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南フランス傷心旅行 ❃ Traveling is Drugs for Adults

ひどい恋の終わりを経験した。

「9月の南フランスは、まだまだあたたかいわよ」と、天気の悪いイギリスで当時一緒に働いていたフランス人の同僚に煽られて決行することにした南フランスへの傷心一人旅。

“Traveling is drugs for adults”

旅行までのカウントダウンが1週間をきった頃、イギリスの友人宅で集まっていた際に、友人の母がそんなことを言っていた。

失恋については、友人母には詳しく話さなかったのだけど、旅行好きの彼女にニースへホリデーに行くことを話すと、南フランスを訪れた時の話を聞かせてくれた。

それは、幼い頃に母親が絵本の読み聞かせをしてくれるように優しくて、ホテルのバルコニーからまだ見たことのないニースを遠望しているような気持ちにさせてくれた。友人母は随分前に離婚し、ひとりでいろんな地へ足を運んでは旅を楽しんでいる様子だった。

旅に出る人には、みんな何かしらの理由があるのかもしれない。


空港から、コート・ダジュール行きのバスに乗った。
今回は「綺麗な海辺でなーんにもせず過ごすこと」が目的だったので、宿はビーチから徒歩3分ほどのロケーションで即決だった。

バスから降り、最初に目に飛び込んできた景色に思わず小さな声を漏らした。
わぁ、と言う声とともに、ほころぶ顔がなかなか元に戻らない。「見惚れる」ってこういうことなのか。

照りつける太陽、鮮やかなブルー。写真で見たたくさんのパラソル。
天候が悪く、灰色っぽいイギリスの景色とはまた違うヨーロッパの雰囲気が、キラキラしていて眩しい。

ランニングや犬の散歩、マリンスポーツ、スケボーを楽しむ人々のまったりとした空気が時空の波に乗って、すべてがスローモーションで再生されているかのような現実世界の界隈ではない光景だった。

宿に到着してから、少し散歩に出た。
イギリスでは見かけない、格子がある窓のデザインが可愛いパステルトーンのカラフルな建物が並ぶ。
乙女心をくすぐる艶々したパティスリーのケーキを眺めたり、ヴィンテージショップに立ち寄ったりしてはじめて降り立つニースの町をぶらぶらと歩いた。

ヨーロッパ旅行は初めてではなかったので、以前ベルギーに訪れた際に、ベルギー人の友人から「あなたヨーロッパはじめてじゃないから、あまり感動しないね?」とリアクションの薄さにがっかりされたことがあるのだけど、ニースの風情にはすっかり心を奪われた。



実はこの傷心旅行、ニース現地では、とある日本人の女性と再会をした。
彼女もまた大失恋をきっかけにヨーロッパを周遊していたらしく、当時私が働いていたイギリスのホテルに泊まりにきたお客様だった。
イギリスの後にフランスへ行くとのことで、タイミングが合えば落ち合おうとの話で盛り上がったのだ。

散歩の後、彼女に会いに行った。日中はずっとビーチでお互いにいろんな話をして、夜は観光客から逃れ、世話焼きの店主が営むローカルの人が多そうな、こじんまりとしたモロッカンレストランで食事をした。食事の後は、酒豪である彼女のためにワインボトルを求め、近場の酒屋でお酒を調達し、その足で私の宿に向かった。

彼女は昔から海外をよく旅しているようで、恋の話以外にも共通の話題を夜通し話した。2本の空になったワインボトルは、彼女がほぼひとりで終わらせた。
全く飲めない私とは対照的に、もしそこに樽があれば一晩で飲み干すのではなかろうかというほど、ケタケタ笑う海賊のように豪快で、気持ちの良い飲みっぷりだった。

そして、この旅行が終わったら何をするのかの予定を聞かせてくれた。
それは、恐らくまだパートナーと一緒だったら叶えられないような格好良い目標で、彼女はちゃんと前を向いていた。

当初、予定は未定だった彼女の傷心旅行は、恐らくその時点でもう終盤に向かっていたのだろう。彼女は翌日に早速別の街へ移動した。

その後私は、1週間ほどニースに滞在した。


目的通り、朝から夕方までずっとビーチで何もしなかった日もあれば、日帰りでエズへ出向きボタニカルガーデンに登ったりした日もあった。

ニースは観光地なのであえて外食せずに、地元民が利用するスーパーマーケットで、本場のチーズとそのまま食べても美味しいバケットを買い、部屋で食べたりもした。

美術館でモダンアートを見たり、ラベンダー味のジェラートを食べたり、マルシェで買い物をしたり、オリジナルの香水を作るワークショップにも参加し、予定以上に満喫した。


フランスへ発つ数日前に、旅行先にも持って行きたかった、彼の部屋に置いていた荷物を返してもらうため、大喧嘩をしてから数週間会っていなかった元恋人に会っていた。

どんな顔をして私に会えばいいのかわからないはずなのに、必死に平然を装って、興味もないくせに「元気?」と聞いてくる彼と、彼に会うのはこれが最後になるだろうと心づもりをしていた私。

かつては互いに惹かれあっていたはずなのに、今はもう私のプライベートについてはまったく話したくない気分だった。でも、私はもう前を向いて進んでいきたいのだという気持ちを示したかったのかもしれない。

「フランスに旅行に行ってくる」

彼がなんて言っていたかなんて覚えていないけど、当たり障りなく「楽しんでね」というようなことだった。

私にとって恋愛で1番辛いのはぶつかり合うこと自体ではなく、一緒に軌道修正するために乗らなきゃいけない同じ船上に、相手がいないことを知った時だと思う。

私は1人で船に乗り、波止場に彼を置いていく。

荷物を返却してもらい、寄り道せずにまっすぐに帰宅したが、数分後「今どこにいるの?」とテキストをよこしてきたのは彼のほうだった。もう、遅い。

“Traveling is drugs for adults”

直訳すると、「旅行は大人のための覚醒剤」。いかにも英国人らしい例えに痺れた。
平凡な日本人がこの例えの意味について考えると、一般的にはおそらく「中毒性がある」だとか「やめられない」とか「少し危険な娯楽」だったりするのかもしれない。

覚醒剤といえば、関連するワードに「トリップする」と言う描写がある。これもまた、不思議なことに「旅行」に因んでいる。なぜ「トリップ」と表現するのだろうかと語源に興味が沸き、何人かの友人らに聞いてみたものの、学問的かつ芸術的な解答は得られなかった。

もしかすると、「最初から旅先に答えが用意されてはいないことを前提として、何かを探しに行く」からじゃないかと思う。遠くへ行くことが目的というより、遠くから帰ってきて、また日常を新たな気持ちで過ごしていく強さを得ることが目的で、だから少しのバカンスが人生には必要なんだと。

「旅行」は「自分自身との対話」なのかもしれない。そんなふうに思った。


旅行中にビーチや街中で聴いていた曲、旅先の情景を彷彿とさせるチューンをプレイリストにしてみたので、良かったら聞いてみてください。

My very best vacation in Nice (クリックでSpotifyにとべます)


#nowplaying


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