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10年後の「職員室」は!? ~ある教頭先生への架空インタビュー(下)~

【登場人物】
A教頭 首都圏の公立小学校に勤めている40代の教頭。
B記者 教育系月刊誌の記者。《『働き方改革』のその後》という特集記事のために、全国各地の学校関係者へ取材をしている。

高校生も「教員離れ」

B記者 先ほど、高校の進路指導の先生から聞いた話を紹介しましたが、その先生が「以前は学区のトップ校や二番手校から教育学部へ進学する生徒がかなりいたが、最近は減っている。かわりに、あまり偏差値が高くない高校から教育学部を希望する生徒が多くなった」ということも言っていました。そういうことは感じますか?
A教頭 詳しいことはわかりませんが、近隣の学校の管理職が集まったときに、「基礎学力が低い若手が増えた」という話題が出たことがありました。
B記者 基礎学力というと具体的には?
A教頭 小学校だと、高学年の算数で応用問題になると解けるかどうかが怪しいとか、数行の文章を書くだけでも主語と述語がねじれていて、しかも誤字脱字だらけだとかですね。
B記者 保護者からも苦情がきそうですね。
A教頭 そうですね。もちろん、学生時代の成績がよくても、プライドばかり高くて問題がある人もいます。ただ、あまりにも基礎学力が足りないと「勘弁してくれ」と思いますよ。かつては教育学部に進学していたような高校生たちからも敬遠されているとすれば、高校生の段階から「教員離れ」が進んでいるのかもしれませんね。
B記者 今はどの業界も優秀な人材を確保するために必死です。業界が一丸となって高校生向けのセミナーを開催したりして、いわゆる「青田買い」が進んでいます。
A教頭 教員に関しても、教育委員会が地元の大学の教育学部と合同で高校生向けの説明会を開いているようですが、働き方がブラックなうえに残業代も出ないとなれば、「やりがい」だけをアピールしても民間企業には太刀打ちできないでしょうね・・・。「教員の働き方には問題がある」ということを世間に知ってもらうことは大事ですが、そのまま改善されないのであれば、「教員になるのは、やめたほうがいい」という、一種のネガティブ・キャンペーンになってしまいます。

必要なのは「ゆとり」

B記者 残業代といえば、給特法(注:教員には時間外手当がない代わりに、毎月、給料の4%を支給する仕組み)の改正は難しそうです。
A教頭 それは、もう諦めていますよ。初任の頃から残業代が支払われていれば、今ごろ家が1軒建っていたかもしれないとは思いますが(苦笑)。でも、たしかに金銭面も大事ですが、それ以上に必要なのは「ゆとり」だと思います。
B記者 連日の長時間労働に加えて、実質的には休憩時間もない・・・。
A教頭 そうですね。・・・私は読書が趣味だったんですが、教頭になってからはほとんど読まなくなりました。本を読む時間がないと言うよりも、本を開く気力が出ないというほうが正しいかもしれません・・・。今はまだ40代で体力があるから何とかやっていますが、10年後も同じような働き方ができるかといったら、ちょっと自信がないですね。
B記者 10年後には、校長先生になっているんじゃないですか?
A教頭 いや、どうでしょうか。今は、再任用の制度で65歳まで校長を続ける人が多いので、上が詰まっていますから(笑)。教頭を10年以上続けるうちに体調を崩して、休職や早期退職する人も増えています。教諭への降任を希望する人もいますね。
B記者 教頭が年度の途中で休んだり退職したりすると、教育委員会の指導主事が欠員を埋めることが多いので、教育委員会でも人手が足りなくなっているところがあるようです。
A教頭 そうですか。・・・それと、自分の体は平気だとしても、家族の問題もあります。うちの場合、子育ては一段落しましたが、いずれは親の介護の心配が出てきます。幸い、私の両親も妻の両親も、まだ70代で元気ですが、10年後にはどうなっているかわかりません。
B記者 介護の状況については、子育てに比べて周囲から見えにくいと言われます。
A教頭 たしかに、子育てのほうが周りからわかりやすいですね。うちの学校にも、放課後に1~2時間早く帰る短時間勤務の制度や、保育園に子どもを送ってから出勤するフレックスタイムの制度を利用している教員がいますが、学年や学校全体でカバーしながらやっています。
B記者 チームワークがいいんですね。
A教頭 うちの校長先生は、子育てや介護などの「訳あり」の教職員に対する理解があって、学校全体で支え合う雰囲気をつくってくれています。ただ、学校によってはベテランや独身の人から「不公平だ」という不満が出て、雰囲気が悪くなっているところもあるようです。
B記者 やはり、校長先生のリーダーシップが大きい、と。
A教頭 校長のリーダーシップもありますが、ベテランの教員の考え方も影響しますね。ベテランの男性で、育児を奥さんのワンオペに任せてきたような人は、子育て世代の本当の大変さを実感として理解することが難しい。逆に、子育ての時期を乗り越えてきた女性のなかには、「私ができたんだから、あなたたちも甘えないで」というタイプの人もいます。もちろん、ベテランが皆んなそうだというわけではありませんが。
B記者 目に浮かぶようです(苦笑)。職員のなかに「分断」が生まれてしまうのはマズいですね。
A教頭 中学校だと、部活の顧問を「やる・やらない」という分断もあるようです。もっとも、こういう分断があるのは学校だけではなくて、年々、世の中全体がギスギスしていっているような気がします。
B記者 やはり、気持ちのゆとりが大事なんですね。
A教頭 私は1987年生まれですが、「ゆとり世代」の1期生として心からそう思います(笑)。

コロナ禍が終息して・・・

B記者 ここまでお話を伺って、学校の「働き方改革」については、本格的な取組が始まってから10年以上が経っても、まだまだ不十分だと感じます。しかし、それが「教員不足」や「教員離れ」を招いていることもはっきりしていますから、一刻も早く改善する必要がありますね。
A教頭 「一刻も早く」と、ずいぶん前から言われているんですが・・・(苦笑)。でも、本当に危機的で、学校はぎりぎりのところで踏ん張っていると思いますよ。
B記者 もう言い尽くされたことかもしれませんが、「働き方改革」が思ったように進まない原因はどこにあるのでしょう。
A教頭 国や教育委員会の取組が不十分だということはありますが、学校関係者の間で「ゴール」が共有されていないことも原因の一つだと思います。
B記者 「ゴール」と言いますと?
A教頭 たとえば、先日、ある学校の校長先生が、「まだ削れる業務はあるはずだ。それを削って、その分を子どもと向き合う時間に充てましょう」と言っていたんですが、私は違和感を覚えました。だって、削った分を子どもと向き合う時間に充ててしまったら、働く総時間数は変わらないじゃないですか。そうではなくて、すでにプライベートや健康にまで支障が出ているんだから、働く総時間数そのものを減らす必要があるはずです。なのに、そういう「ゴール」が未だに共有できていないと思うんですよ。
B記者 しかし、「子どもと向き合う時間」というのは、とても耳に心地のいい言葉です。
A教頭 そうなんですよね。・・・そもそも、すぐに削れそうなことはとっくの昔に削っているので、今でも残っている仕事というのは、「やれるものならば、やったほうがいいこと」ばかりなんです。でも、「本当に必要なこと」と「やったほうがいいこと」を仕分けして、思い切って削るしかないんだと思います。
B記者 でも、それが難しい。
A教頭 ちょうど10年ぐらい前に、新型コロナウイルスが流行しましたよね。
B記者 ええ、大変な時期でした。
A教頭 今になって振り返ると、あの時期は学校を大きく変えるチャンスだったと思います。たとえば、あのときの運動会は、種目を少なくして午前中だけの開催にしていました。それでも、行事としてのねらいは達成できていたし、当日だけでなく、事前の練習や準備にかかる時間も、職員の負担も大幅に減っていました。運動会以外の行事や公開授業なども中止にしたり縮小したりしていましたが、それでも学校は十分に回っていたと思います。でも、コロナ禍が終息すると・・・。
B記者 大部分が元に戻ってしまったわけですね。
A教頭 「何かをやめると、教育活動の質が下がるのではないか」という不安は実際にあります。それと、「去年の先生はやってくれた」とか「ほかの学校ではやっている」という言葉に教員は弱い。直接言われなくても、そういう反応を予想して、やめたり変えたりすることに二の足を踏んでしまうんです。
B記者 「子どもと向き合う時間を」とか「子どものために」という、ある種の呪縛があるわけですね。
A教頭 身近なことで言えば、クラスの子どもたちが提出したプリントに、一枚ずつ赤ペンでコメントを書くと30分かかる。でも、スタンプを押すだけなら1分で終わります。そりゃあ、コメントを書いたほうがいいにきまっています。でも、そうした細かいことも含めて、「やったほうがいい」ことの積み重ねが長時間労働につながっているという気がします。
B記者 今までやってきた取組をやめようとすると、一部の教員から強行な反対にあうとも聞きます。
A教頭 その取組に「やりがい」を感じていた人たちは、それまでの自分が否定されたような気持ちになってしまうんですよね。
B記者 その一方で、そうした「やりがい」にも通じる仕事とは別に、児童虐待の防止や貧困対策、登下校の安全や地域防災、ネット・トラブルへの対応など、本来は行政や家庭・地域が担うような業務を学校が引き受けているという状況も、なかなか変わらないようです。
A教頭 他にやるところがなければ、どうしても「学校がやったほうがいい」になってしまうんですよ。子どもの命が関わるようなことについて学校が手を引くことは難しいし、地元の地域との関係性にも波風は立てたくない。教頭になってみて、そうした対応の難しさを痛感しますね。
B記者 ・・・教育の内容面について話を戻すと、特別支援教育や外国につながる子どもたちへの支援など、ニーズが増え続けている業務もありますね。小学校では教科担任制の一層の充実も求められています。それに伴って、教員の加配も行われているようですが・・・。
A教頭 人が増えても、それ以上に仕事の量も増えています。それに、加配があっても人が見つからず、欠員のままになっているケースもあります。これ以上、新しい仕事が増えていくのは本当に厳しいです。
B記者 それでも頑張ってしまうのは、やはり「すべては子どものため」だからですか?
A教頭 それが「やりがい」でもありますが、やはり限界もあります。それに、あまり大きな声では言えませんが、「子どものために」と叫んでいる人のなかには、明らかに「大人のため」「自分のため」しか考えていない人もいますよ(苦笑)。

日常的なオンライン授業も

B記者 ICTやオンライン授業の普及など、コロナ禍を契機にした大きな変化もあったと思います。
A教頭 ICTの普及で子どもの学び方は変わったかもしれませんが、働き方が改善されたかどうかは微妙ですね。データの管理や活用、機器のメンテナンスなどの仕事も増えました。ただ、教職員の研修や会議などは、コロナ禍をきっかけにオンラインで行われるものが増えたので、それはとてもよかったと思います。・・・そういえば、市内の中学校では、美術科、技術科、家庭科などでオンラインの合同授業をやるところが増えています。
B記者 もともとは、山間部とか離島などにある小規模校同士がやっていたものですよね。
A教頭 ええ。担当する教員が学校に1人しかいない教科については、臨時任用の登録者も少ないので、欠員が出ると補充できないことが多いですから、こういう取組が広がっています。ただ、学習評価をどうするかとか、時間割の組み方が難しいとか、課題はあるようですが。
B記者 今は、大学でも対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド型の授業が一般的です。先生方もオンライン授業への抵抗感は少なくなっているでしょうね。
A教頭 小学校でも欠員がこれ以上増えるようだと、学校のなかでオンライン授業をする必要が出てくるかもしれません。1組の授業を2組・3組へ配信するとか・・・。いや、いっそのこと、力がある教員の授業を自治体や国で配信することを検討したほうがいいかもしれないですね。米国の公立学校では、こういうスタイルが当たり前になっているようです。

諦めたらそこで・・・

B記者 中長期的には、長時間労働の是正によって教職の魅力を高めることで、教員志望者を増やすことが必要ですが、それと同時に短期的な教員の確保も極めて重要だということを改めて感じました。
A教頭 以前から言われていることですが、教員を一旦退職した人、教員免許は持っているが教壇に立ったことのないペーパーティーチャー、免許はないけれど教職に関心がある社会人などを、正規や臨時任用の教員として呼び込む必要があると思います。すでに、民間の人材派遣会社ではこうした人たちを発掘して、一部の自治体へ臨時任用の教員として派遣しています。・・・ただ、人件費を圧縮するために、意図的に臨時任用の教員を増やしている自治体もありますから、こうした動きの拡大には注意が必要ですね。
B記者 社会人に特別免許状や臨時免許状を出して教壇に立たせることについては、質保証の面での批判もあります。それに、こうした制度を利用しすぎると、「誰でも教員になれる」というマイナスのイメージを定着させることにもなってしまいます。
A教頭 一般の教職課程で教員免許を取得する人との公平性の問題もありますね。
B記者 介護の業界では、外国人を雇用することが一般的になっています。さすがに、教員に関してはそこまで・・・。
A教頭 どうでしょうか。言葉の壁さえ超えられれば、可能性はあるかもしれませんね。たとえば、留学生などに特別免許状を出すとか・・・。とにかく、やれそうなことは全部やるしかないと思いますよ。そうやって急場をしのぎながら、中長期的な取組も進めていく・・・。
B記者 たしかに、働き方が改善されなければ、せっかく迎え入れた人材も「やっぱり無理だ」ということになりかねません。・・・先ほどの話では、学校でもまだ削れそうなことがある、いや、削らなければいけないということでしたが、やはり学校だけでは難しいことも多いと思います。国や教育委員会に対して要望したいことはありますか?
A教頭 給特法や教員の定数の問題、学校の予算やサポートするスタッフを増やすことなどは、国や教育委員会に頑張ってもらいたいと思います。でも、それ以上に「学校の仕事はここまでで、ここからは家庭、地域、他の機関が担うことだ」ということを社会全体へ明確に示してもらいたいですね。これは、学校からは言いづらいことでもありますから。
B記者 「今までは学校がやっていたのに、どうして今さら」と感じる人たちもいるでしょうからね。逆に、こういう取組はやめたほうがいい、というものもありますか?
A教頭 タイムカードなどで教職員の勤務時間を記録したり管理したりすることは大切だと思いますが、その結果として超過勤務が多過ぎたからといって、それを教職員や管理職の評価に使う自治体があるようです。あれは絶対にやめたほうがいいと思います。隠蔽や改ざんを生むだけなんじゃないでしょうか。
B記者 なるほど。・・・今日はお休みのところをありがとうございました。
A教頭 こちらこそ。平日だとなかなか時間が取れませんが、休みの日にオンラインでの取材ということでしたので。それに、お世話になった○○先生を通しての依頼でもありましたから。
B記者 おかげで貴重なお話をたくさん伺うことができました。
A教頭 ただ、記事にするときは、くれぐれも私が言ったと特定されないようにしてくださいよ(笑)。
B記者 もちろんです。私もこの問題はライフワークだと思っています。解決することは簡単ではないかもしれませんが、それぞれの立場でこの問題と向き合っていくことが大切だと感じました。
A教頭 そうですね。「諦めたらそこで試合終了」ですね。

【おわり】

※10年後の未来が、このような姿にならないように、それぞれの立場で「教職員の長時間労働の是正」に取り組んでいきましょう!
※この「架空インタビュー」は、立教大学 中原淳教授の下記のブログを参考にして作成しました。
http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/13749

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