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【小説】あかねいろー第2部ー 37)不祥事−3−

 3つ目の、どうやって責任を取っていくのかということについては、一転して空気が重くなった。
「この話を持っていって、先生たちに考えてもらった方がいいんじゃないか」
という意見も出た。自分たちで起こした不祥事を、自分たちでその処罰を決めるというのは、なかなかに難しいものに思えた。欲を言えば、今日からでも練習をしたい。ガンガンしたい。その一方で、自分たちに対して、甘い責任の取り方では、受け入れてもらえないだろうという思いもあった。その匙加減みたいなもの、基準みたいなものが見当たらなかった。
「何日間か練習休むしかないんですよね・・・」
不祥事、謹慎、高校生、とかで調べてみると、記事になるようなものは「無期限」の謹慎で、その後、素行の改善などを見て短縮されているというケースが多かった。初めから期間の決まっているのは、大人の世界の不祥事の裁定ではしばしば見られた。3ヶ月間活動停止、とかだ。それらに比べて、僕たちのこのケースは、不祥事の事象としては、明らかにスケールが小さい。素行不良の生徒が2名、勝手に自爆したというもので、対外的に見れば、不祥事ですらないかもしれない。
 だからと言って、何もなしというわけにはいかない。それは、みんながよくわかっている。これは、みんなで「部活として責任を取ろう」ということに決めたことなのだ。
 
 部活としてみれば、できる限り、練習ができない日は少なくしたい。そのために、他のことを犠牲にしてもいいと思う。その理屈には、おそらく80名全員が賛同しているだろう。その雰囲気から出た案は、
「反省の気持ちを最大限表そう」
ということであり、その表し方は、いろいろ出たけれど、
「80名全員が坊主にしよう」
ということになった。
 
 一太がはじめにこれを言った時、正直、話の古臭さに失笑が漏れた。今更坊主。昭和かよ、と。でも、時間が経つにつれて、その言葉はちょっとづつ一人一人の心に、化学変化を起こし始める。
「坊主、悪くないんじゃない」
80人がある日いきなり坊主になってくる。野球部ではない。ラグビー部だ。そして、ツルツルの頭で気合いで農村をする。その汗臭い感じ、そのカッコ悪い感じ、その昭和な感じが、なぜか妙に気持ちをソワソワさせる。
 世間へのインパクトは最高のはずだ。
「練習は1週間の停止でお願いしよう」
これは誰が言ったのか。理屈はなかった。ここまでやるんだ、最後は、1つだけ、とにかく練習だけさせてほしいということは、全力でお願いしようということになった。
”全員で坊主に→活動停止は短くしてくれ、お願い!”
小道が黒板に書く。
「明日は学校ないじゃん。練習は3時からだ。午前中に、坊主にしてこれるか?」
一太の問いかけに、陽気な声が飛び交う。大丈夫っす、親にやってもらいます、などなど。
「どうせ練習はできないだろうけど、3時前にグラウンドにみんなでこよう。俺らはその前に先生たちに話に行く」

 7月2週目の水曜日は、思いの外の快晴になった。梅雨の分厚い雲はどこかへ吹き飛び、夏の合図のような強い日差しが、まさに照りつける。そう、西校舎の南側に集まった、80人の坊主頭に、まさに夏の太陽が照りつける。
 一太と小道が先生たちに話に行っている間、僕らは、青々とした坊主頭を80個、西校舎の前に並べて待っていた。その異様な姿を見に、遠巻きにたくさんの人だかりができてきた。彼らは、遠くの国から来た異形の劇団を見るかのような目で、遠巻きから恐る恐る僕らを見る。そして、皆、小さく失笑する。
「何かあったの?」
「また野球部と何かやったのかな?」
「気合い入れてるんじゃない」
などなど。いく人かの、部員と仲の良い子が話に来るけれど、とりあえず、理由については結論が出るまでは緘口令を敷いているので、話すことはできない。ニヤニヤとしながら「ちょっとまだ、あとで」などと中途半端にいうものだから、余計に憶測が広がる。
 刈たての坊主頭、普段はしない坊主頭は、さながらじゃがいもの陳列のようだった。折下の暑さで、そのツルツルの頭を汗がするりと落ちていき、普段は感じないような部分に汗がしたっていく。
 悲壮感は、まるでない。僕らにも、周りの群衆にも。僕らも、周りも、何かあれば吹き出してしまいそうな気持ちを堪えている。そして、使者の帰りを待っている。

 一太と小道が先生たちのところに行ったのが15時前。すでに15時半を過ぎてもまだ彼らは帰ってこない。その時間の長短が何を意味するのか、僕らはあれこれと憶測する。もちろん、どれも根拠のないことだけれども、憶測をし、深読みをする以外にやることはなかった。
「どうなるのかな」
どこかで誰かが漏らす。その気持ち、その祈り、その願いが80個、空の真ん中の方でかたまって、1つになって、中空へ飛び立っていく。当てのないその言葉の塊は、雨あがりの夏の日差しを受けて、とても美しい。やるせないほど美しい。

 15時45分ごろに、一太と小道、そして顧問の吉岡先生と、2年生の学年主任を始めとした先生方が4名、そろそろと中庭から歩いてくる。僕らは、その様子を認めると、誰に言われるともなく、全員が起立をし、姿勢を正す。80個の坊主頭は、午後の夏の日に照り付けられ、強くその日差しを反射させる。
「おいおい、眩しいな」
先生の誰かがいう。そして、5人の先生方は、中庭に立ち止まり、何やら笑いながら話をする。学年主任の先生が、一太の背中をバンバン叩いている。一太と小道、そして吉岡先生が頭を下げる。
 しばしすると、その後ろから校長先生がやってくる。学年主任の先生が、僕らの方を指差す。校長先生は軽く頷きながら、後ろに手をくみ、そしてゆっくりと僕らの方へ歩いてくる。その後ろを、歩兵隊がそぞろ歩きでついてくる。僕らは緊張で、一層背筋を伸ばす。
 
 校長先生は、西校舎の前、僕らの立っているところの正面に来て、ひとしきり僕らの坊主頭を眺める。
「これ、誰の発案なの?」
校長先生は、一太と小道を振り返って聞く。
「えーっと・・誰ということはないと思います。誰だっけかな、小道覚えている?」
小道は首を振る。意見はたくさん出た。でも、ほぼ一発で決まった。誰が出した意見かは、全く重要ではなかった。
「みんなで決めたの?」
「はい、昨日、部員全員で集まって決めました」
校長先生は大きく目を見開く。
「そういうの、いいね。やっぱ、学生は、そうあるべきだよ」
その言葉は、誰にしゃべっていたのか。下を見て、革靴の爪先でひび割れた地面をツンツンと叩きながら、少し間をおく。
「川村先生、いいじゃないですか。それで」
下を向いたまま学年主任の先生に言う。川村先生も頷く。
「鈴木くん、せっかくだからさ、みんなで写真撮ろう。こんな姿、こんな状況、2度とないだろ。僕だって、こんなの初めて見たよ。壮観だよ、壮観」
「さ、先生方も一緒に、みんなで写真撮りましょう。鈴木くん、誰かスマホあるんだろ、それで撮ってよ」
校長先生が何を言っているのか、何を意図しているのか、彼以外の全員が少し考える。そして、誰かが理解をして、ああ、というと、それが波を打つように伝わっていき、ああ、ああ、という声になり、
「じゃあ、西校舎をバックに、生徒は3列ぐらいで、先生方を前で」
と吉岡先生がいう。
「吉岡くん、ダメだよ。僕らは端っこでいいから。ラグビー部の子達、この軍団が真ん中だよ。僕たちは端っこでいいんだよ」
「あ、はい・・・」
全員がもそもそと動く。写真? 話はどうなった? 多分悪い感じじゃないだろう? 聞きたいこと、言いたいことをみんなが抱えながら、80人は3列で横広になり、その両脇に先生方が並び、1年生がスマホで写真を撮る。その様子を、いつの間にか数十人の生徒が取り巻いている。
 1枚撮って、先生方のスマホでもう1枚。
「おーい、せっかくだから、そっちのみんな、野球部のみんな、一緒に写真撮ろう」
校長先生が声をかける。
 もう、よく意味がわからなくなってきた。ノリのいい野球部の2年生が入ってきて、そこに柔道部だとか、サッカー部だとか、練習前の人たちも加わって、なんだか150人ぐらいが集まって写真を撮った。坊主頭のラグビー部と、元々坊主頭の野球部、そして色々な学生が混ざり合わさって写真を撮る。
「SNSにあげるんだろ、どうせ」
校長先生がいう。
「いいんですか?」
野球部の誰かが聞く。
「いいじゃないか。うちらしいよ。これが男子校でしょう」

 16時過ぎに、先生方や他の部活の子が去ってから、一太と小道の周りに僕らは集まる。そして彼らの話を待つ。悪い雰囲気ではない。校長先生まで出てきて、随分と和やかな雰囲気だった。でも、僕らは、どこか緊張は解けないでいた。きちんと話を聞くまでは。でも、どうなりました、とはなかなか言い出せない。みんなが、一太と小道の話を待つ。
 少しだけ、気の早い蝉の声が聞こえる。夏が近づいている。
 
「結果としては、俺らの希望通りになった。1週間だけ部活動も停止、あいつら二人も1週間だけ登校停止になった。それが月曜日からの扱いになったので、とりあえず、俺らの練習停止は日曜日までで、来週からは普通通りに活動できる」
「俺らの話とか、この坊主の件とか、どれくらい効果があったのかはわからない」
「実は、校長先生のところに、昨日の夜、谷杉が訪ねてきたらしい。そして、渾々とお願いをしていったらしい。校長先生曰く”私の指導の問題なんです。彼らの問題ではないです”ということを、何度もおっしゃっていた、ということだった」
谷杉が、上司とはいえども、誰かに頭を下げている。しかも、僕らのために、もう生徒でもない僕らのために、わざわざ夜も20時過ぎにやってきて、頭を下げている。その様子を頭に描いてみる。それが、どんなに重たいことか、どんなに大事なことか、3年生と2年生には、怖いくらいに心の奥底の方まで響いてくる。谷杉は、すでに、今の校長先生より年上だ。忸怩たる思いだったのか。それとも。
「校長先生から、谷杉から俺らへのメッセージを一言だけ伝えてもらった」
一太が言うその言葉に、もう一度緊張が走る。期待ではない、緊張感が。
「聞きたい?」
何をもったいぶるのか、この期に及んで。一太の悪戯っぽい言葉に少し腹が立つ。
「本当に聞きたい? 聞かない方が・・・」
「一太、早く言えって」
浅岡が言う。
「なんだよ、しょうがねえな・・」
一太はそこで呼吸をおき、みんなから一歩下がる。そして、大きく胸を反らして、在らん限りの空気を吸い込む。そして、次の瞬間、その空気を、全身の筋肉を使って80人の部員に向かって吐き出す。

「バカやろー」

あまりの怒声に、向こうの野球部員、テニスコートのテニス部員が立ち止まる。西校舎の壁にぶつかった声は、中央校舎に反射していく。
 その声は、僕らの腹の奥底に届き、そこにあった、形容できないけれども、確実に存在する物体にタッチし、その塊を一気にとかしていく。
 ああ、そうなんだ。そうなんだよ。バカやろうだよ、僕らは。わかってるんだ。
「と言うのが、谷杉からの一言だそうだ。死ぬほどでかい声で、全員に「バカやろうといえ」ということだ」
一太がハニカミながらいう。1年生はびっくりする。2、3年生は懐かしい感覚に浸る。
「明日から5日間は部活は休みだ。だけど、できることはある。この後、チームごとに分かれて、この5日間、何をすべきなのか、しっかり考えて、日ごとにやることを決めて、それをLINEでシェアしよう。グラウンドにいないこの5日こそ、大事な5日間だよ。真剣にやろう」
小道が引き締まった顔でいう。もう一度、80人の坊主頭が綺麗に頷く。

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