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松下幸之助と『経営の技法』#215

9/17 年功序列と抜擢

~企業それぞれの実態や時々の状況に応じて抜擢を行っていくことで経営が躍動する。~

 年功序列制もそれなりにプラスの面があり、それを生かしていくことで、ある程度好ましい人の生かし方もできると考えられる。しかしそうはいうものの、やはりそれだけに終始していたのでは、いわゆる事なかれ主義に陥ってしまい、生き生きと躍動するような経営は生まれてきにくいのではないだろうか。だから、そこには適度に抜擢ということも行っていく必要があると思う。
 具体的にはそれをどのように行っていくかということは、それぞれの企業の実態なり、またその時々の状況によって一概にこうとはいえないと思うが、私自身についていえば、大体において年功序列70%、抜擢30%というような感じでやってきたといえよう。これが反対に年功序列30%、抜擢70%になると非常に面白いと思うのだが、そうするには、小学校の教育から抜本的に変えていかなくてはならないだろう。時代の要請からしても、だんだんそのようになっていくのではないかという感じがするが、それはやはりまだ先のことで、今日の日本の経営においては、年功序列を主体としつつ、そこに適度に抜擢を加味していくことが無理のない姿だと思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

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1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 長期雇用や年功序列の人事秩序と、抜擢人事(実力主義)のバランスの必要性は、松下幸之助氏自身が8/23の#190でも指摘しているところですが、ここでは、そのバランスとして、理想としては、年功序列30%、抜擢70%、(当時の)状況に合う現実的なものとしては、年功序列70%、抜擢30%、を示しています。
 時代の要請から理想に近づいてく、と予告しつつ、そのためには「小学校の教育から抜本的に変えていかなくてはならない」と説明しています。
 この「小学校の教育」の何が問題で、どこをどう変えていけば実力主義となるのかについて、松下幸之助氏は何も明らかにしていませんが、他の部分で説いてきたところを踏まえて、ここでの発言を分析してみましょう。
 確認する背景の1つ目は、理想とする人事制度です。つまり、実力主義部分を70%とする制度設計が「非常に面白い」と主張する背景です。
 この最大の理由は、松下幸之助氏が一貫して採用し、磨き上げてきた経営モデルにあります。すなわち、氏は従業員の自主性と多様性を重視し、どんどん権限移譲し、任せていくという経営モデルを、かなり早い時期から採用しました。これによれば、やはり任せられる人間に任せなければ、経営モデルが崩壊してしまいますので、実力主義の方がより適合的です。
 けれども、任された従業員がバラバラに活動していては、組織的な活動がなくなってしまい、組織の意味が無くなってしまいます。そのために、組織の求心力を高め、規律を徹底するなど、さまざまな対策を講じなければなりません(例えば、7/20の#156)。例えば、9/14の#212では、「お釈迦様」「キリスト様」「伝統の精神」「創業の精神」などの権威も、求心力を高めるツールです。
 このように考えると、会社に長く貢献している人が評価され、会社の伝統や伝説が継承されるようにすることは、求心力を維持するうえで非常に効果的なのです。
 確認する背景の2つ目は、両制度の性質の違いです。
 実力主義部分と、年功序列部分で、それぞれどのような能力を重視するのかについて、会社によって位置付けが異なりますが、松下幸之助氏は若手をリーダーとするツールとして実力主義部分を位置付けていますので、リーダーシップを発揮できる人間が評価されます。
 他方、年功序列部分では、それ以外の面が評価されることから、例えば腰を落ち着けて研究活動に長年取り組んできた者や、突出したリーダーシップよりも環境を整える調整型のリーダーなどが評価されるのでしょう。
 このように見ると、「生き生きと躍動するような経営」のためには、リーダーシップを発揮してくれるリーダーが70%、それをサポートする役割のリーダーが30%、というバランスをイメージしていることも、理解できるでしょう。
 そうすると、小学校教育のどこが問題なのでしょうか。
 1つ目は、自主性や多様性でしょう。
 松下幸之助氏の経営モデルが求める人材は、権限移譲されても期待に応えられる人材であり、そこでは自主性や多様性が重視されるからです。このことから考えると、小学校教育では自主性や多様性が育たないと思っているのではないでしょうか。
 2つ目は、リーダーシップでしょう。
 松下幸之助氏に限らず、若手を抜擢するのは、リーダーシップを期待するからです。このことから考えると、小学校教育ではリーダーシップが育たないと思っているのではないでしょうか。
 3つ目は、リスクを取れる度量でしょう。
 特に大きな企業の場合には、一般に、もともと安定志向の強い人が入社しており、安定的に長く会社に努めたいという希望が、出世を急がなくても我慢できてきた背景にありますが、そのような人を若いうちに引き立てると、まわりの期待やプレッシャーで不安になり、かえって潰れてしまうことが不安になります。ところが、ある程度リスクを取ってでもチャレンジしようという意欲のある人の場合には、若手のうちから抜擢されることをむしろチャンスと思うはずです。つまり、小学校教育ではリスクを取れない人が育つと思っているのではないでしょうか。
 このように見ると、具体的にどのような小学校教育が良いのかはともかく、上記3つのポイントを早い段階から教育する制度が、好ましい制度ということになります。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、投資する資本と会社を託す経営者に求める資質として参考になるポイントを、松下幸之助氏の言葉から読み取ると、会社が活躍してほしいと思う人材の具体的なイメージと、それを育てるための人事制度や経営モデルの在り方が、具体的・合理的に繋がっていて一貫しており、人事と経営を関連付けてマネージできる能力でしょう。
 欲しい人物像を言うことは、普通の経営者であれば当然言えることですが、そのための人事制度や経営モデルの在り方まで一貫して関連付けるとなると、簡単ではありません。松下幸之助氏自身も、模索しながらその具体的なイメージや人事制度、経営モデルを作り上げていったはずですので、直ちにそれが揃っていなければ経営者失格、ということでもないでしょうが、少なくともそこに向かってイメージを発展させていける能力が、経営者に求められる素養の1つのポイントになると思われるのです。

3.おわりに
 様々な場面で、松下幸之助氏は切り口鮮やかにポイントを指摘しますから、松下幸之助氏の経営手法はドラスティックで徹底的なもの、竹を割ったようにスッキリとわかりやすいもの、と思っていました。
 けれども、ここで特に顕著なとおり、松下幸之助氏の経営は、バランスを重視する繊細で微妙な経営です。従業員の自主性や多様性、活力と、組織の一体性や安定性、秩序のバランスを取ることが経営の重要な仕事であり、その繊細なバランス感覚が経営者に必要ですから、時代や経済状況、製品の種類などに応じて、規律を重視している場合と、逆に自由さを重視している場合もあったはずです。
 松下幸之助氏の言葉には、バランスを取るべき2つの事情がある場合に、その1つの事情について突っ込んで話をすることがよくありますので、その背後にある反対側の事情も考慮しながら読み込むようにしましょう。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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