逢魔伝(おうまでん) 1-10
十
ばあさんの部屋の遺品を整理していると、さまざまなものが出てきた。
八枯れの持っていた護符や、お守り、魚のうろこに、へびのぬけがら、とよくわからないものも多かった。
その中から、一枚の古い写真が出てきた。
そこに写っているばあさんの姿は、二十歳ぐらいの娘だった。目鼻立ちのはっきりとした、きれいな女だったようだ。黒髪を結い、加賀友禅を自然に着こなし、にこりともしないその様は、なんだかばあさんらしいな、と苦笑をもらした。
「赤也。貴様の親が呼んどるぞ」
八枯れが、襖にしゅっと尻尾をこすりつけながら、ばあさんの部屋の中に入って来た。その顔つきはどこか、気だるく見える。
僕は、ふと思いついて、八枯れにばあさんの写真を見せた。それに、ちらり、と視線を投げて、「なんじゃ。登紀子の顔なぞ、見飽きたぞ」と、無表情に答えた。僕は笑いながら、写真をひらひらと振った。
「お前、ばあさんに恋しているな」
八枯れは、憮然とした表情をしたまま、「鬼に、好くも好かぬもあるものか」とだけ言った。僕は首をすくめて、お前はわかっていないね、とつぶやいた。
「ばあさんは、僕と違って美しい女だったんだ。そりゃ、質も悪いだろう」
八枯れは、ふん、と鼻を鳴らして、机の上に飛び乗ると、その場で毛づくろいをはじめた。「あれの容姿に惑わされた妖怪や鬼が、どんな目にあったか、見ていたら、貴様もそんな世迷言を吐かんじゃろう。前にも言ったが、登紀子は異形じゃ。わしは、貴様ら異形にとり憑かれた、哀れな鬼じゃ」と、力なく言った。僕は苦笑を浮かべて、部屋の襖を開けた。
「そう邪険にするなよ。もう、ここにはいないんだから」
八枯れは妙な顔をして、眉をよせると、机から飛び降りた。「邪険に扱っているのは、貴様らの方じゃ」と言って、僕の前を歩いた。
その垂れた尻尾を眺めながら、こいつは鬼のくせに、やはり、ばあさんがいないのが寂しいんじゃないのか、と疑った。
おかしなものである。鯉は泣くし、鬼は寂しがる。しかし、ばあさんは笑い、僕も平気だ。これでは、どちらが異形だかわかったものではない。そう思い、笑みを浮かべていると、前を歩いていた八枯れが軽薄そうに、にやにやとした。それに、ムッとして立ち止まる。
「なんだ」
「なに、貴様が勘違いをしているようだから、おかしくてな」
「どういう意味だ?」
八枯れは、はじめて見た時と同じような、不敵な笑みを口元に浮かべて、尻尾を振った。
「鬼が好くは、美味いものだけじゃ」
その言葉に、しばらく黙ってから、口元を歪めた。
「なるほど。僕らは美味いか」
「貴様は、あれほど脅威じゃないがのう。喰うのが楽しみじゃ」
赤い舌をちろり、と出して、八枯れはとっとと、歩いて行った。
その黒いしなやかな後姿を眺めながら、やはり鬼は鬼でしかなく、人間は人間なのだろう、と思う。
しかし、案外と長く生きているものの方が、僕らよりも、よっぽど寂しがりなのではないだろうか。手にしていたばあさんの写真を、ポケットにしまって、父さんのいる奥座敷の襖をゆっくりと開けた。