見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#276

11/17 知識にとらわれる人は弱い

~自分が持つ知識にとらわれると、できない理由ばかりを考えてしまいかねない。~

 自動車王といわれたヘンリー・フォードの言葉に、「いい技術者ほど、できないという理論を知っている」というのがあります。これはどういうことかというと、フォードは企業経営において、コンベア・システムをはじめ次から次へと新しいアイデアを生み出した人ですが、それを彼の工場で生かすため、技術者のところへ相談に行くと、「それは社長、無理ですよ、できません。理論上から考えても無理です」と言うことが多い。特にすぐれた技術の持ち主ほど、そうした傾向が強く、困ったものだと述懐しているのです。私は、このフォードの言葉について、これはこれで1つの真理を突いていると思います。
 というのは、わが国でもよく”インテリの弱さ”という言葉を聞きますし、私たちも実際に口にします。しかし考えてみますと、インテリの弱さというのはおかしな言葉です。十分に学業を修め、知識をもっている人が弱いはずはありません。また実際、世の中にある一定以上の知識がなければできないことのほうが多いと思うのです。にもかかわらず、なぜインテリが弱いといわれるのでしょうか。私はそれは結局、その人が、もっている知識にとらわれる場合にそうなるのだと思います。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 知識が邪魔をすることは、人間個人の問題としてもあることですが、組織でこのようなことが起こる理由を掘り下げてみましょう。
 まず、人間個人の問題として、知識が邪魔をする理由から見ましょう。
 まずは、知識の性質です。知識はどうしても、経験から導き出される部分が基礎となるからです。もちろん、将来の予測も学問や化学の重要な要素であって、分野によっては将来の予測が主目的であることもありますが、それでも、予測の基礎は過去の経験とその分析が中心です。そうすると、過去に例のない斬新なことについて、知識では判断できないことになります。先例があると安心するが、先例が無ければ不安になる、という心理は多くの人に共通するものです。例えば、遺伝的に女性は人の表情を見極め、記憶する能力が高いと言われることがあり、その理由として、子育ての際に子供の病気になった時の表情などを見極め、過去の症状などと比較して対策を考えるなど、家族のケアをすることが多かったから、と言われるように、経験の蓄積が判断の基本であり、逆に言うと、経験していないことを判断するのは生理的に難しいのです。
 次に、チャレンジの性質です。チャレンジは、メリットを取るためにリスクを取る、という決断です。ところが、脳には「ネガティブバイアス」があると言われます。どうしてもリスクの方を大きく見てしまい、実際よりも保守的にものを見てしまう、という傾向が統計的に確認されているそうです。しかも、知識が多くなると、失敗事例なども多く知ることになり、リスクの認識力が高くなりますので、よりネガティブバイアスが高くなりそうです。
 とりあえず人間個人の分析はこの程度にしておいて、組織に置き換えてみましょう。
 組織が直面するリスクや、組織が獲得しようとするメリットも、個人の知識と同様、過去の事例が中心となります。組織の中の従業員にも、過去の失敗例を言える人は沢山いるでしょうが、斬新なことについてそれが成功した状況を具体的に伝えられる人はより少ないはずです。
 また、ネガティブバイアスについても、同様です。例えば人事考課です。さまざまな会社が工夫をしているので、最近では「減点主義」も減ってきていますが、それでも、組織の中で失敗は目立つため、その責任を厳しく追及される反面、成功は皆が手柄を奪い合い、チャレンジしたことのメリットは分散して薄まってしまいます。そうなると、組織の中での影響を受けることによって、実態よりも、リスクの方が大きくなり、メリットの方が小さくなります。しかも、知識がある人ほど、リスクが見えますから、失敗した場合に組織の中でどのように評価されてしまうのか、危険がよりよく見えてしまいます。
 このように、知識は人間個人だけでなく、会社組織自体についても、リスクを取るチャレンジを妨げる方向に作用するのです。
 けれども、会社がリスクを取る、という観点から見た場合、このような知識こそ大いに活用されるべきです。つまり、リスクに対して消極的な反応をしがちな「知識人」達を、どのように活用するのか、という組織論です。
 まず、チェック機能を担わせる方法があります。これは、無理して消極的な反応を変えさせるのではなく、むしろそのような特性を自然に活用するものです。
 次に、あえてチャレンジする仕事を与え、チャレンジする責任者としてしまう方法です。随分と荒療治ですが、強制的に視点を変えさせることができるのは、組織の持つ人事権の力です。実際、製造部門に配属されていた時には、営業部門の販売力の弱さに怒りを覚えていた人が、営業部門に配属されると、製品の魅力の無さ、すなわち製造部門の開発能力の低さに怒りを覚えた、というような話はよく聞かれます。
 要は、「直感、難しいけど、やり遂げろと言うなら頑張って研究しましょう」という気持ちの切り替えをどのように促すのか、という人心掌握術の問題です。
 職場や業務の状況、本人の人柄によって、上記2つの他にも様々な活用方法が考えられるところですが、後者の活用方法のメリットも、十分理解しましょう。リスクを知っている人こそ、克服すべきポイントをよく知っており、リスクコントロールをより上手にやり遂げてくれる可能性が相対的に高くなるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、リスクを取れる会社にするために、知識があって自分の意見に反対を言う人間は鬱陶しいものです。
 このような、鬱陶しい従業員を、それでも活用しろと言うのが松下幸之助氏の説くところですが、経営者としてはこれと逆に、鬱陶しい従業員にさっさと見切りをつけ、自分の指示や命令を忠実に遂行する従業員だけを雇うタイプの経営者もいます。
 後者のタイプは、ワンマン会社やベンチャー企業など、経営者のカリスマ性が会社の原動力となっているような会社に多く見かけられるタイプで、このような経営手法自体が必ず悪いというわけではありません。経営者のキャパを超えた大きさに成長することができない、という限界や、従業員の処遇で労働法に抵触しかねない危険性が大きい、という問題はありますが、組織の一体性や突破力は強力です。
 株主としては、経営者にとって鬱陶しい従業員をどのように活用するタイプの経営者なのか、ということも、投資先(経営者の選定)の際に注目されるポイントになる、ということを理解しておきましょう。

3.おわりに
 知識にとらわれる、という言葉は、弁護士である私にとって、とても耳の痛い言葉です。新しいことへの取り組みに対し、リスクを取るためのサポートもできなければならない、という自分自身の役割りを再認識しました。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

労務トラブル表面


この記事が参加している募集

推薦図書

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?