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震災と東京(2011年初出)

※この文章は、当時、父が被災者として行方不明だった時に執筆したものです。

ある意味では、父に向けた最後の小論として、書いていました。生きてましたがね(笑)



震災と東京

 震災から数か月が過ぎると、すっかり当時の恐怖は衰えてしまうものである。
 すべてではないが、東京都民の一部の人間は、現状を本当の意味で理解してはいない。震災の起こる前までは、各々が各々の世界にひきこもり、つながりや、連帯の意識も表面的か、あるいは事務的なものが多かった。人間関係の重さに耐えかねて、すぐに切れる、すぐにつなげる友人、恋人関係はそう珍しいものでもなくなっていた。そこには、空虚な孤独がある。無意味な孤立がある。だが、いまさらつながりを求めようにも、きっかけがつかめないでいたのだろう。格好悪くなることも、失敗することも、馬鹿になることも嫌だったのだから、当然である。


 しかし、今回の震災に際して、それまで「孤立、孤独、無縁」意識に飲み込まれていた人々が、個々での孤立や競争意識を捨てることが出来た。ネット上で一時期流行っていたらしい、幼稚な表現をするなら、目下「大震災と言う敵に立ち向かう」というものだ。わたしは、この現象を決して楽観的に評価し「みんな他者を想い始めた」なんて、偽善は決して言わない。そもそも、「大震災」は本当に「敵」だったのだろうか。震災は、江戸より前からずっと在ったものだ。それこそ、「関東大震災」や「阪神・淡路大震災」などは、記憶に新しい。だけど、記録に残っているだけで、わたしたちはそれを実際に知りはしない。今回の東京にも同じことが言える。


 よく考えてみると、実際に大震災にあったのは、東北地方であって、東京ではない。確かに、大きな横揺れは何度もある。原子力発電所の影響による停電による帰宅困難者も出た。しかし、それは「東京都民」が東京で起こった問題として考えるべきことであり、それを無視して、壊滅状態にある被災地の映像を見て「共通体験」とは、いささか乱暴が過ぎないだろうか。悪いことにのみ共通性を見出し、「花見」やなんだを自粛するというのは、愚の骨頂ではないか。辛い時ほど酒を飲み、きれいな花を愛でたいというのが人情である。それは、被災者も同様である。そこには共通体験はないのか?なぜ、恐怖ばかりが重要視されるのか?安吾が散々罵倒してきた「耐乏忍苦」の精神に対する虚偽は、いまでも機能しているんだから、恐ろしい話である。


 わたしたちは本当の意味での「死」の恐怖を知らない。津波の脅威を知らない。冷たい東北の夜で眠る避難所にはいない。それが事実であり、真実である。被災者は知っている。だからこそ、団結することも、助けあうことも、励まし合うこともできるのであって、わたし達の想像力など及ばない世界を生きている。肉体による支援も重要だろうが、最も人を救うのは、金以外のなにものでもなく、「何もできない」と言う前に、金だけは出すほうがよほど賢い選択だろう。しかし、案外そういう段階にくると、わたしたちは自分の生活を守るために財布の紐を硬くする。同情だけで、人は救えない。しかし、それだって一方においての真実である。誰かを悪者にしたって何も解決されはしない。だけど、行き場のない怒りと絶望は、どこかに向かわなければ治まらない。


 それは、東京電力も同様なはずだが、不思議なことに彼らは加害者として糾弾されている。この現象は、甚だ不思議なものである。「反原発」の話しはややこしいので触れないが、彼らは汚染された建物に何日も閉じ込められ、作業しているではないか。それでも「まだやれ、まだやれ」と、いうのはずいぶん残酷な仕打ちだ。なにもかも失って休んでいたい被災者に「頑張れ、頑張れ」と言って鞭を打ち、勝手に商戦争いをやっている企業の神経を問いたいのと同じほどには、信じられないモラルのなさである。


 ましてや、それを現状のジャーナリストがもっと口にしないことにも、驚きを隠せない。いまさら、原発なくして人は生きられるだろうか?答えは否である。その事実をまず、個々人が知らねばならない。「事実」を、生活の実質的な面から感じたことのない健康者は、運動を行う。しかし、実際に電気が止まり、都会が夜の闇に陥り、暑さに腐り、寒さに飢え、火事が頻繁に起こり、人が死んでゆく時、運動を行っていた者がなにより先に、老人や病人から物資を奪うだろう。電子機械で生かされている多くの不具者が、死に至るだろう。そんなもの、今回の物資争奪戦を見てれば、容易に想像がつくはずだ。東京ほど、モラルの低い地域はない。その時、どこに責任は向かうのか。大人はなにも語らない。ずるいものである。


 なにより、被災地での問題は、被災者によってのちのち語られることであり、私たちは妄想たくましくして、同情をよせ悲しみ、「共通体験」などと口にするのは、あまりにも軽薄が過ぎやしないだろうか。そのようなヒロイズムに出会うたび、わたしは苦虫を噛み潰す。
 このような心理の裏側には何があるのか。仲間同士でなれあいたい、甘えあいたい、優しくされたい、という欲望を持った者が、社会的風潮にあった「自立」と言う二文字に足踏みしていたところに依る。競争し、互いに牽制しあうことでしか成長することのできなかった資本主義経済の構造が、人々の精神的満足感を置き去りにしていた。だからこそ、長きにわたって「存在意義」だとか、「アイデンティティーの行方」などと言うものが問題視され、精神的に薄弱な人間が増えた。それは、社会構造に合せて生きることしかできなかった人々が、自ら招いた末路である。経済中心の形式にあわせることでしか、生活を維持することができなかった生活者が、いまその構造を一時的に破壊するきっかけとなった「東北関東大震災」に対して、恐怖と共に解放感を得ていることは、まったくないとは言い切れない。


 だが、これは「一時的」なものに過ぎず、人々の言う「復興」に向かうとなると、また同じ社会構造の中に戻るということだ。「日常」に帰ることは大切なことだが、もはや終わりかけていた消費資本主義社会の構造に戻っても、同じように先がないことは容易に想像がつく。口で言うように復興が形になって、日常が戻ったら、おそらく現状の一時的な団結を省みるようになる者も多く出てくるはずだ。


 いま、この国が分岐点にあることは確かである。だからこそ、あわてることはない。それぞれがこれからの日本をどうしていったら本当に良くなり、住みやすい社会になるのかを、立ち止まりながら考える時が来ただけだ。焦って、感情に先駆けて、現実から逃げようとしても、また震災の起こる前と同じような、窮屈で生きづらい社会に戻ってしまうだけである。
 また、東京には東京で解決しなければならない問題が、十分あるはずだ。物資の無駄な買い込みによる、スーパー前の行列や物資不足。灯油やガソリンなどの燃料を取りあって、被災者への物資輸送の妨げになった個人の乗用車の行列など、「みんなが買っていたから」「みんなが並んでいたから急がなくちゃ」と言った心理が、今回の被災者支援の妨げになったことを、言及しないのはおかしい。


 「オイルショック」や、「阪神・淡路大震災」の時も、同じようなことがあった。未だにわたし達がそうしたことから、なに一つ学んでいない、という現状は受け入れねばならない。なにより、「指示待ち」の姿勢が、いまの社会を鈍くしている。責任を取れないから、動けないと言う。しかし、報道の本来の役割は、現地にいない者へ、正しい情報を与えて安心させるためではないのか。政府の指示など待たず、民間企業ですぐに対処することは、可能だったのではないのか。個人はそれぞれ情報を確認しあい、自分で考えて行動することはできたのではないのか。そうした形式を外れた大事故に際した時、一方では形式から外れた思考と行動、それが許される何かが必要なはずだ。


 いま本当に問われるべきは、普段から意識下に隠している個々の「自己欺瞞」である。これをいま、また社会や日常の流れの下に隠してしまっては、何一つ解決することはできない。「異常時には仕方がない」と思う者もあるかもしれないが、生活が豊かに便利になりすぎたばかりにそれに依存し、個々で考えて行うことができたことさえも、怠っていたのは事実である。それがなぜなのか、を問うて行った先に、おそらく眼もあてられないような「社会」の暗部が、浮き彫りになる。それは、今回の大震災からではない。これは「はりぼて」を破壊した契機に過ぎず、いまの問題とは、百年より前から続いてきた社会構造の終焉なのである。


 しかし、一方では不思議なもので、都会に明かりが少なくなると、自然を思うよりも、都会がなつかしくなる。ネオンのきらびかさや、うるさい街頭ミュージックなど、あったらあったで煩わしいが、無いなら無いで寂しいものである。自然の中で生きてきたのが、歴史上における人の自然であったが、いまはもう歴史上の生活とは少々内実が異なる。

 少なくともわたしは、時にはネオンを眺めていたいし、街の喧騒に紛れたくなる瞬間を、持っている。壁の薄いアパートの隣の部屋で、火がついたように泣き続ける赤ん坊の声や、大型トラックが通るたびに、穴の空きかけた天井が軋む部屋が、なつかしい。駅前に出ると、フィリピンパブや、タイ料理の居酒屋から、酔っ払ったサラリーマンや大工が出てきて欲しい。それが見なれた、わたしの故郷の景色であって、それを否定することはできない。しかし、頑なではない。

 このバランスは、妙に難しいものだが、これが本当のことなのだから仕方がない。だけど、自然に帰ることだけが正しいとは、やはり思えない。便利さによって、支えられている命がある限りは、それを否定したくないのだった。(平成二十三年三月二十日初出)

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