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ショートショート『お家の事情』

「河東の腰砕けには幻滅したよ。やつならなにかやってくれると期待していたんだがな。自慢党はもうだめだな」

「そうかぁ、俺はよくやったと思うがな。今の時代は誰がやっても大差がないさ。それがわかっているから、あえて総理をかえようとしないのさ」 

旅客機で話す二人の男たちの話を聞いて、佐々木は思わず舌打ちをした。

(なにも知らないで勝手なことを言いやがる。新聞やテレビをみただけですべてがわかっているつもりか。それにマスコミはなにも知らんと、煽動して支持率を落としやがる。今は政治だけで世の中を建て直すことなど出来ない。経済からなにからすべてを改革しないとどうにもならないんだ。自慢党はだめだぁ。ふざけるな! それでも自慢党に投票する国民がいてくれるから与党なんだ。悔しかったら自慢党を下野させてみろってんだ。それにしても野党は気楽なもんだ。ただ批判していれば議員面していられるのだからな……) 
大股幹事長の秘書である佐々木は、今回の騒動について、おわびと、事情説明をするため、小股の後援会がある地元の青森に向かっていたのだ。 前の座席には男が三人座っている。

佐々木は窓側で、横にはス-ツを着た五十代くらいの男が新聞を読んでいた。自慢党の内乱内容が、いかめしい文章で批判されていた。

(もしも、不信任案が可決されてたら、日本は今頃どうなっていたか……) 

佐々木の額には、今も脂汗がにじみでる。 

不信任案がだされたあの日、佐々木は生きた心地がしなかった。政権交代の危機、自慢党の崩壊などといったレベルの話ではなかった。日本崩壊の危機だったのだ。

(森田政権を死守したのは、公には話すことができないお家の事情があったんだ。真実を知っているのは、総理と幹事長。そしてその側近。各派閥のリ-ダ-くらいなものだ。瀬戸際で河東さんにもその話をした。それで河東さんも英断してくれた。河東さんは本当に辛かっただろうな。けれども日本を救うためにあえてピエロを演じてくれたんだ) 

窓からみえる雲は、まるで海にただよう波しぶきのようにみえた。

              ☆

その頃、令和の天海と仰がられている天道和尚の寺に、森田総理があいさつにきていた。 
天道は政界、経済界、芸能と、各業界で名の知れた霊能者であった。十年前から、政変やさまざまな人の死。そして、事故や災害を予言をすべて的中させ、天道には絶大な信頼が寄せられていた。

「天道和尚。このたびは大変にお世話になりました。おかげで総理の椅子を守ることができました」 

天道は静かにうなずく。袈裟はまぶしいほどにきらびやかだ。

「和尚が直接、幹事長や派閥のリ-ダ-たちに会い、話をしていただき、疑心暗鬼に満ちた自慢党の結束をかためてくださった。過去の和尚の予言はすべて的中してきましたから、みな信じてくれました。そういえば河東君も昔、病に倒れたとき、和尚から祈祷をうけて救われたことがありましたね」

「そんなこともあったのう。だが、ここ数年は霊感も働かず、祈祷してもなんら効果がでずに、隠遁しておったのじゃがな」

「ご無礼なお願いだとは思いましたが、背に腹は替えられませんでした。森田政権が崩壊したら、富士が大噴火をおこし、関東は大震災。日本の国土も海に沈んでゆくだろうとの予言をしてくださって、本当にありがとうございました」 

森田総理の秘書が、大きく重たそうな重箱を包んだ風呂敷ごと、天道和尚にうやうやしくさしだした。重箱には、官房機密費からだされた、五千万円もの大金がはいっていた。

             (fin)

星谷光洋MUSIC Ω『今を紡いで』


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