具合の悪くなる映画集
今年に入って体調を崩すことが増えた。特に発熱を伴う症状が月に一回程度現れている。昨年までは感染症の罹患はあれど、それでも年に一回程度だった。今年現れた症状の中にも感染症起因のものも含まれると思うが、齢三十にして既に免疫力が低下しているのかもしれないと危機感を覚えている。
二日前にもまた高熱と全身痛が発症した。今はようやく落ち着いたが、コロナ/インフルの抗原検査は陰性、他に風邪の症状も全く無かったので病名も原因も不明である。
今回発症したタイミングは、家でとある映画を鑑賞していた時だった。観ているうちに段々と気分が悪くなり、観終えたらいつの間にか発熱していた。いや、勿論映画が原因なわけはなく偶々タイミングが重なっただけなのだが、それにしても観ていて何となく具合の悪くなる映画というものは存在する。製作者が意図的にストレスを与える作風にしているものもあれば、鑑賞者の個人的なトラウマを誘発するようなものもある。
というわけで、体調不良は理不尽にも全て映画のせいにして、私が過去に観て具合の悪くなった映画をいくつか紹介しようと思う。
以下注釈。
誤解無きように補足しておくと、どの映画も良作かつ好きな作品です。また、ハッピーエンド/バッドエンドといった結末に関する観点は全く含みません。ただただ鑑賞中に副作用で具合が悪くなる(と勝手に判断した)ものを紹介します。
物語の核心を明かすほどのネタバレは含まないつもりですが、あらすじや雰囲気・作風くらいには触れます。ネタバレ無し程度の感想も含みます。
『ビバリウム / Vivarium』
不気味度 :★★★★★
SF度 :★★★★★
スッキリ度:★☆☆☆☆
一作品目は本記事冒頭で触れた、つい先日観て実際に具合が悪くなった作品から。キャッチーで引きのある舞台設定のためか、あるいは主人公キャストの知名度のためか、日本でもわりと有名そうな作品。ところが世間の評価は芳しくない。その理由も分かるが、個人的には結構好きだった。
あらすじから分かる通り、現実では起こり得ないSF作品である。オープニングと開始数分後に雛鳥を接写したようなシーンがあるのだが、食欲を減退させるようなやや不気味なシーンである。
更に、チープとも言えるCGやセットで表現される"無限"の住宅街はとにかく無機質で、しかもそこから抜け出せない設定なので見ている景色が延々と変わらず段々と気持ち悪くなっていく。冒頭の雛鳥の有機的な描写が懐かしくなるほど。
極めつけは突然主人公たちのもとに送られてくる赤子。見た目は人間らしいが、その行動や生態は人間らしいふるまいを逸脱したもの。一般的なSFホラー映画で見るような人間とは全く異なる見た目の生命体よりも、人間らしさをギリギリ保ちながらどこか人間になり切れていない、そんな異質な生命体の存在が主人公たちの生活、ひいては鑑賞者の気分にストレスをもたらしていく。少し本筋とは逸れるが、赤子の見た目からは所謂「不気味の谷」に近い印象を覚えた。
"自宅"という、本来もっとも親しみを感じ心安らげるはずの空間を、全く親しみの無い異様な何かと共に過ごさなければならない圧迫感に襲われる。そして、これだけミステリアスな設定ながら、劇中で謎がスッキリ解き明かされるということは正直無い。この辺りが評価低めの所以だろうか。そんな"釈然としなさ"も抱えて記憶に残る映画だった。
『隣の影 / Under the Tree』
ドロドロ度 :★★★★★
自己中心度 :★★★★★
抑揚 :★☆☆☆☆
二作品目は、"自宅"繋がりでこちらのアイスランド映画。ただ『ビバリウム』とは打って変わってSF要素などは全く無い、限りなくリアルな隣人同士や夫婦の人間関係を描いた作品。
原題の『Under the Tree (Undir trénu)』は直訳すれば「木の下」なので確かに『隣の影』の方がより綺麗な気もするが、むしろ「木の下」という味気ないタイトルこそが味なのではと、意訳の必要性を疑ってしまう。
劇中の抑揚はかなり抑え気味で、淡々と物事が起こっていく様が描かれる。エンターテインメントとして見たときにはやや物足りなさを感じる要因でもあるが、この淡々とした描写が現実でも起こり得そうな生々しさを醸し出していると言える。
舞台は老夫婦の住宅とその隣人宅、そして老夫婦の息子夫婦の家庭がメインとなるが、それぞれ隣人トラブルと離婚問題を抱えたことで物語が進んでいく。隣人トラブルに関しては日本でも度々ニュースなどで取り沙汰されているが、本作で描かれる隣人宅の樹木による日照時間の低下というのは、もともと日照時間の多くないアイスランドでは特に深刻とのことだ。国の特性も加味してのトラブルと捉えられる。日本で例えるなら、現在世界平均よりも高いスピードで上昇している気温の上昇などだろうか。この猛暑の中で、隣人宅が設置している謎の機械のせいで自宅の室温が2℃上がっていることが発覚したら、激高するだろう。(庭が日陰になるのも勿論嫌なことだが。)
で、この映画で描かれる隣人トラブルの恐ろしいところは、"事象"として観測されていることは多々あれど、観測できている"行動"が少なすぎる点である。にもかかわらず、当事者同士の圧倒的な主観だけでそれぞれの"事象"の原因を相手に押し付け、互いに憎悪を高め合っていく構図が出来上がってしまうのだ。全く他人事ではなく、自分も当事者となれば同じように敵視してしまう可能性は大いにあり得るだろうなと感じて、そのリアルさに気味の悪さを覚えた。
更には男女関係に関しても同様なことが言えるかもしれない。本作で起こる出来事は間違いなく夫に非があるが、当事者である妻に客観的な解決ができるはずもなく、やや強引なやり方で問題に対処しようとするのだ。
そうして各登場人物の間で、各々の主観によって膨れ上がる人物像とそれに伴って出来上がる実体の無い諍い。フィクションではなく人間関係の本質を突いているような気がして、耳が痛い思いをした。
所々で視覚的に気分を害するシーンもあるが、どちらかというと現実世界で同じような現象が起こり得そうな生々しさこそが、この映画を観た後の具合の悪さの正体だと思う。
『マザー! / Mother!』
無礼度 :★★★★★
可哀想度 :★★★★★
聖書の知識が必要度:★★★☆☆
三作品目も"自宅"繋がりでこの作品。監督はダーレン・アロノフスキー。彼を知っている人なら、作品を紹介するまでもなく精神状態を侵すタイプの作品だと分かるはず。おそらくもっとも有名な作品は『ブラック・スワン / Black Swan』だろうか。その作風の例に漏れずこちらも具合を害する映画だ。
まず何よりも無礼、失礼。人の家にずけずけと上がり込んでくる輩が次々と現れる。家主の妻目線では当然知らない人だらけなので決して気分は良くないが、夫は人助けだと言って分かってくれない。仮に自分の身に起きたら発狂するだろう。『ビバリウム』や『隣の影』と同じく、本来ゆっくりと安らげるはずのパーソナルスペースが侵されていく感覚は、これほどまでに不快で人の神経を逆撫でするものなのかと実感する。
この映画はほぼあらすじに書いてある内容で説明がついてしまう。妻であり後に母になる女性がただただ困惑する話なのだ。観ていると主演のジェニファー・ローレンスがとにかく可哀想に思えてくる。
この"可哀想"と思う気持ちが実は肝で、それはただ単に一人の人間を哀れに思う気持ちではなかったのだと、鑑賞後に解説記事を見てようやく気付く。それは、一人の人間ではなくもっと大きな枠組みで何かが汚されていくことを暗喩している、そうすると自宅への来訪者は何の暗喩なのか?そうした構造に気付くと、自分が観ていた醜さの見え方が変わってきて、より深い意味で気分が悪くなってくるのだ。
とはいえ、そうしたメタファーの対象に関する知識は後から調べてなるほどと思う程度でも十分に楽しめた。もちろん事前知識があれば数倍楽しめるであろうことは想像がつくが、たとえ事前知識がない状態で鑑賞しても映画作品としては成り立っていると個人的には思う。場合によっては意味が分からないという感想を持つ方もいると思うが、無礼の極みを味わいたい方にはぜひおすすめしたい。
近々ホームパーティーを計画している方は、予行演習にでもどうぞ。
『レクイエム・フォー・ドリーム / Requiem for a Dream』
不健康度 :★★★★★
サブリミナル度 :★★★★★
もう一度観たい度:★☆☆☆☆
こちらもダーレン・アロノフスキー監督作品。具合が悪くなるというテーマで挙げている作品リストなので当然だが、特に二度と見たくない作品だ。彼がいかに人の精神の急所を突く天才であるかを痛感する。
薬物中毒をテーマにした不健康極まりない映画。危険な意味でのドラッグは自分の人生に一切縁のないものだと思うが、例えばアルコールに置き換えたらもしかしたらこのような中毒を起こす可能性もゼロではないと少し怖くなる。ただどちらかと言うと、これを見たら薬物なんて絶対に手を出さないという意思が強まる、啓蒙的な作品としても使えるような気がした。
特に薬物の使用シーンが印象的で、リズミカルな効果音と色彩豊かなエフェクトと共に劇中で何度も描かれる。これが視覚にも聴覚にも気味悪く後味を残すのだ。体内に危険な薬物を取り入れることの簡単さと即効性の快楽、それに反して段々と失われる何かとそれを取り戻すことの困難さ、この対比こそがドラッグをテーマにした映画の鉄板とも言える構造であり、本作でもストーリーの中心として据えられている。
また、薬物中毒とは異なるが、中毒者の息子を持つ母はテレビ中毒とも言えるほどにテレビ番組に熱中している。こちらはこちらで、母のお気に入りのテレビ番組で流れるキャストの宗教的なアジテーションとオーディエンスのけたたましい掛け声が、話が進むにつれて気分を害する要素となっていく。
改めて言うが、二度と観たくない映画だ。けれど、いつか怖いもの見たさでこの箱を再び開けてしまうような気もする。観たことのない方には、一度くらいこの映画で具合が悪くなってもらっても良い気がする。
『冷たい嘘 / The Lie』
リアル度 :★★★★★
雰囲気悪い度 :★★★★★
イライラ度 :★★★★★
若干雰囲気が変わって、AMAZON ORIGINALとしてPrime Videoでのみ配信中のこの作品。Amazonが発注して作った作品ではないのだが、本作は完成後に劇場公開されず、Amazonが放映権を獲得したという経緯がある。原作はドイツの『Wir Monster』という作品で本作はそのリメイクらしいが、原作を配信サービスで観る術が無く私自身も観たことが無いのでこちらを紹介。
もうこの作品は全てが最低最悪。設定と演技含めてとても完成度が高い故に、観ていて最悪の気分にさせられる。離婚した両親とその一人娘、夫婦の関係は断たれているが親子の関係は保っているという家庭に、あらすじ通りのとんでもない出来事が起こる。そこから連鎖する登場人物の行動、漂うリアルな雰囲気、暗い映像、何をとっても最悪。
娘が持病を抱えていることも相まって、身体的にも辛そうな描写の上に精神的なダメージが重なり、とても観ていられないと感じる。ただそんな哀れな娘の行動自体も見ていて嫌気がさしてくることが多く、観ている側としてはやり場のないフラストレーションだけが溜まっていくような感覚である。
国内外問わずレビューサイトでは評価が芳しくないが、それもイライラ感や気分を害する雰囲気に飲まれて低評価に至ったのだろう。しかし一本の映画でこれだけ人の感情を揺さぶることができるのだから、作品としては間違いなく良作だ。重い雰囲気を味わいたい方はぜひ。
余談だが、この作品のタイトルは原作の『Wir Monster (We Monsters)』から一時的に『Between the Earth and the Sky』に変わり、公開時には『The Lie』に、果ては邦題の『冷たい嘘』へと変遷している。『We Monsters』というタイトルの方が納得感がある上にセンスを感じるし、登場人物に対するフラストレーションをまとめて形容してくれているような気もする。『隣の影』然り、"味"を保つためにも映画のタイトルは原題に忠実であるべきかなと。
まとめ
紹介する作品数の少なさに反してわりと文字数が嵩んでしまったのでこの辺りで一区切り。
今回挙げた作品の3/5が"自宅"を侵される作品であった。残り2作品は不健康や病気が関連する作品。いや、不健康な人間を題材にしていたら観ている側も不健康な気分になることは至極当たり前か。けれど、例えばゾンビものは大好きだが、観ていて具合が悪くなることはあまりない。同じ不健康でも、何となく現実との境界をはっきり引くことのできない描写に具合の悪さを感じてしまうのだろうなと思った。更にはそこに、合理的でない人間の判断や、客観的に見て正したくなるような不条理さが重なると、具合の悪さに拍車がかかるのだろう。
"自宅"関連の方はけっこう面白い繋がりだと思った。やはりパーソナルスペースの侵害は、個人差こそあれど人間誰しも嫌なこととして捉えているのだろうなと。
ジャンル不問であれば具合の悪い映画作品はまだまだ挙げられそうだが、自宅をテーマにした作品は他にあったかな?見つかったら、今頭に浮かんでいる他の候補作品も交えて第二弾でも書こうかな。
ちなみに、今回紹介した作品の中で具合悪くなるレベルは意図せずして昇順に並んでいるので、一番具合が悪くなるのは最後に紹介した『冷たい嘘』。興味のある方はぜひ。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?