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会社を辞めてたどり着いた部屋

上京して初めて住んだ、都会的な駅近オートロックマンション

大学卒業後、就職で地方から上京して初めて住んだのは、駅から徒歩1分の近代的なマンション。

駅近、築浅、オートロックの三点セット。いわゆる、会社の借り上げマンションというやつだ。

部屋の中にまで駅前の喧騒と、電車のアナウンスが聞こえてくる。

初めて部屋に足を踏み入れたとき、その非日常的で、分かりやすく都会的な環境に、地方から出てきた私はかえって胸が高鳴った。

冷蔵庫、洗濯機、ベッド、生活に必要な家電家具は既に揃っている。実家から送った段ボールを3つほど受け取ったあと、駅前で生活雑貨を買い揃えた。

なんとも身軽な引っ越しであった。

夜には同じフロアに住む同期たちが、ご飯に誘いに来てくれる。同世代の上京したもの同士、よく誰かの部屋に集まった。なんだか学生時代の延長線上にいるような気楽さで、寂しさもない。

こうして私の東京での一人暮らしは、会社の手厚いサポートに身を委ね、同期に囲まれながら、なんとも安心で快適なスタートを切った。

会社を辞めてから始まった心細い一人暮らし

ニ年目で会社を辞めたとき、本当の一人暮らしの意味を知った。

退職と同時に、会社の借り上げマンションも出て行かなくてはならない。大した土地勘も、部屋探しの経験もない中で、限られた時間で次の家を探さなければならない。

週末に一人不動産屋を訪れた。そこで初めて、駅近築浅オートロックの条件がどれだけ厳しいものかを思い知る。

手が届かないリアルな家賃を前に、どうにか自分の中で条件の折り合いをつけていく。いくらまでなら捻出できるか、電卓を叩いて何度も生活費を試算した。

物件見学には想像以上の根気と体力を使うし、良いと思った物件はすぐに埋まってしまい、その度に途方に暮れた。家賃以外にかかるお金がありすぎて、不動産屋を怪しんだこともある。

ようやく契約のハンコを押すときは、本当にこれで良かったのかと怖くなった。

部屋が決まって、急いで買いに行った洗濯機。配送の予約がかなり先まで埋まっているのを、店員から当たり前のように告げられて落ち込んだ。

安いベッドを買ったら、寝返りを打つたびに嫌な音が鳴るので一人いらついた。

お洒落だと思って選んだ白い部屋は落ちた髪の毛が目立つし、北向の日当たりは思っていた以上に貧弱だし、隣にどんな人が住んでいるのか不安になった。

何だか二回目にして、初めての一人暮らしの気分。

全て揃っていた最初の引っ越しとは正反対に、小さな失敗と後悔の連続である。迷っては悩み、選んでは悔いの繰り返し。

一人で暮らすって、こんなにもしんどいなんて知らなかった。

それでも、その中で、ちゃんと何かが積み上がっていく感覚があった。

インターネットを引いて、冷蔵庫が届いて、IKEAで買ったデスクを一人で組み立てた。

新しい部屋での光熱費を払い始め、近くのクリーニング屋でカードを作ってもらい、お気に入りのパン屋ができた。

心細さの中に、少しずつ、新しい場所で自分の生活を作り上げていく嬉しさがあった。

二回目の一人暮らしがスタートしてすぐの週末、昼寝から目覚めたとき、もうすっかり夜だったことがある。

薄暗い部屋に一人。隣の部屋からご飯に誘いに来てくれる同期はもういない。静まり返ったこの部屋には、電車の音はおろか、何の音も聞こえてこない。

それでも、不思議とここが好きだと思った。

まだ洗濯機がない、小さな白い部屋。安っぽいベッド。いかにも新品の匂いがする空っぽの冷蔵庫。きっと私は今夜、カップラーメンを手に取るのだろう。

みじめで、最高に自由な部屋。何も無いところから、一つずつ、自分で選んでたどり着いた場所。

ここには自分で手に入れたものしかない。それがただ、どうしようもなく嬉しかった。





美味しいおやつを食べたい🍪🍡🧁