G-MoMo~銀暦少女モモ~:ウチの銀暦事情 Fractal.5
斯くして、現状に至る。
『ま、大まかには把握しているか……』
ウチの述懐を聞き終わったリンちゃんは、関心薄く航行手順のコンソール操作を再開した。
「それにしても、あの〈カツオであべし〉エライ強そうやったね?」
『……〈カツオノエボシ〉ね』
この数時間前、ウチらは目標と接触しとんねん。
3f/2b次元での出来事や。
ほんでもって、軽く一戦やらかした。
だって〈ツェレーク〉を捕捉するなり光撃してきはったんやもん、アチラさん。
せやけど、そこは〈ツェレーク〉──銀邦の切り札にして、ハウゼン家の私船や。
互角以上の善戦で、逆に痛手を負わせたねん。
あ、出撃した〈イザーナ〉&〈ミヴィーク〉との連携も外せんよ?
うん、ウチとリンちゃんの功績も大きいねん。
それはともかく、結果、巨大クラゲは〈フラクタルブレーン航法〉で逃亡。
ウチらも、すかさず追跡──で、この次元宇宙へと辿り着いたいうワケや。
と、ここまでの情報を鑑みて、ウチは軽い疑問をふと抱く。
「あれ? 発見してから一週間、銀邦かて黙ってたワケじゃないやん? それこそ〈軍属宇宙戦艦〉で……」
『応戦したみたいよ? けど、手に負えなかった。理由はふたつ。ひとつは〈フラクタルブレーン航法〉を応用した神出鬼没ぶり。もうひとつは〈宇宙クラゲ〉自体が脅威的怪物だった事。あの光撃も、おそらく高出力レーザーの類と思われるし』
「銀邦軍でも歯が立たないって、どんだけスゴイ〈クラゲ〉やの?」
『だ~か~ら~! 〈OTF〉実装だッつーの!』
「ああ、そやった。そうでした。えへへ ♪ 」
ふぇ?
さっきから頻繁に出てくる〈OTF〉ってのは何やって?
う~ん、正直ウチにも詳細は説明しづらいんやけど──平たく言えば〝宇宙人の超科学技術を疑似再現した応用技術〟ってトコやろか?
実は〈宇宙人〉との邂逅は、旧暦時代からあるにはあったんや。国家レベルで極秘裏に。
ほら、旧暦時代に物議を醸しとった『ロズウェル事件』とか『フラットウッズ事件』とか『エリア51』とかあるやん?
アレって、実は〝在る派〟が正解だったんよ。
まあ、あの手の人種は万事を〈UFO〉へと結びつけたがるから、ほとんどが眉唾論なんやけど。大概は子供染みたこじつけ甚だしい夢想やし。
それでも、ごく少数ながら実在例があったのも事実なんよ。
そうした信憑性に富む事件は、国家プロジェクトチームによって研究解析が為されてきたんやって。
そやけど、そもそもブラックボックスの塊のようなUFOのテクノロジーを、格下科学で得ようなんて土台無理な話やん?
せやから、現行科学技術で擬似的に再現しよういうコンセプトが〈Over Tecnorgy Fiedback〉──即ち〈OTF〉やねん。
ほんでもって、ウチらの〈ツェレーク〉も〈OTF搭載艦〉だったりすんねん。
だから、単機で〈フラクタルブレーン航行〉も可能なんねんな?
『ま、それでアタシ達に白羽の矢が立ったってワケ。〈OTF〉には〈OTF〉を……ってトコでしょうね。フラクタルブレーン航法を単機行使できるような〈宇宙船〉は、現在のところ〈ツェレーク〉だけだし。正直いって適任どころか唯一の対抗手段とも言えるわよね』と、リンちゃんは肩を竦める。
「せやけど、あの〈クラゲ〉は何なんやろね?」
『さてね? それを突き止めるのも、アタシ達の任務。少なくともアタシは〈生物兵器〉と考えてるけどね』
「何で?」
『生態的に〈フラクタルブレーン航法〉を備えている生物なんて聞いた事もないッつーの。おまけに触手から破壊光線なんか出すし……。どんな進化論よ? 生物としては不自然過ぎるッつーの』
「せやけど、何で〈フラクタルブレーン〉って断定できるん?」
『アタシ達の次元宇宙では、人類が宇宙進出してこの方、他の生態系と遭遇した試しは無い。だいたい〈銀河連邦〉って言ったところで、宇宙進出した〝地球人種子〟の連合体──別に〈地球外生命体〉と邂逅したワケでもないんだから』
「現在は無いけど、これからあるかもしれへんよ? ねぇ? イザーナ?」
『キュー ♪ キュー ♪ 』
えへへ ♪ この子も同意や ♪
『……『フェルミのパラドックス』? 否定はしないけどさ、確率は天文学的に低いわよ』
「何? その『ハルミのデトックス』って?」
『……『フェルミのパラドックス』だッつーの。誰だ〝ハルミ〟って。要するに〝銀河が果てしなく広い以上、地球と同じ環境の惑星が無いははずない。同等以上の知的生命体も必ず存在する。にも拘わらず、一向に接触が無いのは何故だろう〟って概念──旧暦の物理学者〝エンリコ・フェルミ〟が唱えた一種のジレンマ論よ』
「ああ、せやねぇ? ハルミさん、エラいトコ気付きなはったねぇ?」
『……だから、誰だ〝ハルミ〟って』
「そやけどな? いろいろぎょうさんおった方が、ウチ楽しい ♪ 」
『はぁ?』
「どの宇宙も、こないに広いねんもん。地球人類だけやったら、きっと寂しいよ?」
『ったく、アンタは……』
何や? リンちゃん?
呆れたんか共感したんか分からんテンションで溜め息ついたねぇ?
と──「あ、せや!」──ウチは妙案閃いてパァと明るい笑顔に染まった!
「リンちゃん、さっきのマリーの説明把握してんのやよねぇ?」
『〈フラクタルブレーン概念〉? まぁね』
細かいコンソール操作に集中しながら、無関心に応えるリンちゃん。
「せやったら、リンちゃんが教えて?」
『……は?』
「リンちゃん、頭ええもん ♪ 説明も巧いもん ♪ リンちゃんの説明やったら、きっとウチにも解り易い ♪ 」
『え~ ♪ ヤダァ ♪ 』
にっこりと笑顔を彩ったリンちゃんは、親友の頼みを快く拒否して……って、アレ?
もしかして、いま「イヤ」言うた?
ウチの聞き間違い?
「あんな? リンちゃんなら、ウチにも解り易……」
『あはははは☆ 無理ィ~ ♪ 』
「……………………」
朗らかな笑顔で言いはった。
「何で?」
コクンと訊ねるウチに、リンちゃんは温顔にっこりと返す。
『だって、サルに『ハムレット』は書けないしィ~?』
あ、せやね。
確かにサルに『ハムレット』は……うん?
「誰がサルやの?」
『アンタ ♪ 』
うん、聞き間違いやない。
まるで聖職者のような温和性で毒吐きよった。
まぁ、この〝見た目の可憐さに反して辛辣な気丈さ〟いうのが〝リンちゃんらしさ〟なんやけど。
「リンちゃん薄情や! 親友のウチが無知のままでもええの?」
『仮想定義した縦軸次元がブレーン構造で、各横軸にはフラクタル構造が発生している。以上。理解できた?』
「うう、えと……えっと……あんな? もっと簡単に説明して?」
『だから、無理だって言ってるッつーの。これが理解できないなら、もう打つ手は無いわよ。これ以上の簡単な説明は無いんだから』
ウチの必死さに反して、リンちゃんの物腰はあくまで沈着。まるで幼い妹の駄々を諫めるように、涼しく流しとる。
「ふぇ~ん……リンちゃ~ん、意地悪せんと教えてよ~?」
『笊に水を注ぎ続けるほど暇じゃないッつーの』
「笊?」
『アンタの脳ミソ』
ああ、なるほど。
リンちゃん、ウマイねぇ?
って、違うッ!
「あ! せやったら、一項目覚える度に白玉抹茶パフェをご褒美に付けたらええよ? そしたらウチ、やる気出る ♪ 」
『……アンタ、曲芸仕込みの動物か』
「ふぐぅ! リンちゃんの意地悪!」
『はいはい』
「性悪!」
『はいはい』
「ウチよりおっぱい大きい!」
『ありがと』
全部涼しく流されたわ……。
「ふぐぅ~~!」
ウチ、膨れた!
悲しなった!
『め……目に涙溜めてムクれんなッつーの……しょ……小学生じゃあるまいし』
「ふぇぇぇ~~ん! リンちゃん、意地悪やぁ~~! ふぇぇぇ~~ん!」
『ななな泣く事ないじゃん!』
「イヤやぁ~~! ウチ、リンちゃんがええ~~! ふぇぇぇ~~ん!」
ウチが大号泣した直後──『はいは~い、そこまで~ ♪ 』──突然割って入る気の抜けた美声。
聞き覚えのあるその声音は、先刻まで難儀な講釈をしてくれた女性の声やった。
口調が思い切り変わっとるけれど。
心当たりがありすぎるが故に、ウチとリンちゃんの喧騒も一時停戦。
そして同時に、恐る恐る声の主へと目を向ける。
ツェレークとの通信モニターには──やはりと言うべきか──マリー・ハウゼン女史が映とった。
ただし、メガネは掛けていない……って事は、つまり、もうひとつの人格〝裏マリー〟や。
その事実を認識し、ウチとリンちゃんの表情が思いっきり強張る!
ウチの涙も一瞬にして引っ込んだわ!
『モモちゃん、リンちゃん、ケンカはメッよ?』
幼児を優しく叱る母親のように、マリーは軽く頬を膨らませる。
『あ……あの、マリー? メ……メガネ……は?』
恐る恐るに訊ねるリンちゃん。
『んとね~、コレ?』
上目遣いにそう言って、マリーは愛用のメガネを取り出した。その仕草はイタズラを見つけられた子供のようで、メチャクチャ可愛らしいけれど……。
で、肝心のメガネはというと──フレームがグチャグチャに折れ曲がり、レンズは割れ砕け、見るも哀れな残骸と化しとったよ。
『さっき、うっかり踏んじゃった ♪ 』と、可愛らしいテヘペロに染まるマリー。
「『うわぁぁぁぁ~~~~ぁぁぁぁあああいッ!』」
先程までの展開を忘れたかのように、見事なハーモニーでパニくるウチとリンちゃん!
狭いコックピット内で、頭を抱えて乱れる様がユニゾる!
いま、ウチらの思いはひとつ。
つまり「これまたメンドくさい事になった!」や。
みんなは知らんけど、マリー・ハウゼンは人格をふたつ持ってるねん。
そして、彼女の人格入れ替えとなるスイッチが、メガネの有無や。
このメガネを掛けてないマリーを、ウチらは便宜上〈裏マリー〉と呼んでるのや。
通常の〈表マリー〉は、完璧な才色兼備ぶりを宿した大人の女性。豊富な知識量も去る事ながら判断力や決断力も素早く、とにかく頭の回転が早い。
一方で〈裏マリー〉は、完全に〝マイペースな天然癒し系〟やねん。おまけに状況把握能力などは著しく欠落しとる。知識や経験は〝表マリー〟と共有しとるんやけど、それを有効に応用するだけの器量は無い。
で、この〈裏マリー〉の厄介な点は、自覚無きトラブルメーカーとしての側面が非常に強い事やってん。
それは総て天然が為せる業ではあんねんけど……。
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