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松下幸之助と『経営の技法』#277

11/18 衆知のカクテル

~世界中の知恵がうまく混合された知恵は、まことに偉大な働きをする。~

 偉人、賢人といわれる人は、まことに尊敬すべき偉大な才能を有しておられますが、それでもなお、その偉人1人の知恵才覚だけでワンマン的に経営されるのは絶対にいけないと思うのであります。1人の賢人、1人の偉人のみによって専制的に経営される国家というものは、ヒットラーやムッソリーニの国家のようになります。一時は発展しても、やがて崩壊するでありましょう。だから私は、いかんと思うのであります。
 しからばどの経営がいいか、最高の経営は何かというと、それは衆知による経営ということであります。全衆知に基づく経営ということであります。
 人間は神でもなければ動物でもない。人間は人間でありますが、しかし衆知に基づいた知恵才覚というものは、これは神のごとき働きをするのであります。今、全世界中の人の衆知がもしうまくカクテルされて、それが1つの知恵となって我々人間に下ってきたならば、それは神の知恵といってもよいかと思うのであります。ですから、中心に立つ人が、自己の知恵のみによらず、衆知をカクテルにしてこれを活用するならば、これはまことに偉大な働きをすると思うのであります。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 経営モデルとして見た場合、松下幸之助氏が示すモデルは、権限をどんどん従業員に委譲していくタイプのモデルにつながります。これに対比できるのは、ワンマン会社やベンチャー企業にみられるように、経営者のカリスマ性が会社の原動力となっているタイプのモデルです。後者では、従業員は経営者の命令を忠実に遂行することが求められています。大きな規模の会社にはなりませんが、組織の一体性や突破力はとても大きくなります。
 けれども、松下幸之助氏は、後者のモデルの発想を明確に否定しています。
 この点は、会社経営として全く許されないモデルである、という趣旨なのか、他のモデルを完全に否定しない、すなわち前者のモデルが「最高の経営」となるのは、全ての会社ではなく、特定の条件が備わった会社に限られる、という趣旨なのか、どちらと見るべきでしょうか。
 たしかに、従業員にどんどん権限移譲していくタイプの経営モデルを磨き上げ、巨大企業を築き上げた松下幸之助氏の経験に照らせば、この経営モデルの有効性は明白です。その意味で、松下電器よりもさらに巨大な「国家」の運営に関し、この経営モデルを応用しよう、という発想はとても理解できます。
 さらに言えば、組織論として見た場合、どんどん権限移譲するだけでなく、いわゆるボトムアップ型の意思決定のように、現場の知見をどんどん吸収していくことまで求めています。
 けれども、ヒットラー、ムッソリーニのような独裁型の国家について、これが良くないとしている理由は、「一時は発展しても、やがて崩壊する」点にあります。
 たしかに、国家であれば大変です。国民全体を不幸にしてしまう危険があるうえに、政権や政策はそんなに簡単に変えられないからです。
 しかし、例えば小さな会社は大きな会社と同じことをしていても、市場での競争に勝てませんから、何か「差別化」をして、競争に参加できるように存在感を高める必要があります。そのための方策として、ニッチな領域に会社の全経営資源を投入し、一致団結して突進するような経営戦略も、十分合理的です。そこでは、組織の一体性や突破力が重要となり、方針がブレたり、意思決定に時間がかかったりしないことがより重要です。そして、仮に会社が成長し、経営者のカリスマだけで立ち行かなくなった段階が来れば、経営モデルを変えて、その「崩壊」を回避すれば良いのです。
 このように見ると、従業員にどんどん権限移譲し、ボトムアップで下からの知見も纏め上げていく、という経営モデルは、国家の運営にも参考になる経営モデルである、ということがポイントであって、小さい会社が多様性よりも一体性を重視した経営をすることを否定するものではない、と評価すべきです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、やはり巨大企業を作り上げ、束ねていく経営者に求められる力量は、自分の意見を押し付けるのではなく、むしろ数多くの意見を吸い上げ、それを受け止め、さらにそれを活用していく、という懐の深さである、ということが改めて確認できました。
 多くの従業員がそれぞれの知識、経験、意見を言えるような社風や経営者の人柄でなければならない一方で、言いっぱなしのバラバラで終わらせるのではなく、纏め上げて方向性を作り出し、さらに全従業員をそれに従わせていく、という段取りの良さや統率力も必要です。単なる聞き上手や守備範囲の広さだけではないのです。
 株主として投資先を選ぶ(経営者を選ぶ)際には、このような経営者としての力量が、最も重要なポイントになります。

3.おわりに
 経営モデルとして、単に多くの意見を聞く、という点だけでなく、さらに統率力まで視野に入れた場合、ここでの文脈に照らして好ましい経営モデルは、「衆議独裁」と考えられます。
 ヒットラーやムッソリーニが引き合いに出され、「独裁」が否定されているようにも見えますが、意思決定の過程は「衆議」であり、ボトムアップですから、松下幸之助氏の言葉の射程から外れるものではありません。むしろ、それらを取りまとめて作り上げた経営戦略について、それを実施する段階で組織の一体性が損なわれてしまえば、組織の意味が無くなりますから、決定事項の執行の過程では、責任の所在を明確にするとともに、組織の一体性を重視する「独裁」という言葉が重要になってきます。
 つまり、意思決定の過程ではボトムアップであり、「衆議」。実行の過程ではトップダウンであり、「独裁」。
 限られた字数で、前者の部分にスポットを当てているため、会社経営の民主的な側面ばかりに目が行ってしまいますが、後者の部分も組織設計や運用にとって、とても重要であることを、理解しておいてください。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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