松下幸之助と『経営の技法』#302

12/13 心と形

~正確に心で考えたことならば、正確に形にあらわれてくるものである。~

「松下さん、あなたは今、今期は100億円の商いをすると言われたが、100億もできるんですか。こういう景気の悪い時に少し無責任ではないでしょうか」と言われたので、私は、「決して無責任ではございません。これは正確に言っておるんです。と申しますのは、そういうように販売する固い契約ができているんです。いわゆる社会の人々あるいは代理店、小売屋さんに対して、そういう契約を持っているんです。ですから、最も正確にそれを販売しなくてはならない。また最も正確にそれだけ製造しなくてはならない義務があるのです。これは今の私の心境であります。しかしこの契約は契約書によった契約ではありません。心の契約なんです。今、目に見えないお互いが全部契約を持っているんです。社会全部の人が個々に契約をもっている。その契約が心で見える人と見えない人がいる。問題はそこから起こってくるんです。私が100億円売れるというのは、その契約がよく見えるからなんです。契約があるから大丈夫、売れると思うし製造もできると思うのであります。だから間違いありません」と言うたのであります。
 正確に心で考えたことは、正確に形にあらわれてくると私は思うのです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主が投資する対象は、経営者です。そこで、経営者の資質が問われます。
 その観点から見ると、ここでの松下幸之助氏の言葉は、受け取り方を間違えると、何か詐欺師や調子の良い評論家のように、なにも客観的なことを示していないようにも見えます。
 けれども、市場や経営の見通しという観点から見た場合、契約など明確な形になっていない需要を見極めるだけの嗅覚がある、ということが示されている、と評価すべきでしょう。これは、単に客がいるはず、という言い方だけでなく、それだけの商品を準備する義務がある、という言い方からもうかがえることです。
 というのは、きっとこれまで、商品が余ってしまって困った場面だけでなく、商品が足りなくなってしまって困った場面もあったことがうかがえるからです。特に後者は、会社に対する期待を一気に下げてしまいます。商品やサービスによって程度は異なりますが、安定供給されることが会社の信頼であり、会社の能力を示すことだからです。
 そうすると、市場が必要とする量を供給しなければならないが、他方、在庫を抱えて会社を赤字にしてもいけない、というギリギリの線の上を綱渡りしてきたことになります。このような綱渡りを重ねることで、少なくとも自社製品の販売見通しの精度が高まってきたのでしょう。だからこそ、自社製品を必要とする人たちの需要が、目に見えるようにわかるのでしょう。
 長年、同じ工芸品を作り続けてきた職人が、指先で微細な違いを見分ける鋭敏な感覚を磨き上げてきたことと、どこか同じような凄みを感じます。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 経営の見通しは、特に会社が大きくなるほど、その重要性が高まります。会社経営もこれを前提に、予算をはじめ様々な計画が立てられます。
 そこで、経営の見通しを誰がどのように立てるべきなのかが問題になるのですが、現在では、ある程度の大きさの会社になると、社長1人の直感に頼ることも少ないように思われます。経営企画などの専門部署が設けられたリ、そうでなくても財務部門などが、毎年経営の見通しを立てる、という体制が多いようです。
 その際のポイントを、今日の言葉の中から探してみると、①代理店や小売店などの、取引先の需要見通し、②社会全体の、需要見通し、③これらのために製造しなければならない需要の下限、等が直接の言葉として出てきます。
 けれども、これらも社会経済の動きの影響を受けるでしょうから、④社会経済の見通しと、⑤それが上記①~③に与える影響も、考慮されているはずです。
 経営の見通しは、会社経営のために必要な、重要な指標です。この感度は、満足できるレベルなのか、どのように高めていくのか、常に意識して検証することが、会社経営上必要です。

3.おわりに
 目に見えない契約を、心で見えない人がいる、と松下幸之助氏は言います。外形上の数字だけでなく、取引先や顧客の反応をリアルに想像できることが重要であり、経営者にはその感性が必要です。科学的・統計的な手法だけでなく、実際の手応えや経験も、単に積み重ねるだけでなく、磨き上げていくことが重要なのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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