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ロストケア~声をあげる力~ 

 異次元の少子化対策も大変重要な政策ですが、高齢者の介護問題、終末医療問題もまた、これから先の増加を思うと、対策が急務で必要な問題だと思います。そんな今、介護を世に問う作品です。主演の松山ケンイチと長澤まさみ、柄本明の熱演もあり、胸に迫る展開でした。原作は葉真中顕氏。

ロストケア 前田哲監督作品

 42人もの高齢者を殺した介護士斯波(松山ケンイチ)。殺人でなく、被害者と家族の救済だと主張する彼には、自身の父親(柄本明)も生活苦から殺めた過去がありました。事件を担当する大友検事(長澤まさみ)。彼女には、老人ホーム施設で暮らす母親、離婚した父親はアパートで孤独死していたという現実がありました。

☆感想

 見終えた友人たちの感想に、斯波擁護派が多いのは、「安全な場所にいる人にはわからない。安全地帯にいる人間には穴の底を這う人間の苦しみはわからない。落ちた人間には、介護ははいあがれない苦しみの場所になる」といったセリフに一理あるからだと思いました。斯波は、父親の在宅介護のため、仕事を辞め、収入がなくなりますが、生活保護申請しても「あなたが働けるでしょ」と却下されます。極貧のなか、介護による父と子の苦しみからの解放と称して、泣く泣く父を殺します。大友検事が斯波に反論するときの常套句「家族の絆の大切さ」は大友自身が父親と音信不通であったことや、母親は有料老人ホームまかせのこともあり、どうしても説得力に欠けました。

 原作の刊行が2013年であり、介護保険が始まったのが、2000年からであるので、斯波が父親を介護していたのは、1993年ごろになり、まだ介護保険がない時代の在宅介護だったもようです。ただ、今は、介護保険の施行により、随分と在宅介護がしやすくなりました。上野千鶴子氏が「在宅ひとり死のススメ」(2021年刊行)で書かれているように、地域差もあるでしょうが、年々、介護の社会化は進んでいます。介護保険サービスを利用して、幾人もの人が救済されてる一方で、介護サービスを知らない人も多く、役所もこちらが聞かないと教えてくれないこともあります。

 瀬々監督の「護られなかった者たちへ」でも役所での生活保護申請が却下されたための悲劇が描かれていましたが、日本の役所は、確かに決まった基準を守り、必要以上のことを教えてくれることは少なく、自分から聞かないと道が開きにくいです。

 詭弁だと思うのは、斯波が心の支えとしている黄金律です。マタイによる福音書の「何事でも人からしてほしいと望むことは、人にもそのとおりにせよ」との言葉は、映画で繰り返しでてきます。そして、殺人行為を正当化します。わたしは、これは少し不遜だと思いました。確かに、介護に疲弊にしている女性たち。だからと言って、盗聴して聞いた生活の様子から彼女たちが自分の介護と同じような心情だと思うのはおかしいと思いました。人の不幸せを他人が定義してしまうのはおかしいです。そして、旧約聖書には「自分にして欲しくないことは人にするな」といった、逆の言葉もあります。結果、斯波は、自分が救ったと思った被害者の女性のひとりからは「人殺し、人殺し」と裁判で罵られたりします。

  原作は介護保険ができる前後の設定なので、今とはくらべものにならないほど肉体的にも精神的にも金銭的にも大変だったことは想像できます。だからといって、人を殺めるのが救済という発想はやはり間違いです。では、どうすればよかったのか。
 結局、斯波も、孤独の中でも声をあげることでしか救済されなかったのではないでしょうか。確かに役所は、聞かないとサービスを教えてくれないことありますし、家の事情を他人に話しづらいことあります。けれど、斯波も父のことを誰かに話し相談することができていたら・・。  
  
 介護の現場では、諦めず声を上げることでしか救われないのかもしれません。だから、声をあげた人の声を聞ける優しい社会であることを願います。そしてもっともっと声を聴いてくれる社会が形成されていくことを、迫り来る超高齢化社会を前に切に願います。

☆参考図書☆
 
原作・「ロストケア」葉中顕著、光文社(2013年刊)
 
「在宅ひとり死のススメ」上野千鶴子著 文春新書(2021年刊行)~  わたしの本棚109夜~
 「無人島のふたり」山本文緒著 新潮社(2021年刊)~話題の本~
 「痛くない死に方」長尾和宏著 ブックマン社(2016年刊)~わたし    の本棚87夜

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