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17話 どうするの?の先に見えたもの

わたしは一週間ほど、こころを閉ざしていた。何もしたくないし、何も考えたくない。部屋を決めきれず、仕事を決めきれず、何を判断基準にしたらいいか全くわからないでいた。
朝起きて、自分の置かれている状況を自覚するたび、ぞっとした。

もう若いとは言えない年齢。結婚はどうするのか。それでも大阪から離れるのか。
決まっていない部屋のこと。決まっていない仕事のこと。どうするのか。

どうするんだ。どうするんだ。どうするんだ・・・。

起きた瞬間から、「どうするんだ」にとらわれていた。そんな自分に悲しくなった。

人とも会いたくなかった。自分の置かれた現状を話すとすると、「どうするの?」と聞かれるとわかっていた。その答えがわからないから困っているんだ。

実際にその期間に会った友人には、きつく当たってしまったと思う。以前ならば、表面的に繕うように心がけただろう。それもやめた。
会った友人に近況を報告すると、やっぱり「どうするの?」と言われた。この流れではどうしても深刻に、そして悲観的にならざるをえず、わたしは「この話はやめよう」と途中で話を切り上げた。結構、勇気がいることだったが、自分の気持ちを守るためだった。
別の友人には、「今日は元気がないから」とあらかじめ言っておいた。すると、気分がすこし楽になった。励まされるでもなく、アドバイスされるでもなく、そのままでいてくれる友人の存在がうれしかった。

母と久しぶりに会って話をした。
そりゃ言われるよね、「どうするの?」って…。

自分自身にも何度ともなく、「どうするの?」と問いかけてきて、その答えは出ないまま。
正直言って、もうその言葉は聞きたくなかった。だから、かなりその日はイライラしていたし、投げやりになっていた。

その日、面接を受けた職場の方から電話が入っていた。
二つ面接を受けさせていただいたのだが、一つはその日に内定が決まり、もう一つの返事は、きっとその電話でいただくことになるのだろうと直観。だから、折り返しの電話をする前に、これからの身の振り方を決めておかなくてはいけなかった。

「流れにのまれるんじゃなくて、流れに乗っていく」

「主導権は自分にある。自分がどうするかを決める」

母との話の中で、そんな言葉が出てきた。
そうだった。自分の気持ちを大切にするんだった。周りがどうであれ、「自分がどうあるか」が、それを大事に。

こころの中で、何度も自分に立ち戻ることを意識して、ホッとできた瞬間、わたしは折り返しの電話をかけにいった。
その時は、自分でもどうするかまだ決めていなかったが、
「自分の感覚を大事に、流れに乗ってみよう」とは思えていた。

そして、電話が終わった。
わたしはその職場での仕事を決めた。

「どうするの?」

その答えはわからなかったし、正解かどうかわからない道を進んでいるが、自分の気持ちにとことん向き合って決めた選択だ。納得ができた。そして、納得できたということが、自分のこころを強くしてくれていた。

仕事が決まれば、それで終わりじゃない。
次は部屋をどうするかが待っていた。すこし気分が軽くはなったといえ、部屋選びも難しい選択を迫られていた。

物件1
今住んでいるところよりも狭くなるが、周辺の緑の風景が好き。

物件2
部屋の匂いと傷が多いのが気になるが、間取りが1LDKで仕事部屋とプライベート空間を分けて使えそう。

自分だけの判断基準では決断が困難に思われて、翌日、三度目となった内覧には母も同行してもらった。

内覧後、「どう思う?」と母に何度も聞いたが、「どうやろうなぁ」と言うだけで、どちらがいいという返答はかえってこなかった。
あとから思えば、もし母の感想を聞いて、そのアドバイス通りに選択してしまっていたら、それが正しいと思えても自分で納得した決断とはならなかっただろう。

不動産の担当者さんは二年に一度の頻度で引っ越しをされている、いわば引っ越しのツワモノ。話の流れで、母が何気なく、「どんな風に部屋を決めてはりますか?」と訊ねた。

担当者さんの返答には、明確な基準があって、自分が何を大事にしているかはっきりしていると話を聞いていて感じた。

わたしは、何を大事にしたいんだろう。
そもそも、なんだっけ…。
そう思い起こすと浮かんできたのは、こんな気持ち。

「自然に囲まれたところで暮らしたい。そこで創作活動をしたい。自然の中で子どもと関わる仕事がしたい」

ずーっと思い続けていたことは、シンプルだった。それだけだった。そこに行き着いたとき、周辺の雰囲気が気に入った、はじめに内覧させていただいた部屋にしようと思った。

人生を決める大きな選択や、数々の可能性から一つ選ぶことは、本当に難しい。

そんな迷ったときには、
「そもそも、自分は何を大事にしたかったんだろう」という初心に立ち戻るのがいい。

遠回りをしたけれど、自分の選択したことは、納得できるものが一つ一つ積み上がっているように思えた。

何を大事にしたいか。
自分の根っこにある思いは何なのか。
そこに気づけただけでも、意味のある遠回りだったなぁと思わされた。そして、母と不動産屋さんには、感謝が尽くせない。

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