れて1時間待っていた。

ネイルが乾く前に頭を搔いてしまい、崩れた。


日常に転がっている、誰にでも起こりうる小さな悲劇たち。

私は、これらを全部経験した。今日、午前中の3時間くらいの間に。


普通の人たちなら、どう思うのだろう。

似たような呟きをツイッターなどで見かけたときは、大体の人が怒りマークをつけたりして投稿している。

そりゃあその時の自分の気分に左右されるのは当たり前だが、これらのことに対して、どうやら私はあまり腹が立たないらしい。

普段から自分に「ステイ」と言い聞かせているわけでもないが、「あーあ。まあでも、こういうこともあるよね。」で、済ますことができる。というより、済ましてしまう。


しかし、そんな私にも一つだけ、どうしようもなく腹が立った小さな悲劇があった。


大学1年生の時、当時付き合っていた年上の彼氏と水族館デートに行った時のこと。


「限定のイベント、人気だろうから混む前に行かないと!」とやる気満々の彼は、つねに私の前を堂々歩き、とても生き生きとした様子だった。

が、そんな矢先。

彼は乗る電車を、盛大に間違えた。薄々おかしいなとは思ってはいたが、何故だか真相を教えないことのほうが彼のためだと思ってしまった私は、何も言わずに隣に座って電車に揺られていた。

逆方向に進んで7駅くらい過ぎた頃だろうか。彼が急に「降りようか。」と呟き、次の駅で降りることになったのだが、そこは運悪く各駅電車しか止まらない小さな駅。

不穏な空気が流れ始めた。

「…いつから、気付いてた?」

なんのこっちゃと思いたかったが、私は正直に言った。

「乗り換えの駅でもう違うかなって。」

「そっか…。」

相変わらずの弱々しい彼が戻ってきていた。まあ、1時間遅れくらいなら大丈夫だよ、と声をかけようとしたその時、

「なんで言ってくれなかったの?!」

と、逆ギレされたのだ。

「は?」

意味が分からない。

急行列車が過ぎていく。ああ、私を乗せていってください、遠くまで運んでください。声にならない想いだけが反復する。

「や、だってさ。気づいてたならなんで言わないの?」

(めんどくさすぎる。)

付き合い始めて3か月ほどだったが、彼とはこの時初めて喧嘩をした。

黙り続ける私のただならぬ気配を感じたのか、

「ま、まあ、とりあえず、次来るやつ乗って、そこで話そう。」

と彼は言った。


お互い無言のまま時間は経過し、各駅電車がホームに到着した。彼は扉が開くなり忙しなく乗り込んだ。しかし、私は片足を踏み出し乗り込むように見せたものの、一瞬の隙をついてその場から逃げた。

「えっ?!」

彼だけが電車で運ばれていく。驚いた様子でドアに張り付いているのが見えた。

「あっ…。(ごめん)」

無意識のうちに、去っていく電車を見送ってしまったが、とても清々しかった。


置いていくことないじゃないか!どうしたんたよ!

2件の着信と誤字ったメッセージが私のスマホには届いていた。



少しの間、既読無視をしていたが、彼とは電話で話したのち、きちんと仲直りをした。(めちゃくちゃ謝ってきた。から、許したのかもしれないが。)


それ以来、というより、怒りの感情を爆発させたという記憶で掘り起こされるエピソード自体、覚えている範囲でこの話しかない。嘘みたいな本当の話だ。

小さな舌打ちをすることや、友達と感情的になって語り合うこともあるが、それが怒りなのかと聞かれたら自分ではよくわからない。やはり、私の怒りはそうとう眠りが深いらしい。


穏やかな心を求めずして持っている。

私、ちょっとお得な人間かもしれないな。



ではまた、シーユー。

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