おっさんの涙



  僕は彼の事を愛情も込めて「おっさん」と呼んだ。

「おっさん」と呼ぶと関西人である彼は

「誰がおっさんやねん!!」とコテコテの関西弁で返す。

ある日、おっさんが泣いていた。

泣くとは思っていなかった。

彼と僕は一回り以上歳の差があった。

人生経験が僕より上の人間が泣くとは思ってもみなかった。

彼は普段は航空会社の整備員として働いている。

大阪から単身赴任で来た矢先にコロナによる経営悪化。

僕が勤めている先に出向でやってきた。

僕がそこに入った時期とあまり変わりない。

初めて会った時、小さいおっさんだなと思った。

仲良くなれないタイプだなとも思った。

眼つきも悪いし、少しばかり人相も悪い。

だが、人当たりの良さと誰とでも分け隔てなく話す「おっさん」を見て

話さざるを得ないと思う自分がいた。

先ずは少し生い立ち等を話す、ある程度話した所で

「で、おっさんは?」と

ボケる段取りを企てていた。

案の定、おっさんは

「誰がおっさんやねん!!」と一語一句狂いないツッコミを

僕にぶつけてきた。

それから僕は、彼の事を事あるごとに「おっさん」と呼んだ。

おっさんと僕とは地元が近かった。

九州弁でやり取りをして仕様もなく笑う事もあった。

「なんばしよっとか?」「よそわしか」
「よかけん」「はやさーー」「そいぎんた」
「クラさるっぞ」「もうよかて」

幾度となく、職場復帰が見送られたおっさん。

コロナ禍、家族と離れて生活する中で
出向先で人一倍大らかに分け隔てなく接し
取り繕う、おっさっん。

僕も最近は様々な問題が発生し、相談に乗ってくれて
僕以上に怒りを露わにし憤りを隠せない彼。

そんな時でも、

「おっさん!!」

と言えば

「誰がおっさんやねん!!」

と返す、おっさん。

そんな彼が、出勤最終日に社交辞令の様な寄せ書きを前に
隠す事も無く涙し、泣きじゃくる。

別れに慣れてない大人も居るのだと思った。
いや、唯、涙脆いだけだとも思った。

そんな彼、おっさんが可愛いなと思った。

それは、昼休みの出来事。

僕は南海キャンディーズの山里亮太 著「天才はあきらめた」を
読んでいた。

山ちゃんが本気で芸人を辞めようと思っている時に
千鳥、大悟の単独ライブに山里を呼んで引き止めた話に
涙を流しかけていた所、

後ろがザワザワしておっさんが泣いていて、
泣きそうだった僕の涙は撤退。

振り返った瞬間、現実を目の当たりにし、僕もまた泣きそうになったが

グッと堪えこう言った。

この日のコロナ感染者は自粛期間以来の相当数以上。

「1月にはまたコロナ増えて仕事できなくなるからそしたら、また戻って来い、おっさん!」

ドラマの様な台詞を吐いてしまったと思いながら普段なら
恥ずかしくて仕方ないのだがいつも以上に間を取った彼は
小さい声で、

「誰がおっさんやねん、、、」

と返した。

僕は山里亮太 著「天才はあきらめた」を置いて事務所を後にした。

きっと彼とは長い付き合いになる。
そう感じた、昼休み。

人間の温かみを久しぶりに感じた。


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