かしまし幽姫:うちら陽気なかしまし幽姫 其ノ四
その頃合いで店長がやって来た。
半ベソで。
ステンレス盆にスパゲッティを乗せて。
「えぐっ……ミートソーススパゲッティ……うぐっ……御待ちどうさま……ぅぅ……」
唇噛んでる。
何を泣いているのかしら?
「おー、アタシだアタシ」
何だ、お岩ちゃんのオーダーか。
「こちら、三人前……ひっく……です」
どんだけ食べるのよ? お岩ちゃん?
そして、店長は何を泣いているのかしら?
「へへっ……此処の軽食、結構ウマイんだよな♪」
「軽食ってレベルの量じゃありませんけれどね」
お露ちゃんはクールに醒めて紅茶ズズズ……。
「って、アレ? 置く場所無ぇ?」
あ、そっか。
大皿が陣取っているし……っていうか、三人前だもんね?
ホント、どんな胃袋してるのかしら? このガサツ独眼竜?
とりあえず、わたしは大皿様を片付ける流れに入った。
「待っててね? いま空ける──」
「ま、いっか」
「──わたしの大皿様ーーーーーーッ?」
ドチャッと移した!
無造作且つ乱雑に移した!
ミートソーススパゲッティ三人前を!
わたしの大皿様に!
「な……ななな何考えてるのよ! お岩ちゃん!」
「あ? 何が?」
「お皿に食べ物盛るなんて! 常識無いのッ?」
「本来の用途ですけれどね」
紅茶ズズズ……。
「ああ? オマエ、さっき何て言ってたよ!」
「外れ馬券を後生大事に取ってる眼帯女って言ったわよ! 文句ある?」
「それ遡り過ぎな上に、正面から喧嘩を売ってる」
紅茶ズズズ……。
「皿に盛らなきゃ何で食えってんだ!」
「何の為に両手があるのよ!」
「少なくとも〝盛る為〟ではありませんわね」
紅茶ズズズ……。
「どんな皿も空腹を満たす為なら死ぬ覚悟があるんじゃねぇのか!」
「言ってないもん! どんな歪曲解釈よ!」
「今度は〝皿〟が〈お岩部隊〉に徴兵されるんですのね」
紅茶ズズズ……。
「もう! お岩ちゃんなんかプイッだもん!」
「何がプイッだーーッ! この皿フェチぶりっこォォォーーッ!」
私がプンッとそっぽ向いた途端、お岩ちゃんがキレた。
滾る怒気のまま、拳をテーブルにパリーンと叩きつける。
……うん? パリーン?
有り得ないオノマトペだわね?
イヤな予想に引かれるまま、恐る恐るテーブルに視線を戻すと──「わ……わたしのお皿ーーーーーーッ?」
割った!
割りやがった!
このド腐れ眼帯ガサツ女!
「どどどどうしてくれるのよ! お岩ちゃん!」
「あ? 食うに決まってんだろ? たかが破片混じったくれぇで……三人前が勿体ねぇ! 食えるところは食う!」
「スパゲッティの話じゃないわよ!」
わたしは慌てふためいて破片を拾い集めた!
スパゲッティなんか退けるもん!
テーブルに直盛りだもん!
飛び散ってないよね?
飛び散ってないよねッ?
大きな破片だから、まだ何とかなるかもしれない!
くっつければ!
くっつければッ!
無くす前に!
無くす前にッ!
「一枚……二枚……三枚…………」ジグソーパズル宜しく完成形へと嵌めていくも「一枚足りない~~! シクシクシクシク……」
「きれいに『皿数え』へと着地しましたわね」
紅茶ズズズ……。
「お……お皿……わたしの……お皿……様……」
放心。
真っ白。
虚脱感。
無気力。
「ズルズルモグモグ……何か山形県御当地グルメの『ひっぱりうどん』みてぇな食い方だな?」
「テーブル直の山盛りでも臆せず食べますのね」
紅茶ズズズ……。
「フ……フフ……フフフフフフ……わたしのお皿ァ~……お皿様ァ~……エヘヘヘへへ……」
「え? あの? お菊さん?」
「フヘヘヘへへ……お皿が一枚~♪ お皿が二枚~♪ お皿が三枚~♪ お皿が…………」
「お菊さーーんッ?」
「ズルズルモグモグ……おーい? お菊ー? 帰って来ーい?」
「見事に壊れましたわね」
紅茶ズズズ……。
と、友香ちゃんがハッと思い当たって申し出た。
「あ、そうだ!」
「あん?」「ふぇ?」「どうかしまして?」
「あの……もしかしたら、まだあるかもしれません」
「ふぇ? 何が?」
「古いお皿が……」
「……えええぇぇぇ~~~~~~★」
お菊、ただいま帰還しました!
「おじいちゃんの実家、東北の方なんですけど……そこには大きな蔵があるんです。そこなら、もしかしたら……」
「ホホホホントッ?」
「はい。ただ、あの……」
あれ?
不意に物憂げな表情で言い淀んだわね?
「あ? どうした友香?」
「あの……最近行かなくなったのは……出るみたいなんです」
「何がですの?」
「その……何かは判らないんですが、蔵で物音が聞こえたり、誰もいない仏間で話し声が聞こえたり、屋根裏を駆け回る音とか……私は体験していないんですけど、お母さんや近所の人が体験したとか…………」
「ふむ? その情報から考えられるのは〈倉ぼっこ〉〈塗仏〉〈座敷童子〉辺りですわね。おそらく無人化したのをいい事に棲みついたのでしょう」
紅茶ズズズ……。
「うし、シメんぞ!」「乗った!」
紅茶ブフゥゥゥーーッ!
「え? いいんですか? 私にしても、またおじいちゃんの家に行けるようになれば嬉しいですけど……」
「おう、任せとけ!」「お皿ヨロシクー★」
さりげなくスッと席を立つお露ちゃん。
「ちょっと花摘みに失礼……フランスまで」
「おお、気を付けろよー?」
「マイル貯めといてねー?」
静々と立ち去る姿を流して、友香ちゃんから詳細を聞き出す事に専念──を中断して、慌てて後を追ったわ!
お岩ちゃん共々!
ギリ裏口潜る直前で確保!
逃亡兵確保!
「逃がさねぇぞ! お露!」
「お皿の前には一蓮托生だよ! お露ちゃん!」
「放して! 御放しになって! 御帰りはコチラで~す!」
「今度は、どんな妖異だろうな?」
「今度は、どんな〝お皿〟かな♪ 」
「イヤ! 放して! 婆やぁぁぁ~~~~……!」
右腕にお岩ちゃん、左腕にわたし……その拘束のままにズルズルと引き摺り戻される『Xファ●ル』な色情令嬢。
うん、いいのよ?
どうせ、この幽霊も〈愉快スイッチ〉入っちゃうんだから。
斯くして、わたし達の『スチャラカ妖奇譚』は続くのでした★
わたし達は腐れ縁──誰が呼んだか〈かしまし幽姫〉♪
君の町にも遊びに行くかもね★
その時はヨロシク♡
[おわり]
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