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松下幸之助と『経営の技法』#279

11/20 外国に行く資格のある人

~自分の国の長所と短所をよく知り、はっきりと語ることができる人でありたい。~

 「私どもの国日本はダメです。いいものは何一つありません。私ども日本人もまことに頼りない国民です。信用したらいけません」というようなことが、不用意にも口をついて出るというような心境であってはならない。そういうことでは、日本はやはり信頼される国にはならないだろうし、ひいてはそういうこと言っている本人も信頼されないだろう。私は、そういう人には、外国へ行ってほしくないと思う。いや、外国へ行く資格がないとさえ思うのである。
 外国へ行ったり、外国人と交際したりする前に、まず自分の国というものをよく知らなければならない。お互い日本人であれば、日本の長所と短所というものをちゃんと噛み分けて語れなければならない。長所についても遠慮なく話し、短所のほうも聞かれた時にははっきりと答える。そして結論としては、「日本人は世界に奉仕しています。私どもを友人にしてくださることはあなたのお得です。決してあなたのご迷惑になったり、名誉を傷つけるようなことはいたしません」というようなことを、信念をもって語れる人であってほしい。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.個人の問題
 普段はこの点を検討しませんが、議論を明確にするため、松下幸之助氏の言葉について、個人の心がけの問題としての意味を整理しておきましょう。
 特に古い世代には、自己アピールを潔しとしない人を多く見かけます。自国日本のことをアピールしない、という点では同じです。「言葉でなく実績で示す」という美学の影響が大きいようです。
 けれども、松下幸之助氏は自国日本のことをアピールすることも重要、と説いています。特に、外国人には、「言葉でなく実績で示す」という美学が通じないだけでなく、言葉で説明できないということは、自信や実績が無い証拠だ、と真逆に評価される危険すらあります。
 外国人と日本人の意識の違いがさまざまな形で議論され、それが広く浸透してきた現在では、説明するまでもないことですが、このような違いに対する認識が一般的でなかった当時には、せめて外国人との関係ではこのような意識が必要、ということを、積極的に発信していく必要があったのでしょう。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 会社の中で、従業員同士が日本の長所を自慢しあっても仕方ありませんが、あり得ることは、日本人としてのアイデンティティーを全従業員が共有することのメリットでしょうか。そのためのディスカッションなどに、そのような意味があるかもしれません。会社組織としてのアイデンティティーが確立することは、組織の一体性を高め、従業員のロイヤリティにも好影響を与えるからです。
 さらに、従業員が遠慮しあって、自己アピールをしないような会社ではなく、互いに自己アピールするような会社にする、という問題意識もあり得ます。特に、会社の同質性よりも多様性を重視する場合には、暗黙の了解もなかなか通じなくなりますから、黙っていても分かってもらえるはず、言葉よりも実績、などの消極的な関りではなく、積極的な交流が必要となります。
 実際、自己紹介や朝礼などの場で、自己アピールのスピーチをさせて、自己アピールへの羞恥心や抵抗を減らすように仕向けている会社もあります。
 いずれにしろ、社内でのコミュニケーションの在り方は、会社経営にとって重要な影響を与えることであり、経営の問題として真剣に取り組まなければなりません。

3.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、特にアメリカの経営者の自己アピールの熱心さは、市場の構造や国民性が影響しているのでしょうが、日本よりも顕著です。
 それは、株価が低迷して株主の反発を受けると、実際に株主総会で解任されてしまう、という怖さの裏返しでもあります。ある程度の大きさの会社になると、経営者は常に、全米のあちこちで開催される投資家説明会などに積極的に足を運び、株主に大きな影響を与えるアナリストや投資コンサルタントたちに、会社の業績や自分自身の手柄をアピールして回ります。人によっては、経営者として働いている時間のほとんどをそのようなIR活動などに費やしており、いつ会社経営しているのだろう、と心配になるほどです。
 日本では、経営者にも、言葉より実績で示す、という風潮が顕著でした。
 ところが、最近では会社同士の株式の持ち合いが崩れてきただけでなく、アクティビストと言われる株主や、さらに一般株主まで株主総会で積極的に発言し、株主提案の議案に賛成票を投じる株主も増えてきました。
 特に、悪質なアクティビストから会社経営を守るだけでなく、株主総会を活性化させて健全なガバナンスや会社経営が行われるためにも、経営者の自己アピールの重要性が高まっています。
 さらに、社会に対して会社をアピールすることの重要性も高まっています。商品やサービスという本業のアピールだけでなく、会社が社会の一員として受け入れられることの重要性が高まっており、社会貢献の実績を積極的にアピールしなければならなくなってきたのです。

4.おわりに
 自己アピールする奴は信頼できないのか、自己アピールできない奴は信頼できないのか、という切り口で見ると、両者は対立する概念となります。自己アピールする奴は、過剰な自己顕示欲や誇張を伴う奴であり、自己アピールできない奴は卑屈な奴、となるのでしょう。
 けれども、誠実さ・謙虚さと、卑屈さをごちゃ混ぜにするのではなく、他人に対して自然体で接しようと考えるのであれば、誠実さ・謙虚さと、自己アピールとは両立します。自分のことを相手に正しく理解してもらいたい、と思うのであれば、過剰でない自己アピールは、コミュニケーションにとって当然に必要になってくるはずです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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