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親愛なる子殺しへを読んで(感想文)

 ぼくは以前、ふたごやさんの処女作「いぬじにはゆるさない」について感想文をnoteに書きました。
 そのとき思ったのが、「この人が恋愛小説以外のものを書いたらどんな作品ができあるのだろう?」という期待でした。
 そして今回、衝撃的なタイトルとともに、ふたごやさんの最新作が届きました。これ以降の文章はネタバレも含みますので、できればふたごやさんの「親愛なる子殺しへ」のリンクを張りましたので、全文お読みになってから、ぼくの感想文を読んでいただければ幸いです。
 あ、ぼくの感想文は読んでいただかなくても、ふたごやさんの作品は読んでください。絶対に読む価値があります。

 ふたごやさんの作品には、大きな特徴があります。
 それは、複数の切り口が丁寧に言葉によって折り重なって、小説が構成されていくところです。
 主人公の現状、千里さんが起こした事件、事件が起きた時の主人公の気持ち、千里さんから自分が離れていった経緯、事件の真相、そして再び今の自分へ。
 重い内容ではありますが、どの文書もふたごやさんならではの、端的で、余分なものを削ぎ落とした表現で綴られているため、すっと頭の中に入ってきます。
 すっと入ってくる。ということは、読む側としては、その情景を脳内再生しやすく、感情移入もしやすいです。

 特に、後編に入ってからの主人公と千里さんの関係が崩れていくあたりは、これ以降の物語の展開のうえで欠かせない箇所であり、その文章の中には、複数の意味合いがしっかりと込められています。
 しかもそれが、クラスメイトを怒鳴って教室を飛び出してくる、というシンプルなシーンを描くことだけで、主人公が千里さんと距離を置くきっかけ、千里さんの生真面目な性格、その性格ゆえに孤立さえも選択してしまうことまで、凝縮され、読者側の脳にしっかりと刻んできます。

 夫の協力も得られず、障害を抱えた子どもを一人で育てる。そこでも千里さんは孤立を選んでいるように思えます。
そして、追い討ちをかけるように難病が彼女を襲います。
 それまで、選択的に孤立していた千里さんは、病によって今度は世界の側から孤立させられたように思ったのではないでしょうか。
 そんな中でも、母親として海斗くんとしっかり向き合います。それは、生真面目だからという理由ではなく、母親が母親たらんとする、母親という偶像のなかにいるから、、そんな気がするのです。
 『お母さんは何もしてくれんのに、何で僕ばっか』
 最も愛情を注いでいたはずの海斗くんのこの一言で、彼女は一線を超えてしまいます。
 唯一、自分と世界を繋いでいた糸がぷつりと切れた瞬間です。

 海斗くんを殺めてしまった後に、SNSやマスコミで彼女を批判する言葉は、やはり母親は優しい。母親は子どもを愛している。という、誰もが思う典型的な母親という偶像からはみ出してしまったものを叩いているのではないでしょうか。

 僕はこの小説を読んだ時に、鬼子母神のことを思い出しました。
 鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁ぎ先で多くの子供を産みました。
しかし残虐な性格で、村の幼児を捕まえて食べていたので、人々から恐れ憎まれました。
 お釈迦様は、その過ちから訶梨帝母を救うことを考え、その末の子を隠してしまいました。その時、訶梨帝母は半狂乱となって悲しみました。お釈迦様は、
「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。
 そこで訶梨帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。

 千里さんは自分の手で愛する息子を殺めてしまいました。その自責の念からでしょう。お葬式で半狂乱で悲しみます。それは、我が子を隠されてしまった鬼子母神のように。
鬼子母神はお釈迦様に救われましたが、千里さんには救いの手が差し伸べられこともなく、さらに世界から孤立してしまいました。

 主人公は問います。 
 自分と千里さんとの何が違うのだろうかと。

 このお話しには、鬼子母神を救ったお釈迦さまは出てきません。
 でも、金髪のお母さんとぽっちゃりの双子のお母さんが、主人公に声をかけめす。

 ギリギリに張り詰めた主人公の心の糸が、ほんの少し緩む一瞬です。

 主人公の苦しみ、痛みはまだまだ続いて行きます。人に痛みはわかってもらえなくても、小さな寄り添いが、張り詰めた糸が切れてしまうことを防ぐことができる。

 主人公は考え続けます。
 親愛なる子殺しのことを。

 できれば、この小説が、千里さんのもとにも届き、子殺しとなってしまった現代の鬼子母神が、少しでも救われることを祈らずにはいられません。

※鬼子母神の説明については、雑司ヶ谷鬼子母神堂のHPより一部抜粋させていただきました。


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