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短編_2L入りの宇宙 2/4

 モーニングを半分ほど食べ進めたところで、龍が現れた。龍は改札口の真隣にある売店に目を遣りながら、こっちに向かって歩いてきた。夏生と目が合うと、龍は一瞬我に返ってから手を上げた。
「ちゃんと5時30分に起きたんだよ。気づいたら目が閉じてた」
「それを寝坊って言うんだよ」
「わりぃ」
 先に食べ終わった夏生は周りを見渡した。だんだんと増え始めた客は咲さんの前でオーダーを済ませると、席へ流れていった。スーツ姿の若い男はホットドックを頬張り、角の席に座った初老の女性は小さく畳んだ新聞を読んでいた。夏生はこの店が好きだった。誰もが眠い身体を起こして食事を胃に流し込み、それぞれの目的のためのタスクをこなしていた。常連じゃなくても、この店の人々の間には微かな連帯があった。夏生はコーヒーを口いっぱいに含んで一気に飲み下した。喉はぐっと熱くなった。
 
 龍は寝坊の理由を延々と話し続け、なかなか食べ終わらなかった。面倒になった夏生はタバコを吸いに外へ出た。高架下の喫煙所には日差しが差し込み、思いのほか風も抜けて気持ちが良かった。電子タバコを一口吸うと、瞼の上に残っていた眠気はじんわりとほどけて消えていった。
 気づくと、キャリーカーを引いたお婆さんが目の前を歩いていた。はじめのうち、その歩行はゆっくり過ぎてどこに向かっているのかわからなかった。夏生はお婆さんの歩行をじっと見つめた。するとようやく、バス停に向かっているのだとわかった。夏生はにたりと口元を緩ませて吸い殻を捨てた。
 散歩でもしてから戻りたい気分だった。夏生は喫煙所を出て、お婆さんとは反対の方向に向かって歩き始めた。すると閑散とした飲み屋街の路上に、一人立ち止まっている小太りの男が目に留まった。男は飲み屋のおもてに書かれたメニューを見ながらコンビニのパンをかじっていた。スーツこそ着ているものの、シャツの襟は上着からはみ出し、肩にかけたショルダーバッグは中身がパンパンに詰まって変形していた。夏生の口元はまたしても緩んだ。これほどすがすがしい、ナイスな朝はまたとなかった。
 
 夢中になって生きてみたかった。もはや自分の存在を忘れるくらい、労働に、運動に、食事に熱中してみたかった。だがそうしたすべてのことが、夏生にはなぜか物足りなかった。今目の前にある現実は、馬鹿でかい箱の中のほんの二三個でしかないような気がした。そんな時、夏生の脳裏にはしばしばあることが思い浮かぶのだった。
 夏生は自分が宇宙人なのではないかと思うことがあった。今でこそ人間に交じって上手くやっているけれども、本当は遠い惑星で生まれて、もっと別の現実を生きていたような気がした。
 もちろんそんなはずはなかった。夏生は両親が抱える生まれたばかりの自分の写真を見たことがあったし、龍と新太郎は物心ついた時から友達だった。それでも、宇宙人だと考えた方がしっくりくる瞬間が夏生にはあった。このどうしようもない不一致感を説明するには、それが最も適切な説明だった。

(続きはまた明日!)

#創作大賞2023

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