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10年後の「職員室」は!? ~ある教頭先生への架空インタビュー(中)~

【登場人物】
A教頭 首都圏の公立小学校に勤めている40代の教頭。
B記者 教育系月刊誌の記者。《『働き方改革』のその後》という特集記事のために、全国各地の学校関係者へ取材をしている。

退職した初任者

B記者 先ほど、年度途中で初任者が辞めたという話がありましたが、それは新卒の方ですか?
A教頭 新卒の男性です。3年生の担任をしていました。
B記者 1年目には担任を持たせずに、副担任からスタートして仕事に慣れさせるという自治体もあるようですが。
A教頭 うちでは無理ですね。なにしろ人手が足りない状況ですから。・・・退職するきっかけがあったのは、7月の上旬でした。その初任者のクラスで子ども同士のトラブルがあって、彼がそれぞれの子どもを指導したんですが、片方の児童の保護者から「うちの子どもが一方的に悪者扱いされた」という苦情があったんです。夜7時頃にご両親が学校に来ました。その初任者一人に任せるのではなく、学年主任と児童指導担当の教員も同席しましたが、終わったのは9時過ぎになっていました。はじめのうちは「トラブルへの対応の仕方が納得できない」という内容でしたが、そのうちに、授業の進め方が遅いとか、特定の子どもを贔屓しているとか、言葉遣いが教員らしくないとか、いろいろ言われたようです。本人は途中から少し不貞腐れた様子だったようで、学年主任たちがご両親をなだめていたらしいです。その翌日から本人は休みがちになって、夏休みが明けてからは全く出勤しなくなりました。結局、そのまま退職ということになったんです。
B記者 保護者との対応でつまずいてしまう初任者は多いようですね。
A教頭 たしかに、保護者からの理不尽な要求やクレームで、初任者がメンタルを病んでしまうという気の毒なケースもあります。ただ、今回の場合には本人にも問題があったと思います。実は、3月の中旬にその初任者が本校に着任すると決まった後、彼が教育実習をした学校の校長から、うちの校長に電話があったんですよ。「実習中にいろいろと問題があったから、気をつけて見ていったほうがいい。自信過剰なところがあって、周囲のアドバイスを素直に聞き入れないし、社会人としてのモラルやマナーの面でも心配だ」という内容だったそうです。まあ、今の3年生は子どもたちが比較的落ち着いているし、学年主任も「面倒見がいい」と定評があるベテランなので、この学年なら何とかなるだろうと考えていたんですが・・・。不安が的中してしまいました。
B記者 原因となった子ども同士のトラブルについては、その初任者の対応にも問題があったんでしょうか?
A教頭 事実確認が不十分なまま、憶測で決めつけて対応をしてしまったようです。もしも、事前に学年主任などに相談をしていれば、おそらく違った結果になっていたと思います。
B記者 夏休みが終わったら担任が来なかったとなると、いろいろと大変だったでしょうね。
A教頭 子どもたちにはそれなりに人気があったので、ショックを受けていた子もいました。結果的に辞める原因となってしまった児童とその保護者にしても、いい気持ちはしなかったと思います。それと、代わりの臨時任用の教員が見つからなかったので、教務主任が担任をすることになりました。クラスの子どもたちや保護者もそれで安心はしてくれましたが、教務主任を兼ねて担任をしているので大きな負担をかけてしまっています。あとは、校長がまだ保護者と対応をしていますね。
B記者 辞めるきっかけになった保護者とですか?
A教頭 いいえ、退職した初任者の保護者です。どうやら、本人は両親に対して「誰も自分を助けてくれなかった。職員室でいじめられていた」と言っているらしくて、それを信じた両親が教育委員会に抗議をしたんです。教育委員会が間に入って対応をしていますが、まだ納得をされていないようですね。最近の保護者対応には、「子どもの保護者への対応」と「教職員の保護者への対応」の2種類があるんですよ(苦笑)。

教員採用試験の倍率は・・・

B記者 そういう人でも教員採用試験に受かってしまう・・・。依然として、全国的に採用試験の倍率は上がっていないですね。
A教頭 10年ほど前に比べると、少子化の影響もあって採用数自体は減っていますが、志願者も減り続けていますからね。うちの自治体の場合だと、ここ数年、小学校の倍率は2倍前後です。中学・高校の倍率は、全体としては小学校よりも高いですが、美術科、技術科、家庭科などは2倍を切る年もあります。かつては、小学校で10倍以上、中学・高校だと教科によっては30倍を超えていたんですけどね。
B記者 少数精鋭、というわけにはいかないんでしょうね。
A教頭 教職大学院で一緒だった方の自治体では、小学校についてはほぼ全員が合格する年もあるようです。そうなると、「教員にならないほうがいい人」や「教員になってはいけない人」も合格してしまうことになるので、本当に厳しい状況だと言っていました。子どもたちにとっても、同僚になる教職員にとっても不幸なことだと思います。
B記者 課題がある当の本人は平気だけれど、周囲が疲弊してしまうという話はよく聞きます。結局、そうした課題がある人に重要な仕事を任せるわけにはいかないので、特定の「できる人」に仕事が集中してしまうことにもなります。・・・教員採用試験では、人物の見極めが重要になりますね。
A教頭 筆記試験のほかに個人面接、集団面接、模擬授業などで評価をするわけですが、大学によっては採用試験に向けて面接や模擬授業の対策を徹底的にやります。毎年、うちの校長は採用試験の面接員を務めていますが、ある大学では、面接中の応対の内容はもちろんのこと、椅子に腰かけるときの姿勢や笑顔のつくり方まで細かく指導するので、すぐに「〇〇大学の学生だな」とわかると言っていました。面接員の間では大学名をもじって「〇〇座り」と呼んでいるそうです(苦笑)。
B記者 それだけトレーニングをしていると、本当の姿はわかりにくいでしょうね・・・。まあ、大学にとって教員採用試験で合格実績を上げることは死活問題ですからね。
A教頭 面接員もどうにかして適性を見極めようと、事前に練習していないような掘り下げた質問をするそうですが、やりすぎると受験者から「圧迫面接だった」とSNSに書き込まれたりするので、本当にやりづらいと言っていました。・・・面接や模擬授業だけで人物について判断をするのは難しいので、教育実習のときの評価を採用試験の成績に加点することなども検討されたようですが、それはそれで公平性に問題があるということで、結局は立ち消えになったということです。
B記者 民間企業への就活の時期に合わせて、採用試験を大学3年から受験できるようにする動きもありますが、それについてはどうでしょうか?
A教頭 一長一短かもしれませんね。大学に入学した直後から、採用試験に向けた予備校のようになってしまう可能性もあると思います。・・・私が学生だったころに比べて、今の大学の教職課程は、学校での体験活動などが増えて実践的になった分、学生が忙しくなって、サークル活動やアルバイトなどにも支障が出ているという話を聞きます。でも、教員になってから子どもを引きつける面白い話や説得力のある話ができるかどうかって、学生時代にどんな経験をしたのかが大きいようにも思うんですよ。大学での勉強も大事でしょうが、学生時代だからこその、自由にできる時間、ゆとりも必要だと感じます。・・・ただ、こういう考え方はもう甘いのかもしれませんが。

教員という仕事を選んでもらうために

B記者 仮に採用試験で不合格になったとしても、これだけ人手が足りないと、本人が望めば臨時任用の教員として教壇に立つことになるわけですね。
A教頭 そのとおりです。でも、今の若い先生方のなかには、意欲や能力が高い人も大勢います。教育実習生やボランティアのなかにも、びっくりするくらい優秀な学生がいますね。
B記者 おそらく、子どものころから「教員の仕事はブラックだ」と聞かされてきた世代ですから、それでも教員を目指すということは、それなりの覚悟を持っているんでしょうね。
A教頭 おっしゃるとおりです。ICTの活用なども含めて、さっきも言ったように実践的に学んできているので、若い人のほうが中堅やベテランより進んでいる部分もあると思います。
B記者 それは頼もしい。
A教頭 そうですね。ただ、忙しさのためにそういう学生たちに対して十分に関わってあげられないのが心苦しいです。それと、優秀な教育実習生や学生ボランティアのなかには、結局、教員にはならない人もいます。プライベートや健康を犠牲にして仕事をしている教員の姿を実際に間近で見てしまうと、「自分には無理だ」と感じてしまうのかもしれません。先日も、職員室で「休み時間にトイレに行く余裕がなくて、それを繰り返していたら膀胱炎になってしまった」という話をしていた教員がいたんですが、それを聞いたボランティアの学生がショックを受けていました。働き方の実態について知れば知るほど、気持ちが萎えてしまうでしょうね。
B記者 本人が教員になることを希望していても、親から「やめておきなさい」と止められるケースも増えていると聞きます。
A教頭 教員のなかにも、「自分の子どもは絶対に教員にはしたくない」と考えている人が結構いますよ。・・・我が家には中学1年生の娘がいますが、小さいころは、妻がテストやプリントを家に持ち帰って採点している様子を見て、「まるつけ、たのしそう。せんせいになる」なんて言っていたんですよ。でも、小学校の高学年になると「忙しそうだからイヤだ」と言うようになりましたね(苦笑)。
B記者 先日、ある高校の進路指導の先生が、「昔は、教育に関わる仕事といえば、何といっても教員だったが、今は塾や予備校の講師、教育系の出版社や教材会社、教育関連のNPOをはじめとして選択肢がたくさんある。教員はそういう仕事のなかの一つに過ぎない」と言っていたのが印象に残っています。
A教頭 IT系で教育関連のアプリやシステムを開発する企業も多いですし、それこそ教育系のユーチューバーという仕事だってある(笑)。そういった仕事と比較をして、教員という仕事を選んでもらうためには、仕事の中身だけではなく、働き方そのものにも魅力がないとダメなんでしょうね。
B記者 最近の若い人たちには、それが大きな判断材料になるようです。逆に言うと、そこが改善されれば学生たちにとって魅力的な仕事になり、その保護者も応援をしてくれるようになる、と。
A教頭 そうでしょうね。・・・もしも私の両親が今の私の働き方を見たら、驚いて教育委員会に抗議をするかもしれませんね(苦笑)。

【つづく】

※この「架空インタビュー」は、立教大学 中原淳教授の下記のブログを参考にして作成しました。
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/13749


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