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ねぇヨリコ。はたらくってなんだろう【ショートショート】


『ねぇヨリコ。はたらくってなんだろう』

私はリビングでテレビ見ながら、
カップ麺を食べようとしているヨリコに聞いてみた。

【ヨリコ】
割り箸を割ってカップラーメンを食べることだよ。
【 私 】
なにそれ。。。今からヨリコすることじゃない。


ヨリコは私の6つ年上の姉。
大きな病院の食堂に勤めている。


152cmで70kgのふくよかな顔は、笑うとエクボができる

彼女の作るものは、
なんでも美味しそうに見える。
まさに食堂のおばちゃんタイプ。

でも私は、
ヨリコが家で食事を作る姿をみたことがない。

私が作らない限り、
ヨリコはお湯をそそいだり、
温めて食べられるものしか口にしないだろう。

ヨリコが働く食堂の朝は早く、残業もない。
仕事が終わればスーパーに寄って晩ご飯と、ヨーグルトを買ってまっすぐ家に帰ってくる。

規則正しい毎日。


親が早期リタイアして田舎に引っ越していった頃から、ヨリコの生活パターンは変わらない。


すでに成人していた私たちは、
親に付いていくことはなく、当然かのように二人で暮らし初めた。

私たち姉妹は似ていない。
同じクラスに12年間なったとしても、朝の挨拶を交わす程度にしか話さないだろう。

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私は昼間
病院の医療事務をしており、
夜は北新地にあるお店で、弾き語りのバイトをしている。

姉妹で私だけ大学に行かせてもらった。

私は小さい頃から歌が大好きで、
小学校に上がる頃には、自分で作った歌に合わせてピアノを弾くことができた。


中学では何度もピアノで賞をとった。
高校では音大の推薦枠を貰うことができた。

大学に入る頃には
裕福な友人たちと変わらないレベルだったが、卒業する頃には歴然と差ができてしまった。


才能で挫折というよりも、
お金がないから才能を開花できない。
私はそっち組みだった。

でも
音楽に対する情熱は変わらなかったし
歌が好きで、魅せるピアノを弾くことはできた。


多額の奨学金を返さないといけないという理由で。
北新地で夜、弾き語りのバイトをする。

すでに返済し終わってはいるけど、
バイトを辞めようと思ったことはなかった。

でも今は流行りのせいでバイトに行けない。


私の肩書きは医療関係の事務員だ。
お酒を出すような場所の副業はできない。


おしゃれな名刺を配ることもなく。
色っぽい服を着ることもなく。
大好きな歌も思いっきり歌えず。
ピアノに触ることすらできない。


『ねぇヨリコ。はたらくってなんだろう』


私は再度、カップ麺を食べ終わったヨリコに聞いてみた。

【ヨリコ】
お風呂に入って、白湯をすすることだよ。
【 私 】
なにそれ。。。今からヨリコのすることじゃない。


ヨリコは、それには答えず風呂へ入る。

彼女の日課は
お気に入りの湯呑に白湯を入れ、
チビチビと飲みながら風呂でYouTubeを観ることだった。


親と離れて、姉妹で二人暮らし。
歳月ってあっという間だ。


私は
バイトのない日は、友人と音楽ライブにいったり。
中学や高校の友人と旅行へいったり。
友達は結婚したり子供が生まれたり。
離婚したり、たまに大病を患う人もいる。

誰かの生活スタイルが変わっても、私は何も変わらない。

楽しくやっている風でも、
実は自分には何もないんじゃないだろうかとさえ思えてくる。


そういえば、長いこと彼氏もいない。

私も。ヨリコも。


親も結婚のことは何も聞いてこない。

焦らないでいい環境は、将来。
年金を払う人数を減らしていく危険性がある。
そいういことに、
日本の偉い人たちは気が付いているのだろうか。。。


【ヨリコ】
布団に入ると3分で寝てしまうの。

お風呂から上がったヨリコが後ろから唐突に言ってくる。

【 私 】
あのベッドなら、誰でも3分で寝れるわね(笑)

ヨリコの部屋には寝具しかない。


西洋風のベッドに特注マットレス。
麻布のベッドシーツにオーダーメードの枕。

他の家具は一切なく、必要なものは全てクローゼットの中。


まさに寝るためだけの部屋。

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ヨリコは大きなバスタオルで髪の毛を拭きながら、
私に視線を向けることなく話し始めた。

【ヨリコ】
長年働いてきた食堂の主任も今度やめるって。
独立して自分のお店を開くんだって。
    
病院で看護師でも薬剤師でも、出来る人ほど辞めていくわ。

みんな自分と向き合う時間が増えているのよ。
自分の可能性に、世の中が応えてくれるかは謎だけどね。

私は転職して、新しい事を覚えるなんて嫌。
定年まで働くの。

その方が気楽よ。

仕事が終わるとスーパーへ寄って帰るだけ。

ヨーグルトを選ぶ楽しみ以外は、
何を作って食べようかという迷いもない。
お酒も飲めないから失敗することもない。

週末をどこかで過ごすより、
YouTubeという最高の暇つぶしを知っている。

そして、一日が終わると3分で眠るの。
なにかを考える暇もなく。


ヨリコはバスタオルから顔をのぞかせて、私を見て言った。

【ヨリコ】
『はたらくってなんだろう』って
考えて良いのは、
必死に働いている人だけよ。


彼女はいつも私を見抜いている。

歌えなくて、
ピアノが弾けないイライラを
仕事を辞めて環境を変えることで紛らわせようとしていること。

ヨリコは気がついていて
『安易な選択をするな』と助言している。

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【ヨリコ】
みんな何だかイライラしてるわ。
誰かが私に辛くあたってきても。
私は変わらずここにいる。

考えないという選択は
自分を楽にする方法のひとつよ。
【 私 】
考えてしまうわ。。。
【ヨリコ】
カラオケで歌でも歌ってきなさいよ。
なんならピアノYouTuberにでもなれば?
チャンネル登録するわよ。
【 私 】
高評価いれてくれる?
【ヨリコ】
コメントに
『夜、眠れません。彼氏募集中』って書き込んであげるわ
【 私 】
ねぇヨリコ。一緒に寝てよ。

おばさんと呼ばれる年齢の姉妹が、一緒に寝るなんておかしいかもしれないけど。


私が、
留学が出来ず音楽を辞めたくなった時。
結婚目前でパートナーが浮気した時。
赤ちゃんができて一人で産む決心をしたのに。。。流産してしまった時。
お気に入りのバンドのライブで流行りが発生した時。


自分のキャパを超えるくらいの、しんどい出来事があった時。
私はいつもヨリコに一緒に寝てもらっていた。

彼女と眠るのは心地よかった。

もし、
北新地に『添い寝クラブ』なんてものがあれば人気ナンバーワンになれるに違いない。

別に抱き合って寝るわけじゃない。

でも
ふくよかな彼女の身体から、α波が出ているんじゃないかと思えるくらい

朝、目が覚めたときにスッキリしている。

特注マットレスのダブルベッドだから、誰でも3分で寝れるわけではなく。


ヨリコが隣に寝ているというだけで、安心感で誰でも眠りにつくことができると思う。


ヨリコテラピーの効果は絶大だ。

眠れない私も、今夜はぐっすり眠れるだろう。


ヨリコの布団に潜り込み目をつぶる。
それは3分だったか、
もしかしたら30分だったかもしれない。


久しぶりに夢を見た。

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大きな音楽ホールで、私はピアノの伴奏者。
なぜかヨリコはテイルコートを着て指揮者をしている。

フルオーケストラと共に私たちは、
『お人形の夢と目覚め』を大音量で演奏していた。


真っ赤な衣装の私は、身体をゆらしながらピアノを弾く。
口を開けて歌っているようにも見える。
汗をかきながら一生懸命ピアノを弾く。
そんな激しい曲ではないはずなのに。


一年ほど弾けていないピアノを魂を込めて弾く。


メロディが佳境を超えると、
フルオーケストラのメンバーが、
一人また一人と消えていく。

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音楽ホールは影も形もなくなり、舞台は暗転。


指揮するヨリコと、
ピアノを弾く私だけになり。


ピアノが消え
ヨリコが消え

ついには、
私の手と口だけが、真っ暗の中で揺れている。

最後の和音を弾き終わると、
指さえも暗闇に吸い込まれていった。


落ちるってこういう事なのね。。。
無(ム)を感じながら。


布団に入ると3分で寝てしまうはずのヨリコの声が。。。

空(クウ)の中で聞こえたような気がした。

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コンテストのお題で書いてます。
『自分にとって大切なこと【ショートショート】』は、ヨリコの目線の物語です。
ところどころ姉妹の見方が違うので楽しめると思います。
是非よんでください▼▼▼
https://note.com/11nami/n/n97045bd3b550

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