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松下幸之助と『経営の技法』#282

11/23 人間をしっかりと把握する

~繁栄、平和、幸福をもたらす人間観を、主権者が持たなくてはならない。~

 それぞれに立場は違っても、人はみんな、繁栄、平和、幸福を望んできたと思います。そういう人間の願いは、この世の中に等しく共通に存在しているにもかかわらず、そのなすところ、その行うところ、そのあらわれた結果は、全く違っているのはなぜであろうか。こういう疑問が私なりに強く感じられたのです。そして、すべての人間の願いとは裏腹な不幸を生んでいるのは、人間が人間自身をしっかりと把握していないからではないか、というふうに感じたのです。
 性悪説と性善説の2つの人間観がある。この場合、そのどちらを取るかによって、あなたの人間観は変わってきましょう。性悪説をとる帝王なり主権者、あるいは政治家からは、やはりそういう政治が生まれ、性善説を抱く主権者のもとでは、それを前提とした政治が生まれるはずです。権力の地位にある者の人間観の違いによって、政治のやり方、経済の運営に違いが出てくる、と私は思ったのです。
 しかしまた一方では、性悪説も性善説も、どちらも正しいという人もある。人間の本性はもともと悪であるという説も正しく、善であるとする説も正しいという。本当にそうであろうか。これは研究してみなければわからない。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 松下幸之助氏は現実主義者です。自分が実際に見聞きしたこと、経験したことが、思考の出発点であり、思考の対象が会社であれ、社会であれ、国家であれ、世界であれ、この思考方法は同じです。
 ここでは、権力者が問題になっていますから、国家や世界のことが論じられていますが、権力者による権力行使の在り方についての話ですから、会社経営を通して自分自身が経験したことや、他の会社経営の状況を見聞きしたことが、話しの出発点になっているはずです。
 そうすると、浮かび上がってくるのが、松下幸之助氏の作り上げた経営モデルです。
 これは、従業員にどんどん権限移譲して、自分自身は口出しをしない、という経営モデルです。松下幸之助氏が病弱だったことから、創業当初の相当早い段階から、人に経営を任せる方法を取らざるを得ず、その中で他人に経営を任せつつ、会社全体の舵を取る、という手法を磨いてきました。
 この経営モデルでは、もちろん、権限移譲した従業員の暴走に対する歯止めも必要でしょうが、思い切って任せるからには、よほどの信頼と度胸が必要です。疑心暗鬼に凝り固まった性悪説では到底できる離れ業ではありません。ここで明言していませんが、松下幸之助氏は、ここで言う性善説にシンパシーを感じているはずです。
 さらに、人材の使い方にも、性善説と共通する発想が見えます。
 松下幸之助氏は、仮に能力が劣っていると思われる従業員でも、簡単に解雇せずにできるだけ使いこなし、活躍する機会を与え続けることが大事、という趣旨の発言を、折に触れて行っています。長い人生の中で、たまたまこの時点で、実力を出し切れない環境にあるだけかもしれない、等という発想です。
 このように、松下幸之助氏の現実主義者としての人柄と、実際に行ってきた会社経営の在り方を考慮すると、本音の部分では、国家や世界の権力の行使の際にも「性善説」が望ましい、と考えているように思われます。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者としての松下幸之助氏は、経済面に関して言うと熱心な市場崇拝者です。市場を通して、顧客とつながり、社会に貢献する。市場での競争に誠実に取り組むことで、社会や国家を反映させ、自分たちの力も上がる。適切な市場の競争をしない会社や、市場を破壊しようとする者に対しては、「公的な怒り」を抱く。この市場の原理は、さらに発展して(市場を否定する共産主義ではない)、全人類を幸せにする「繁栄主義」を生み出してくれるはずである。
 この「市場崇拝者」としての面も、どちらかというと「性善説」に近いでしょう。市場の監視をいくら強くし、例えば公正取引委員会や証券取引監視委員会のような機関をたくさん作ったとしても、「性悪説」によれば、いくらでも抜け道が見つけ出され、市場の機能を根本から破壊しようとする輩がたくさん出てくるでしょう。市場参加者によるフェアプレーが期待されるからこそ、市場が成り立つのですから、基本的には「性善説」です。
 このように、経済学的な、つまり経営者の関わる活動のうちの対外的な活動の面に関してみても、「性善説」の方が、親和性が高いのです。

3.おわりに
 けれども、さすがの松下幸之助氏も、国家や世界の権力に関する話になると、性善説でなければダメだ、などと明言していません。慎重に言葉を選び、権力の在り方に関するより深い研究を期待する趣旨の発言にとどめています。
 会社経営や経済市場に関する経験と造詣の深い松下幸之助氏から見ると、国家や世界の権力に関する領域には、まだ実態を把握しきれない問題が潜んでいると感じたのでしょう。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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