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松下幸之助と『経営の技法』#354

2/3 責任と生きがい

~責任を問われるところに生きがいがあり、人としての価値もある。~

 人は、もともと責任を問われるところに、人としての価値があるのだと思います。責任を問われることが大きければ大きいほど、それだけ価値が高い、ということがいえましょう。ですから、責任を問われるところに、生きがいもあろうというものです。責任に生きがいを感じる――これは非常に大事なことのように思われます。
 責任を背負い、そのことに生きがいを覚えないとしたら、年齢は20歳をどれだけ過ぎようと、一人前の人ではありません。そういう無責任な人たちがはびこっている社会は、健全であるとはいえません。今の日本を民主主義の世の中といいますが、もしそうした無責任な人を、無責任な状態のまま生かしておく社会であったら、民主主義は名だけのものにすぎないことになります。
 また、あなたがどういう適性に立ち、どの社会で仕事をしていこうとも、一歩一歩、誠実な歩みを続けられるならば、次第に地位も向上し、事業の発展も見られるでしょう。しかし、その基本となるものは責任の自覚ということです。これなくしては、あなたは人間として成り立たないといっても過言ではないでしょう。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者は投資先です。しっかりと儲けてもらわなければ困りますが、投資家も、経営者の資質を見極めなければなりません。
 この観点から見ると、今日の言葉は若い人に対する言葉ですが、経営者の資質としても責任感が必要、ということが言えそうです。
 この問題は、いわゆるステークホルダー論と言えます。すなわち、経営者は誰に対して責任を負うのか、という問題です。当然、ビジネスの相手・取引先に対し、取引上の責任を負いますが、それだけでなく、従業員やその家族に対しても責任を負います。また、経営者を雇った株主に対しても、当然責任を負います。さらに、地域や社会に対しても責任を負いますし、次の世代や将来に対しても責任を負う、と考えるでしょう。人々が責任を負うことが民主主義の基本、と言っているので、社会に対する責任も想定されているのです。
 このように、まともにステークホルダーを数え上げていくと、経営者は責任を負う相手だらけになってしまいます。経営者は責任を負うことが生きがい、と開き直るしかやってられない、という気持ちにもなるでしょう。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 会社は、社長のミッションを果たすツールですから、上記の責任を果たす組織でなければダメです。経営者一人の心構えではなく、組織的にそれを実践しなければなりません。
 このように見ると、最近盛んになっている会社の社会的責任に関する議論が当てはまることを理解できます。経営者の意識を形にするだけでなく、会社組織自体が自律的にステークホルダーに対して責任を果たせることが重要となるのです。

3.おわりに
 人間が年を重ね、様々な社会的なステージを踏んでいくこと、例えば、結婚すること、子供が生まれること、職場で部下ができること、によって責任を負う相手も増えていきます。人生哲学として話されているのは、そのような事情があってのことでしょうが、松下幸之助氏の人生哲学の裏には、経営者としての経験や知見があるはずで、それを学ぼう、という発想で検討しています。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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