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自分にとって大切なこと【ショートショート】


私のお腹の中には、赤ちゃんがいる。
妊娠四か月、もうすぐ安定期。

超高齢出産といわれる年齢に加えて、身長153cm体重69キロ。

私は病院の食堂で働いている。
鍋を運んだり、食材を運んだり
ずっと同じ姿勢で食器を洗ったりする。

年齢・体型・環境と、
出産するにはハイリスク三拍子。

赤ちゃんの父親は、
同じ病院に努めている食堂の主任。

彼とはまだ結婚していない。

一回りも年下ということ。
朗らかな人柄は、老若男女ともに人気もある。


仕事もできるし人望もある。
彼を狙っている女性は数多い。

これは半分自分に対しての自虐だけど(笑)
そんな彼の唯一の欠点は、女性の趣味が悪い事くらい。

なぜだか私は、昔からモテる人にモテた。

彼と付き合って6年。
私達の関係は周囲に秘密にしている。

妹にさえ、
彼氏がいる事を報告していない。

私は、6つ年下の妹を溺愛している。


実は、妹ができる前にも母は子供を妊娠していた。
私は大きなお腹の母親が誰かに取られたようで触ることすらしなかった。
母が流産してしまった時、自分のせいだと思った。

私が赤ちゃんに嫉妬したから、生まれてこないんだと子供心に思った。

また母親が妊娠して、膨らんでいくお腹を見たときは本当に嬉しかった。


毎日、私は母のお腹に向かって
覚えたての文字で絵本を読み聞かせたり。
下手なピアノで歌をうたって聞かせていた。

心待ちにして生まれた赤ちゃんは、
天使のように神々しく可愛かった。

妹は3歳にして、
愛らしく美しい声で歌をうたい。


自分が作った歌に合わせてピアノを弾き始めた。

天才だと思った。

誰もがうらやむ美貌も、才能を持つ妹は私の宝物。

妹は何も知らないが、
彼女が音楽の道に進むと、私は親以上に資金援助をした。

働いたほぼ全てを彼女の将来につぎ込んだ。
それでも妹が留学できないと分かったときは号泣した。

妹が結婚相手に浮気をされた時は、相手を殺してやろうかと思った。
破談になった後に出来たとわかった赤ちゃんを流産した時は、私が変わりに死にたかった。

彼女が私の夢だった。希望だった。

母親には
『ヨリコが母親みたいね』と、言われた事がある。

両親は早期退職して田舎へ移り住んだ。

自然と私と妹がここに残り、2人で住むことになった。

私の仕事は、朝は早いが残業もない。
終われば温めるだけの晩御飯と、健康によさそうなヨーグルトを買って帰る毎日。
夜はお風呂で、白湯を飲みながらyoutubeをみる。

私は密かに、妹をYouTuberにしようかと勉強している。

ただ一つだけ
心地良く快眠するために寝具にはこだわった。

3分で眠りにつくことが出来るベッドがあるだけのシンプルな部屋。

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決まった時間に起きて寝る。
規則正しい毎日。

妹の用事に合わせて、彼とデートする。

私の世界は、妹を中心にして回っている。

そんな私が妊娠してしまった。

彼には妊娠のことを、きちんと伝えたわけではなかった。

私より早く妊娠に気がついていた。

なのに
不意に見たこともないくらい、真剣な顔をして言ってくれた。


【 彼 】
来月には仕事を辞めるよ。後任も見つけたから大丈夫だ。
前にも言ったけど、今度の君の誕生日に店をオープンさせる。
君は君自身の身体と、生まれてくる子供の事だけ考えてくれればいい。
母親がひとりで僕を育てた大変さを知っているからね。
子供のことを、君ひとりに任せたりはしない。
色々重なってしまうけど、絶対上手くいく。
君と家族になることは、僕の人生にとって大切なことなんだ。
だから僕と結婚してください。

彼の母親は先日亡くなった。
身寄りのない彼だからこそ、家庭を持ちたいという気持ちがよく分かる。

こんな私を選んでくれたことは感謝しかない。

【彼】
君と眠ると、驚くくらい疲れが取れるんだ。
これから毎日一緒にいられるかと思うと幸せだよ。

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あれから3日
無記入のまま用紙はクローゼットの引き出しの中にしまってある。

私が何かに囚われていても、お腹の子供はすくすく育っている。

両親は妹の結婚の事は私に探ってくるけど、私自身に結婚の話が出ていることは夢にも思わないだろう。

子供が出来たと聞けば、腰を抜かしかねない。。。

両親を初めて驚かせる。
妹中心の世界から飛び出す。
彼と家族になる。
私が母になる。

私は今の職場で定年まで働いて、年金で細々と暮らし。
ぽっくり死んで、妹に最後を看取ってほしいと思っていた。

本当はいまさら、何かを変えるなんて怖い。。。

結婚、出産、新しい環境が怖い。

私はリビングで、ただ点けているだけのテレビ眺めながら、
10分以上放置されている、カップ麺を食べるか迷っていた。

【妹】
ねぇヨリコ。はたらくってなんだろう

と、不意に妹が聞いてきた。

私は、自分の妊娠には鈍感なのに。。。
最近、妹が悩んでいることは気が付いていた。

妹は歌も歌えず、
ピアノも引くことが出来ない今の現状に悩んでいる。

私は妹に、安易な考えで仕事を辞めるなと忠告するしかできない。

妹は私を名前で呼ぶ。

【 妹 】
ねぇヨリコ。一緒に寝てよ。

彼女は悩むと、私と一緒に寝たがるクセがある。
唯一、姉として頼られる瞬間だ。

でもどんなに悩んでいても一緒に寝るときは、あっという間に眠りにつく。

私と寝る人は、なぜだか誰でもすぐに寝てしまうんだけど。。。

今回は特に睡眠不足だったんだろう。。。
妹は布団に入ると、3分で寝てしまった。

妹は私と違って、変化を怖がったりはしない。
姉妹と言えども、私たちには全く似たところがなかった。

環境を変えたがる妹。
環境を変えたくない私。

あれから3時間たつ。。。
3分で眠れるはずの私の方が眠れていない。

妹が突如として、寝たまま両手を突出しピアノを弾くような真似をはじめた。

妹は、人形の夢と目覚めのメロディを口ずさんでいる。


不器用ながら覚えた、私が唯一弾ける曲。


妹が生まれる前も生まれた後も、私が子守唄のように弾いてあげていた曲。

妹は弾き終えたかと思ったら、ふらふら体を揺らしながらムクッと起き上がった。

そして、
寝ぼけているような顔で、ろれつの回らない口調で言った。

【妹】
ねぇヨリコ。
私の変わりに可愛い赤ちゃんを産んでよ。
私も協力するわ。
ヨリコが私にしてくれたように、絵本を読んだりピアノを弾いて寝かしつけてあげるの。

妹は流産した時に
子供を産める可能性が、ゼロに近くなってしまった。

病院の先生に宣告された帰り道にも、一度だけ言われたことがある。

【妹】
ねぇヨリコ。
私の変わりに可愛い赤ちゃんを産んでよ。
私も一生懸命育てるわ。
ヨリコが私にしてくれたように、絵本を読んだりピアノを弾いて寝かしつけてあげるの。

あの時と全く同じセリフだった。

不意に涙があふれた。

誰でもない、
お腹の子供は私の子供。
だけど、不安しかなかった。

【妹】
ねぇヨリコ。大丈夫よ。
ヨリコにとって大切なことは、私にとっても大切よ。

そう言って、
妹はまた、ふらふらと体を揺らしながら布団にもぐりこむ。


私は、寝息を立て始めた妹に向かって言った。

【私】
ありがとう・・・おやすみ。。。

彼や妹のために私が出来ること。

なによりも私を選んで、宿ってくれた赤ちゃんの為に。。。

私にしかできない、命を育むということ。

私は明日、
彼から渡された用紙を持って、きちんと妊娠の報告をしよう。


それが今、
自分にとって大切なことだから。


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※お題のための短編小説です。
『ねぇヨリコ。はたらくってなんだろう』は、ヨリコの妹目線の物語です。
ところどころ姉妹の見方が違うので楽しめると思います。
是非よんでください▼▼▼
https://note.com/11nami/n/n7c042ebd0776

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