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親愛なる子殺しへ  中編


 『世間』という曖昧な定義の界隈で、数多くの母親に一方的に押される、『母親失格』の烙印。

 その烙印を押された者達の中でも、一番の頂点に君臨すると言うべきなのか、それとも最底辺に属すると言うべきなのか。とにかく、とりわけ究極の存在である、子殺しの母へ。

 私は知りたい。あなたと私、何が違って、どこまで同じなのか。

 だから、貴方について考え続ける事を、どうか許して下さい。

 それが私の贖罪になると、思わないわけでは無いけれど。


・・・・・


 自分のスマホから通話の着信音が鳴り響き、そして画面に保育園の名前が表示されている事を確認した瞬間、心がざわつかない母親なんて、果たしてこの世に存在するのだろうか。

 仕事に復帰してすぐの頃、私はとにかく保育園からの電話が怖かった。告げられる内容なんて、分かり切っている。「聖君がお熱を出したので、お迎えをお願いします」

 こんな事を言うと、自分の子どもが熱を出しているのに心配じゃ無いのか、酷い母親だと非難されるだろう。もちろん、聖が病気になれば心配だし、熱や痛みで苦しんでいる姿を見れば私も辛い。それから、きちんと聖の変化に気付いてくれた保育士さんへの感謝の気持ちだって。

 だけどそれと同時、「子どもが熱を……」と言った瞬間に目つきの変わる上司や、周囲から浴びせられる視線、普段から扱いにくい子どもである聖が病気のせいでいつもよりイヤイヤが酷くなってそれに昼夜問わず付き合わされる事への恐怖が上回る。

 私自身が気力に満ちていれば、何て事は無いのかもしれない。子育てのパートナーであるはずの夫は遠く、常に睡眠不足の脳みそと聖に引っ張られてしょちゅう腱鞘炎を起こす手首で、処方された薬を嫌がって泣いて暴れる息子の相手をしていると、こんな生活がいつまで続くのかと暗い気持ちに支配されるのだ。

 保育園で頻繁に病気をもらってくるのは、最初の半年から一年がピークだと聞く。それまで家庭という小さな世界しか知らなかった幼い体が集団に投げ込まれ、未知だったウイルスや菌に次々と触れる。けれど、子どもは強い。半年経つ頃には体が慣れ始め、そして季節が一巡した次の春には「そういえばこの子、最近熱を出してないな」とふと気付くのだと。確かに聖もそうで、うちの場合はそれと入れ替わるように登園しぶりが一層酷くなったという誤算はあるものの、感染症にのみ的を絞って言えば随分免疫がついたと思う。

 ただ、保育園からの着信に怯えてしまう気持ちは、未だ変わらない。例えば、今のように聖が目の前に居て、お迎え要望の電話では絶対に無いと頭では分かっていても、一瞬、反射的に脳と体がビクリと縮こまってしまうのだった。

「-----はい。」

 路地に座り込む聖の横顔を眺めている最中、突然鳴り出したスマホに驚かされつつも、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら『応答』をタッチした。そして、その一瞬の間に、では一体何の電話だろうかという疑問が湧き、朝の会が始まる時間を既に過ぎているのだという答えに自ら辿り着く。

 しまった! 今月の園からのおしらせにも、最近遅刻する際に連絡の無い人が多いので気を付けて下さいという注意事項が書かれていたばかりだ。それでなくとも、こういった時に連絡をくれるあの事務の先生は苦手なのに。いつも笑顔の保育士さん達とは対照的に、眉間に皺の寄った年配の女の人で、機械のようにしゃきりと背筋を伸ばし、笑顔なんて一度も見かけた事が無い、あの人。

「すみません! もう近くまで来ているのですが、うっかり電話を忘れていました!」

 慌ててまくし立てる私に、事務の先生はいつもの淡々とした口調で言った。

「そうですか。もしかして、また聖君が登園を嫌がっていますか? 大丈夫ですか?」

 大丈夫かどうかなんて、分からない。聞かないで。

 そんな胸中とは裏腹に、精一杯の虚勢を張って答える。

「はい、すみません。多分大丈夫です。ええ……あと少ししたら行けるかと……」

 聖がこのまますんなり登園なんて、してくれるわけがない。どうして他の子達は、あんなに楽しそうに園に向かって歩くのだろう。どうして他の母親達は、当然のように我が子の手を引いて進めるのだろう。どうして聖は違うのだろう。どうして私は違うのだろう。どうして。どうして。どうして。

 思わずしゃくりあげそうになった次の瞬間、電話口の向こうから発せられたのは意外な言葉だった。

「ああ、そうでは無くてーーーーーその、お母さん、大丈夫ですか? 登園しぶり、続くと辛いですよね。私の娘も昔同じような感じだったので……いえ、余計な話をしてすみません。では、担任にはお伝えしておきますので、お気を付けてお越しください」

 それから私は、朝の住宅街の道端で、とっくに通話が切れたスマホを耳にあてたまま、自分の意志とは無関係に次々と溢れてくる涙に身を任せた。けれどそれは、先ほどまで喉の奥に詰まっていた悲しみの涙では、決して無かった。

 みっともなく大泣きしている私の視界の端に、さっきからずっと立ち話をしていた二人組が、チラチラと遠巻きにこちらの様子を伺っているのが映った。確か、よく二人で一緒に居るのを見かける、年長組の保護者さん達だ。私と違ってママ友の多そうな、社交的な人達。

 大の大人が、それも子どもを連れてこんな所で泣くなんて、変な誤解をされるかもしれない。けれど、どう思われたっていい。今は聖の様に、他人の目なんか気にせずに、好きに泣こう。

 いつもと違う様子の私を、聖のビー玉のようにまん丸な瞳が、不思議そうに見上げていた。


・・・・・


 千里さんが自供したのは、私の実家からわずか徒歩三分、実家の馬淵家での事だった。

 事件後に実家に身を寄せていた千里さんのもとに、警察は連日訪れていた様子だった。被害者の母である千里さんへの捜査報告と、そして同時に被疑者である千里さん本人の事情聴取の為に。

 事件からちょうど一週間が経った土曜日の午前中、私の母がスーパーに買い物に出かけた帰り、行きは一台しか停まっていなかった馬淵家前のパトカーが、三台に増えていたのを目撃した。そしてその日の昼下がり、グレーのパーカーを目深に被り、女性警察官に連行されて警察署に入って行く千里さんの姿が報じられたのだ。


「育児に悩んでいたのかもしれないけど、何も殺す事は無いのに」

「この母親、鬼かよ!!」

「殺すくらいなら産むなよ」

「お前が死ねよ」

「近所の住民に取材を行ったところ、千里容疑者と海斗君は普段は非常に仲が良い様子だったそうですが、海斗君には手の付けられないやんちゃな一面があり」

「この夫婦、過去に別居をしていたらしいよ。離婚するつもりだったんじゃないか? それで、障害のある子を一人で育てる決意が出来ずに手にかけたんだろう」

「いや、他に男が居て、それが旦那にバレたから別居していたのかもしれない。だから子どもが邪魔だったんだろう」

「私の職場の人の親戚の子が、殺された子と同じ小学校でさ」

「聞いた」

「知ってる」

「らしいね」

「きっとそうだ」

「そうに違いない」

 ー----だから、これが真実だ。


 『悲劇の母親』が息子を手にかけたと自供したその衝撃はあまりに大きく、各種SNSやネット記事のコメント欄、ワイドショー、新聞や週刊誌と、千里さんの話題が尽きる事は無かった。そしてその騒動は、スマホやテレビ画面の向こう側だけで無く、千里さんの実家である馬淵家の周囲も同じだった。

「またしつこくマスコミが来とったよ。あんたも分かっとるやろうけど、カメラとか向けられても相手にせん方が良かよ。何言っても、意味が無かとやけん。ああいうのは最初からどんなコメントが欲しいか決まっとって、都合の良いところだけ切り取って放送されるったい」

 犬の散歩から帰ってきた母親が、愛犬のお皿に水を入れながら私に言った。この年代の主婦にしてはちょっと珍しいような、マスコミに対する冷静な視点に関心しつつ、今日もカメラや記者が近所をうろついているのかと、うんざりした。

 うちは住宅街の小高い坂の上にあり、馬淵家はその坂の添いに面している。どこに行くにも、馬淵家の前を通る事になるのだ。

 事件後、まだ千里さんが自供するまでの数日間、それでも被害者遺族という位置付けでチラホラとマスコミの不躾ぶしつけな来訪はあったようだ。けれど、その頃はあくまでも「お悔やみ申し上げます」といった態度だった事と、馬淵家側も孫の葬儀に警察の事情聴取にと忙しく、そこまで強引な取材が行われていた様子は無かった。

 しかし、千里さんが犯人であると分かったとたん、この小さな田舎町の住宅街にはあちこちに見慣れないバンが停まり、当の馬淵家前には人だかりが出来上がった。

 マスコミが一斉に馬淵家に押し寄せたのは、単に犯人が生まれ育った家であるというだけで無く、どうやら千里さん夫婦が一時期別居をしていた頃に海斗君を連れてここで暮らしていた事、そして、千里さんが自殺未遂を起こし自供したのがこの実家だったという事も大きかったらしい。「壮絶な出来事が起きた現場」を、カメラに収めたかったのだろう。

 マスコミの波は、近所の住民達が「車が出せない」「子どもが怯える」「うちの敷地に勝手に駐車される」と、被害をこまめに通報する事でかなり収まった。けれど、警察も二十四時間張り付いているわけでは無く、そして隙を見てインターフォンを押すのは、彼らマスコミだけでは無かった。

 馬淵家の前を通りかかる際は、マスコミ以外にも度々、まるで肝試しにでも来たかのようなたちの悪そうな男子高校生や、なぜか私を見かけたとたんに逃げ帰る様にそそくさと立ち去る中年女性、宗教の小冊子を小脇に抱えた胡散臭い数人組など、多種多様な人影を見かけた。

 そんな有象無象うぞうむぞうに油を注いだのは、逮捕からしばらくして発表された続報だった。

「県警の調べによりますと、千里容疑者は海斗君に約三千万円の保険金を掛けていた事が分かり、保険金目当ての計画的な犯行の可能性も視野に入れて捜査をする方針です」

 これには、今回の騒動にすっかり麻痺していた私も私の母も、さすがに驚愕した。

 私達はてっきり、真面目過ぎる千里さんが、障害を持つ子の育児に悩んで思い詰めた結果か、あるいはその子どもの将来を悲観しての犯行だとばかり思っていたからだ。

 まさかあの千里さんが、お金目当てに我が子を手にかけるなんて。昔っからおこずかい帖を付けていて、欲しいものが山ほどある筈の小学生の頃だって一切の無駄遣いもしなかったような、つまらない程に堅実なタイプなのに。

 いや、違う、逆なのかもしれない。お金にシビアだったからこそ、将来独り立ちできるかも分からない子どもに養育費がかかる事を苦にして、そしてどうせならとーーーーー。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 ふいに我が家のチャイムが鳴り、母親が忌々しそうにインターフォン画面を確認する。

「出たらいけんよ、またマスコミたい。うちにまで押しかけて来てから、本当にやずらしか」

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 ああ、うるさい。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 やめてよ、こっちは今職場が極端な人手不足で疲れてるのに。やっと入ってきた新人は、その歳でまだ実家に住んでるんですかなんて言いながらニヤニヤ笑うような子で、その上、彼とはこの週末も会えなくて、昨夜も通話で言い合いして。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 うるさい。うるさい。うるさい。

 千里さんのせいだ。千里さんが、あんな事件を起こすから。本当は、昔っから嫌いだった。実の姉でも無いくせにお姉さん面して、いつも自分は正しいのだと言わんばかりの態度で、いちいち私に注意してきて。

 なのに自分はどうなの? お金目当てに我が子を殺すなんて、人間として一番最低じゃないか。

 六歳なんて可愛い盛りで、きっと当たり前のように世界で一番母親の事が大好きという年頃だろうに、そんな相手から殺されるなんてどんな気持ちだっただろうか。あの子は一体、何のために産まれてきたのだろう。あまりに惨すぎる。

 その上その母親は、自分で殺しておきながらいけしゃしゃあと葬儀であんな芝居をして同情を誘って、子どもが「知らないおじちゃんに声をかけられた」と言っていたなんて証言まで用意して。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 ピンポーーーーーン……ピンポーーーーーン。

 私はチャイムの音を振り払うように階段を駆け上がり、二階の自室でベットに寝転がった。

 そして充電していたスマホを手に取り、すっかり見慣れたネットの掲示板を開き、千里さんに関する真偽不明で悪意に満ちた情報が飛び交うその場所に、自分のフラストレーションの全てをぶつけるように次から次に指を走らせた。

 ーーーーー何が腹立つかって、葬式での白々しい演技。

 ーーーーー発達障害って言っても、軽度だったんだろ? 世の中にはもっと重い障害の子どもを育てている親が沢山居るのに。

 ー----いや、障害があろうと無かろうと関係ないか、保険金目当てだったんだから。本当、女は怖いね。益々、結婚したくなくなった。

ーーーーー俺、犯人と同級生だけど、あいつ昔からヒステリックなところがあったよ。聞きたい?いや、聞いてくれ。今回の事件は本当に許せない。

 悪人の千里さんを否定すればするほど、自分が正しい人間であるような錯覚に陥った。けれど、それと同時にどこか後ろめたい気持ちもあって、書き込みの際は大抵男のふりをした。不思議な事にイライラはかえって増幅し、そしてそのはけ口を求めてまた指を走らせた。

 

 それからしばらくして私は、ずっと上手くいっていなかった恋人と別れ、以前から顔見知りだった今の夫とひょんな事から親しくなり、事件から一年後に同棲を始める形で実家を出た。新居は職場を挟んで反対側の都市部で、実家には平日に気軽に立ち寄る事は難しいものの、休日に帰ろうと思えばいつでも帰れる程度の距離だ。

 二、三か月毎に実家に顔を出す度、馬淵家の前を通った。もはやマスコミの姿を見かける事は無かったが、いつも雨戸が閉ざされ、私が幼い頃に千里さんと一緒に縄跳びをした綺麗な庭はあっと言う間に荒れ、塀には何やらペンキで雑に修正したような跡があった。母に聞くと、ご両親は今もずっと住んでいるらしいが、時々嫌がらせのような事を受けるので極力外に出ないようにしているらしい。

 数年後、妊娠の報告をする為に夫婦揃って実家に向かった時、車の助手席から見かけた馬淵家の庭に珍しく人影があった。真っ白い髪の、背中を丸めた瘦せ型のお婆さん。親戚の人だろうかと思いながらよく見てみると、それはまだ五十代の私の母親と同世代であるはずの、千里さんのお母さんだった。





 
後編に続く

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