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10年後の「職員室」は!? ~ある教頭先生への架空インタビュー(上)~

※これは、今から10年後(2030年代前半)の「職員室」の状況を想定した架空のインタビューです。

【登場人物】
A教頭 首都圏の公立小学校に勤めている40代の教頭。
B記者 教育系月刊誌の記者。《『働き方改革』のその後》という特集記事のために、全国各地の学校関係者へ取材をしている。

30代でも教頭に

A教頭 ○○小学校教頭のAです。よろしくお願いします。
B記者 よろしくお願いします。まず初めに、教頭先生になるまでの経歴をお伺いします。
A教頭 私は地元の大学の教育学部を卒業して、すぐに小学校の教員になりました。1 校目の小学校に6年、2校目に8年、3校目に5年間勤めた後、昨年度からこの学校で教頭を務めています。
B記者 教育学部出身ということは、大学に入学する前から教員になろうと思っていらしたんですね。
A教頭 う~ん、漠然とそういう気持ちはありましたけれど・・・。大学受験のとき、家庭の経済的な事情もあって、親からは「自宅から通える国公立に行ってくれ」と言われていたので、正直に言えば教育学部だったら受かりやすいだろうということもありましたね。ただ、入学後に附属校や一般の学校の授業を参観したり、小学校でボランティアを体験したりするなかで、だんだんと教員になろうという思いが強くなっていったように思います。最終的には、教育実習でやりがいを感じたことが決め手になりました。
B記者 中学校や高校の教員になろうとは思いませんでしたか?
A教頭 もともとは中学校の社会科教員を養成するコースに入学したんですよ。でも、たまたま小学校の宿泊学習で引率のボランティアをすることになって、それがきっかけで「自分には小学校のほうが向いているのかも」と思うようになりました。それと、中学校の教員になった先輩たちからは、「土日も部活があって休めない」という話を聞かされていたので、実際のところは、それも小学校を選んだ理由の一つかもしれません。
B記者 いわゆる「ブラック部活動」ですか。最近はずいぶん改善されているとも聞きますが・・・。
A教頭 う~ん、学校や地域によって差があると思います。たしかに、技術面の指導などには外部の指導者が関わることが増えましたが、まだ教員が顧問をしているところも多いですね。それと、指導面は外部の人に任せていても、部員同士のトラブルや保護者からの苦情に対応するのは、やはり教員の仕事になっているようです。問題がこじれてから教員の耳に入ることが多くて、解決に時間がかかるケースも少なくないようですね。
B記者 そうですか。・・・ところで、先生は今、おいくつですか?
A教頭 44歳です。
B記者 お若いですね。
A教頭 教頭のなかでは若いほうだと思いますが、最近は30代の教頭も増えています。私たちより一回り上の世代では教員の採用数が少なかったということもあって、若くても教頭になる人が目立ってきていますね。
B記者 それでも若くして教頭になるのは、力があるからなんでしょうね。
A教頭 どうでしょうか・・・。うちの自治体では教頭昇任試験の倍率が2倍を切っていますからね。口が悪いベテラン校長のなかには、「最近の教頭昇任試験は、原付免許の試験よりも簡単だ」と言っている人もいるらしいですよ(笑)。
B記者 やはり、教頭職は激務だということで、敬遠されているんでしょうか?
A教頭 それはあるでしょうね。朝早くから夜遅くまで学校にいなければならないし、土日も地域の行事などで休めないことが多いです。教員時代とは違ったストレスも感じますね。校務の情報化やサポートスタッフの導入などで、かつての教頭よりは楽になっていると言われることもありますが、あまり実感はないですね。

教職大学院から戻ったら・・・

B記者 それほど大変な教頭になってみようと思った理由は、いったい何なのでしょうか?
A教頭 3年前、当時の上司だった校長の勧めもあって、教職大学院で研修をする制度に応募をしたことがきっかけかもしれないですね。
B記者 それは、教育委員会の研修制度ですか?
A教頭 そうです。1年目は学校を休んで教職大学院に通い、2年目は仕事をしながら実践レポートを書いたり、土曜日にオンラインでゼミに参加したりしました。
B記者 1年目に仕事を離れることに対して不安はありませんでしたか?
A教頭 校内で教務主任をやっていたので、職場の仲間に申し訳ないという気持ちはありましたね。ただ、当時の校長は「学校のことは心配しなくていいから」と送り出してくれました。自分自身も、ちょうど仕事に行き詰まりを感じていた時期だったので、母校でもある大学の教職大学院に通って学び直すことには魅力を感じていました。
B記者 そうですか。そして、教職大学院での経験を生かすために教頭になろうと・・・。
A教頭 それが違うんですよ。教職大学院から戻った翌年、学んだことを業務に生かそうと、新しい取組を始めようとしていた矢先に校長室に呼ばれまして、いきなり「教頭昇任試験を受けてみないか」と言われました。
B記者 おやおや。
A教頭 「教職大学院で学んだことを教頭として生かしてみたらどうだ」とも言われました。まだ40代になったばかりで、管理職になろうという気持ちはなかったので、内心、「だまされた」と思いました(苦笑)。
B記者 校長先生は、最初からそれが狙いだったのかもしれませんね。
A教頭 かもしれません(笑)。元々、その校長は教育委員会の人事畑にいた方なので、教頭試験の倍率が低いことを気にしていたんだと思います。その場で即答はしませんでしたが、次の週にもう一度呼ばれて、半分は冗談かもしれませんが、「教頭試験を受けるのと指導主事になるのと、どっちがいい?」と聞かれました。校長の顔は笑っていましたが、目は笑っていなかったですね(笑)。
B記者 それで観念をした(笑)。
A教頭 まあ、「誰かがやらなければ」ということもありますからね。私の妻は市内の小学校で教員をやっているんですが、教頭試験のことについて相談をしたら、最初は「早すぎる」と反対していましたが、最終的には「ほかの人がやるより、あなたがやったほうがいいかも」とは言ってくれました。まあ、我が子も小学校高学年になっていて、あまり手がかからなくなっていたこともありましたから。
B記者 今の教頭としての仕事に、教職大学院での学びは役立っていますか?
A教頭 そのまま現場で使えることは少ないですが、実践の理論的な背景を理解できたことは大きいと思います。それと、根拠を明確にして説明をすることの大切さだとか・・・。ただ、それ以上に大学院で多くの人と出会えたことは財産ですね。教職大学院には、私のような現職の教員以外にも、教育委員会の指導主事や、学部からストレートに進学してきた院生などが在籍していました。現職の教員が勤めている自治体も様々で、いろんな立場の人の思いや考え方に触れて、自分自身が変わったということは確実にありますね。当時の院生同士のつながりは、これからも大事にしていきたいと思います。
B記者 貴重な経験になったんですね。
A教頭 私の場合にはそうですね。ただ、教員自身が「教職大学院で学びたい」と思っていても、「今、抜けられると学校が回らなくなる」ということで管理職や同僚から止められて、諦めてしまうケースも結構あるようです。
B記者 それとは逆に、業務に疲れ果てた教員が「緊急避難」として入学してきたり、教職大学院が「学歴ロンダリング」のルートとして使われたりすることなどで、「最近は院生の質が下がった」と嘆いている関係者が多いですね。
A教頭 定員割れも深刻になっているらしいですね。
B記者 すでに定員を減らしたり、近隣の教職大学院同士が統合したりという動きが全国各地で出てきています。
A教頭 このままだと、かつての法科大学院のように淘汰されていくのかもしれませんね。

職員室はダイバーシティ

B記者 A先生が教員になった20年前と、今の職員室とを比べると、どんな違いがありますか?
A教頭 20年前の職員室にいたのは、大部分が教員でしたが、今は違いますね。外国語講師、学校司書、ICT支援員、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、職員室サポートなど、教員以外の職種の方が多く働いています。ほかにも、学生ボランティアや支援学級の補助指導員などがいます。こうした職員が働きやすい環境をつくったり、教員と連携しやすくしたりすることも、管理職の大事な仕事の一つになっています。常勤のスタッフばかりではないので、その日の給食が何食分必要になるのかを確認するだけでも一苦労です(笑)。
B記者 教員の構成や働き方も多様になっているんでしょうね。
A教頭 今、うちの学校は支援学級を含めて20クラスですが、そのうち6クラスで臨時任用の教員が担任をしています。内訳は、育休の代替が4名、病休の代わりが2名。それとは別に、初任者が年度途中で退職をしてしまったので、そのクラスでは今、教務主任が担任をしています。
B記者 初任者の方が退職されたんですね。そのあたりのことは、後ほど詳しく伺いたいと思います。
A教頭 ほかに再任用の教員が2名、担任をしています。一人は71歳、もう一人は60代後半です。
B記者 71歳ですか。体育の授業などは大変そうですね。
A教頭 ご本人は体力に自信があるようですが、逆に子どもたちや保護者が心配をしていますね(苦笑)。もっとも、隣の小学校では75歳の先生が担任をしていますよ。他に人がいないので、その学校の校長先生は「80歳までよろしく」と言っているようです。
B記者 「猫の手も借りたい」というかんじですね。
A教頭 と言うよりも、「猫が教員免許を持っているなら採用したい」という気持ちです(苦笑)。再任用だけでなく、短時間勤務やフレックス勤務をはじめとして、正規の教員の働き方も多様化しています。今の職員室は、まさにダイバーシティですね。

負のスパイラル

B記者 やはり、臨時任用の方を探すのは大変ですか?
A教頭 うちは運がよくて、年度当初の欠員はありませんでしたが、年度の途中に欠員を補充するのは本当に難しいです。教育委員会に連絡をしても、紹介できる人材が誰もいないと言われてしまいます。年々、状況は厳しくなっていますね。だから、さっき言ったように教務主任などが代わりに入らざるを得なくなる。そうなると、その人の負担が大きくなりすぎて病気で倒れてしまうという・・・。
B記者 負のスパイラルですね。
A教頭 そうですね。欠員が常態化し、職員全体が疲弊することは、子どもの学力低下や学校生活の「荒れ」に直結します。「大変だ」というレベルを通り越して、一つ間違えば学校が「スラム化」するリスクを抱えていると思いますよ。・・・実は今週、ある女性の教員から「妊娠しました」という報告を受けたんです。思わず「エ~!」と悲鳴を上げそうになりましたが、ぐっと飲み込んで「おめでとう」と言いました(笑)。
B記者 代わりになる臨時任用の方は見つかりそうですか?
A教頭 いろいろなルートを使って探してみますが、おそらく難しいでしょう。そうなると、今度は私が教頭をやりながら担任を務めることになるでしょうね。

【つづく】

※この「架空インタビュー」は、立教大学 中原淳教授の下記のブログを参考にして作成しました。
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/13749

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