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雷命の造娘:~第三幕~ありがとう Chapter.8

 白が晴れて闇となった。
 だから、ロキは仰臥ぎょうがに自覚するのだ。
「……死んだのか? オレは?」
「ィエッヘッヘッ……たちの悪い冗談はせやィ? テメェは死なねぇ・・・・だろうがよ? 何たって、腐っても〈〉……おっと、不純物・・・が混じったから腐った・・・〉か? ィエッヘッヘッ…………」
「チッ! ゲデかよ?」
 聞き覚えのあるダミ声に嘲笑され、その存在の気配を闇に追う。
 応えるかのように浮かび上がった〈死神ゲデ〉は、そのまま物臭めいて枕元へと腰を下ろした。
「ィェッヘッヘッ……残念だったなあ? ロキ? オメェの敗因を教えてやろうか? そいつぁ『新しい時代』にオツムがついていかなかった事さね。オメェ・・・は〈主役・・〉のうつわじゃねぇのさ」
 葉巻蒸かしのニタリ顔が優越めいて教示する。
 相変わらずイケ好かないツラだ。
 いや、そのツラだけではない。
 耳障りな声も──飄々ひょうひょうとした挙動も──存在そのもの・・・・・・も────総て・・が気に食わない。
 しゃくさわ嫌悪対象ヤローだ。
「黙りやがれ! 原始宗教の死神風情が! オレとテメェでは格が違う! オレは〈霜の巨人〉にして〈北欧アース神族しんぞく〉だ! 万能なんだよ! それに引き換え、オマエは何だ? たかだか〝死期〟を予見できるだけじゃねぇか!」
「ああ、そうだよ。オレ様は自分が非力だって事を、よ~く知ってるぜ?」一息深く紫煙を吐く。「だから〝他人ひとさま〟を重宝するのさ……何たって上手く利用すりゃ、どいつもコイツも勝手に・・・自滅してくれるからな? 肝心なのは、に応じた棲み分け・・・・……ただ、それだけだ。それ・・が〈闇暦あんれき〉ってモンだよ……ィェッヘッヘッ」
「……クソが!」
 見上げる先には、この世界の支配者が据えられていた。
 黄色い単眼の凝視を、堕神ロキの仰視が睨み返す。
 万事を呑み潰すほどの威圧感ながらも、彼の自尊心プライドが呑み込まれる事は無かった。
「ィエッヘッヘッ……何なら口利き・・・してやろうか? オレ様と同じように〈黒月こくげつの使徒〉になりゃあ、この闇暦あんれきでも優遇されるぜ? もっとも業績ノルマは必要になるけどよ? ィエッヘッヘッ……」
 一瞥いちべつに喜悦を浮かべる下衆ゲスさげすむ。
 その提案は、すなわち『黒月こくげつの部下になる』という事だ。
「……クソが」
 この先、どうするかは定めていない。
 どのみち〈北欧神界アースガルズ〉とは遮蔽された世界だ。
 闇暦あんれきなる現世魔界にて絶対的な立ち位置に着けるなら、それも悪くはないだろう。
 だかしかし、現状いまのロキが強く意識するのは、もっと別な事柄であった。
(勝った気でいるなよ……〈女怪物バケモノ〉!)
 如何いか世界・・へ焦がれようとも、それが実るはずは無い。
 如何いか世界・・へとすり寄ろうとも、世界・・が受け止めてくれるはずも無い。
 まんいち懸念けねんして、土産みやげの種はいておいた。
 さぞ見応えのある顛末てんまつとなるだろうよ。
 見届ける事が叶わないのがくちしくはあるが……。
「……オイ」
「ィエッヘッヘッ……何だよ?」
「……一本よこせ」
「あ? オマエさんは〝葉巻〟じゃなくて〝煙草タバコ〟派じゃねぇかよ?」
「……よこせ」
「チッ、仕方無ぇな……オラよ」
 渋々手渡された嗜好品に、指先発火で火を付ける。
煙草タバコたぐいたしなないのだが……まあ、いいか……これから永い・・・・・・のだから)
(チッ……うるせぇよ)
 内に棲みついた魂へ毒突く。
 コイツ・・・は、これからも生き続ける──自分オレの中で。
 忌もうが拒もうが、もはや呉越同舟ごえつどうしゅうだ。
 独り・・ではない。
「……クソまじィ」
 クセの強い葉巻は、彼の嗜好には合わなかった。

 白が黒へと戻り、戦いの化身はゆっくりと降臨した。
 大激戦を終えた〈雷命らいめい造娘ぞうしょう〉が、愛すべき〈〉へと戻った瞬間であった。
「お姉ちゃん!」
 街路へと降り立ったと同時に、マリーが駆けつけて来る!
 飛び付く小柄を優しくも確かに抱き受ける。
「マリー、無事?」
「うん……うん!」
「私は、また怖く・・なった……ごめん」
「ううん!」
 ひたすらに泣きじゃくる幼女の頭を、大きな手が優しさに包み撫でた。
「大丈夫、マリーいいこ……いいこ……怖いけど、怖くない」
 邪魔の入らぬ愛撫が時間を流す。
 こんな幸せがあってもいいのか──そう思えた。
 やがて〝友達〟が街路を歩いて現れる。
 ブリュンヒルドとヘルだ。
 全身ボロボロながらも、視認に交わす笑顔は清々しかった。
「ブリュド」
「……何です?」
「仲直りした」
「クスッ……そうですね」
「絶交、しない?」
「友達ですよ……ずっと」
 そんな微笑ほほえましい関係性は、傍目はためのヘルにはまぶし過ぎる。
 だから、自然と一歩距離を置き、闇空あんくうを仰ぎ眺めていた。
 視線交えた黄色い単眼に、自然と美貌が引き締まる。
(死んではいない……か)
 それは〈ロキ〉への危惧であった。
(そもそも〈神〉は死なぬ……。人間が──いや、世界・・が存在する限り)
 一時的に退しりぞけただけの攻防である。
 だが、それでいい。
 それだけでも、大きな価値があった。
(この〈〉に示された……。今度・・は迷いなど無い)
 次こそは自分・・が勝利すればいい。
 北欧アース神族しんぞくの一柱〈冥女帝〉として──誇り高き〈ダルムシュタッド領主〉として──より強くなればいい。

 マリー……。
 ブリュンヒルド……。
 そして〈〉…………。
 満身創痍まんしんそういながらも、笑みが重なり合う。

 そして、無情なる銃声がとどろいた!
 
 崩れたのは、死人の巨躯きょく
「何ッ!」
 驚愕に意識を奪われながらも、ヘルは瞬時にして状況を把握した!
 何者かによる射殺行為だ!
「お姉ちゃん? いや……いやぁぁぁーーーーっ!」
「そ……んな? 誰がッ!」
 狼狽をいきどおりへと転化し、奇襲方向を追い睨むブリュンヒルド!
 振り向いた先に居たのは、ダルムシュタッドの街人逹!
 一人二人ではない!
 街人全員・・・・だ!
 全員が〈〉を嫌悪に睨み据えている!
「あ……貴方あなた逹は……ッ!」
 沸き立つ怒りに、ブリュンヒルドは唇を噛む!
 彼等が如何いかなる意図なのかは察した。
 それは各人が手にする武装が物語っている!
 木材も──すきも──鉄パイプも────。
 敵意だ!
 愚かしくも〝命の恩人〟へと注がれた敵意だ!
「あ……あ……」
 膝折に崩れた〈〉は、腹を撃ち抜いた傷口に戸惑う。
 両掌に溢れる流血は治まらず、銃痕じゅうこんが回復するきざしも無かった。
 エネルギーの枯渇だ。
 ロキとの決戦で、内在する生命力を惜しみ無く開放した……そのツケ・・である。
 持ち前の治癒能力も発現できず、不死身の細胞も休眠していた。
 黒雲滞る雨天を仰ぐも、決着を見計らったかのように帯電は消失している。
 現状、どうする事も叶わない。
 いなひとつだけ・・・・・手はある。
 おのれの生命力を再活性化させる禁じ手が!
 あらゆる〈生命〉は、彼女の〈かて〉だ!
 現状、補填ほてんに充分な〈エネルギー源・・・・・・〉は、見渡す限り有り余っているではないか!
 ……さりとも、使う気にはなれない。
 なれるはずがない。
 それでは魂までもが〈怪物・・〉と堕ちてしまう。
「いや……いや……お姉ちゃん、死んじゃヤダ!」
 クシャクシャに泣き崩れるマリーの顔を慈しみに撫でた。
 優しき微笑びしょうを向けてはみたが、どうにも死相は帯びていたらしい。
 だから、マリーは安堵するどころか、ますます号泣に崩れた。
「ヤダ……ヤダァ!」
「マリー、ゴメン」
 どうやら〝三つめのゴメン〟は、回避できそうにない。
 それを授けるのは事を構えた〈悪神ロキ〉ではなく、皮肉にも焦がれて止まない〝人間〟のようだ。
「コイツだ! コイツが総ての元凶だ! 〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉を滅ぼしたのも! あのおかしな連中・・・・・・を連れ込んだのも! みんなコイツ・・・仕業しわざだ!」
 醜悪なせむし男・・・・が、街人達の敵意を扇動する!
 それが合図となった!
 せきを切ったかのように群衆は駆け出し、暴力の怒濤どとうと化して〈〉を呑み込んだ!
「やめて……やめなさい!」
 ブリュンヒルドが制止の声を張るも、荒ぶる喧騒には通る事も叶わない!
 彼女自身も人波の鉄砲水にはじされてしまう!
 直後、高々と何か・・が、彼女の胸へと投げ渡された。
 マリーだ!
 危害の波が押し寄せる瞬間、最期の力で〈〉が避難させたらしい。
「このバケモノ! くたばれ!」
「此処は俺達の街だ! オマエみたいな〈怪物〉に好きにされてたまるか!」
「よくも〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉を! 俺達の盾を!」
「これで他国の侵攻に脅えなきゃならなくなったんだぞ! この! この!」 
 全身を殴打する痛みに、呪詛の重みが乗せられる!
 浴びせられる嫌悪が、憎しみの刃と容赦無く斬りつける!
 痛い!
 痛い!
 痛い!
 叩きつける棒が折れても、取り囲む暴力は収まらなかった!
 鉄パイプが砕骨音を奏でても、興奮した加虐心は満足しなかった!
「ィヒヒヒヒッ! 旦那だんなさん、言い付け通り一矢報いましたぜ?」
 惨たらしい芋洗いから、種火の役目を終えたせむし男・・・・が抜け出す。
 ロキからの指示であった──まんいち、彼が敗北した場合は、この〈〉を拒絶の絶望へ叩き落とせ……と。
 そこに意味は無いだろう。
 稚拙な嫌がらせに過ぎない。
 しかし、その粘着質な執念は、彼〝アイゴール〟の趣旨と合致した指令であった。
 世をうらねたみ、幸福に唾棄だきする陰湿さには……。
 後は何喰わぬ顔で戦線離脱すればいい。
 暴力に酔い堕ちた馬鹿者逹を、嘲り笑って高みの見物だ。
 と、何者かが彼の逃走路に立ちはだかった。
「……貴様の仕業か」
「ヒィ? へ……ヘル!」
 黒衣の女神である!
 絶対的な支配者である!
 その内なる怒りを大鎌デスサイズへと乗せ、彼女は卑怯者を待ち構えていた!
父上ロキからの指示やもしれぬ……貴様自身の姦計かんけいやもしれぬ……だが、どちらにせよ許されざる下劣さよ! 裁かれる覚悟はあるのであろうな?」
「ひ……ひぃぃぃ!」
 圧倒的な凄味に、無様な尻餅で沈んだ!
 振り上げられる大鎌!
 その瞬間〈〉は全力で黒集くろだかりから飛び出した!
「な……何? グッ!」
 死刑執行人を疾駆の体当りで弾き飛ばす!
 巨体の弾丸を受けたヘルは、そのまま後方の煉瓦壁へと叩きつけられ、気絶に滑り落ちた。
(良かった……彼女に〝人間〟を殺めて欲しくない)
 振り向く先には、心身共に醜悪な人間・・
「ひぃ!」
 表皮ひょうひげた醜い右顔面の眼差まなざしを浴びて、アイゴールは腰抜かしのまま後退あとずさる。
(良かった……この人間・・も無事だ)
 安堵した〈〉は、だからこそ魔性のままに猛り吠えた!
「よく見破ったな! 人間・・! 私が虎視眈々こしたんたんと、この街の領有権を狙っていた事に! 先代領主〈冥女帝ヘル〉の失脚は好機だった! 貴様達を守護するコイツは、私の野心に邪魔だったからな!」
「な……何?」
冥女帝ヘルが……俺達を守護していた……だと?」
 動揺が波紋と広がる。
「気付かなかったのか! 愚かなものよ! あの〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉とかいうガラクタも、私が師事して造らせたのだ! 総ては〈冥女帝ヘル〉を失脚させて、この街を手に入れんがために!」
 揚々と悪態を突く〈〉を前に、ブリュンヒルドは困惑した。
「な……何を? 貴女あなたは、いったいを?」
 虚構の独り舞台は続く。
 破滅への演目である。
「だが、部下・・には恵まれなかった! ウォルフガングは暴走し、だからロキと共に制裁した! しかし、それも束の間……今度はロキの謀反だ! つくづく飼い犬に手を噛まれたぞ! 忌々しい!」
「やめなさい!」
 親友が愁訴しゅうそに叫んだ!
 一瞬の間に戦乙女ヴァルキューレへと注がれる視線。
 群衆は沈黙に続く言葉へと聞き入る。
「いい加減、虚偽は御止おやめなさい!」
 彼女がを目論んでいるのか……ブリュンヒルドは看破した。
 ゆえに、哀しい想いをこらえて、凛とした口調くちょうに指摘するのだ。
貴女あなたが〈悪〉のはずがないでしょう! それは、共に戦った私がよく知っています! だから、何度でも否定しましょう! 親友として!」
「クックックッ……どこまでも愚かしい!」ふくわらいを浮かべ、さらに声高な悪態を突いた。「馬鹿か? 貴様は? 私に利用されていた事に、まだ気づかないのか! 総ては〝邪魔者〟を始末するために手駒とされていたに過ぎない!」
 ……違う。
「親友? 笑わせるな!」
 ……違う!
所詮しょせん怪物・・〉と〈神界の者〉が分かりあえるはずがないだろう!」
 違う違う違う違う!
 違う!
 私は、そんな事・・・・ために〝言葉〟を教えたワケじゃない!
 そんな……事のために…………!
 ブリュンヒルドの胸は苦しみに裂けそうであった!
 こんな事なら……こんな展開になるのであれば・・・・・・・・・・・・・〝知識〟など授けるべきではなかった!
 授けなかった!
「嘘よ!」
 今度は、異なる擁護こえが否定する!
 マリーだ!
「お姉ちゃんは、そんな人・・・・じゃない! だって、お姉ちゃんは〝優しい人〟よ! いつでも私をかばってくれた! 守ってくれた! 街の人逹だって助けてくれたじゃない! 自分がボロボロになっても!」
(嗚呼、マリー……)
 胸に染み込む嬉しさ……。
 どんなにも望んだ温もりか……。
 その感慨を噛み締めながらも、体現させる事は許されなかった。
 ただひとつ……ただひとつだけ確かなのは、思い残す事無き手向たむけを得たという至福の慰めだ。
「ガキ、礼を言うぞ」
「お姉……ちゃん?」
「オマエのおかげで、街の内情を詳細に知る事が出来た」
 見知らぬ冷蔑かお
 刃物のように鋭利な声音は、マリーにさえ軽い恐怖をいだかせる。
 それが仮面と悟りながらも……。
「やはり子供というのは浅知恵だな……クックックッ……少しばかり優しくしてやれば、コロッと〝友達〟などとだまされる……クックックッ……アーハッハッハッ!」
 二発目の銃声!
 仰け反る上体へさらに三発目!
 四発目!
 そして、暴徒による鉄槌が再開される!
「この悪魔め!」
「子供の純真をもてあそぶ外道め!」
「神を……戦乙女ヴァルキューレさえもあざむくとは! 何と恐ろしい狡猾さだ!」
「コイツは〈悪〉だ! この世に存在・・させてはならない!」

 ──嗚呼、これでいい。

 ──これで〈冥女帝ヘル〉は領主へと返り咲ける。

 ──これでブリュンヒルドの戦乙女ヴァルキューレとしての尊厳はけがれない。

 ──これでマリーは〈怪物・・〉とは無関係な子供だ。疎まれる事も無い。

 ──そして、これで街の人逹が、闇暦あんれきでも強く生きてくれるきっかけ・・・・になる。

 ──誰か・・に命運を依存せずに〝生きる意味〟を勝ち取ってくれる。

 独善的な暴力は続く……。
 ブリュンヒルドの声も──マリーの声も──悲痛な懇願こんがんして、ひたすらに〝異端〟をにえと呑み込んだ…………。


「……アンファーレン」
「娘さんかい?」
「……うん」
「おお……おお……」
 歓喜に近付くよろめく足取りを〈〉はしっかりと支えた。あの頃と同じように……。
「どうしていたんだね? いままで、どうしていたんだね? 急に黙って出て行くなんて……」
「うん、ごめん」
 慈しみに微笑ほほえんだ。
「うん?」鼻を突く鉄分臭に気付き、老人が眉根を曇らせる。「娘さん? 怪我をしておるのかね?」
「うん、転んだ」
「し……しかし、転んだにしては?」
 盲目ゆえに鼻は利く。
 明らかに過剰な血臭だ。
 それでも〈〉は柔和な抑揚に言った。
「何回も転んだ」
 嘘は嫌いだ。
 だけど、いまは嘘をつける事を誇ろう。
 それがだ。
 きっと、禁忌に生まれ落ちた身の……。
「……アンファーレン」
「何かね?」
「ヴァイオリン、聴きたい」

 独奏会リサイタルが始まった。
 久々の余興だ。
 暖炉前のロッキングチェアへと沈み、老人の弦が叙情を震わせる。

 いいかい〈ドルター〉? 外の世界・・・・は、とても怖い所なんだよ────。

(うん、そうだね……サン・ジェルマン…………)
 怯えて暮らしてきた日々を思い起こす。
 拒絶と排斥に嘆き哀しんだ日々を思い出す。

 とても怖く、恐ろしく、残酷で、苦しい世界なのさ────。

貴方あなたの言う通りだった…………)
 叩きつける木材が折れるまで痛みは続いた。
 投げつけられる石には憎悪と嫌悪が込められていた。

 は、この城から出てはいけない……出るべきではない・・・・・・・・んだ。何故なら、残酷な運命がきみを殺してしまうから────。

(でもね、サン・ジェルマン……)
 満ち足りた感情に唇は微笑ほほえんだ。
私は受け入れてもらえたんだよ・・・・・・・・・・・・・・…………)
 大切な人達が次々と脳裏に流れていく。
 それが『走馬灯』と呼ばれる事を〈〉はいまだ知らない。

 穏やかな調べが〈〉を望む世界へと導く。
 そこでは青い空が白い雲を浮かべ、緑に広がる草原には動物達が息づいていた。
 鹿や栗鼠がこちらを見た。
 優しい微笑ほほえみを挨拶に向けると、無垢に近付いて来る。
 だから、腰を下ろした。
 次第に取り囲む数が増えていく。
 皆、仲良く腰掛け、風に乗る旋律へと意識を乗せた。
(嗚呼、は何て幸せなのだろう……)
 優しさだけしか存在しない。
 丘陵の下に流れる川辺に寄り添う人影を見つけた。
 たぶんフォン・フランケンシュタインとエリザベス・ランチェスカだろう。
 これからも、あの二人はずっと一緒だ。
 この世界で、永遠の幸せと共に……。


 夢幻でたゆとう意識と同時に〈〉は現実へと身を置いていた。
 暖炉熱に乗った調べが、ずっと内包していた想いを触発する。
 もしも、この老人に出会わなかったら、きっと冷たく寒い夜空にた。
 もしも、この老人に出会わなかったら、大好きなマリーと〈友達〉にはなれなかった。
 そして、もしも、この老人からあの言葉・・・・を教わらなかったら世界を愛する事は無かった。
 きっとロキ・・だった。
 嗚呼、だから返そう。
 いまこそ感謝を込めて、あの言葉・・・・を──。
「アンファーレン……」
「…………」
「……ありがとう」
 生命いのちは──消えた。
 死体は優しい微笑ほほえみをのこしてった。
 満ち足りた微笑ほほえみをのこして────。
 盲目の頬に涙があふれる。
 止めるすべは無い。
 彼は〈〉にとって、間違いなく〝〟であった。

 だから、慟哭は闇空そらを染め上げた。

 黄色く淀んだ単眼が見下す闇空そらを……。

 いつまでも……。

 いつまでも…………。



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