憧れ
首筋に垂るる一滴の汗、青ざめたその唇、生にしがみついた瞳、畏怖を含む荒い吐息。
口に噛ませたタオルからは、血がにじみでている。よほどかみ締めているのだろう。
この命は、今日終わる。
首筋に手を当てると、脈打つ鼓動がまるで生きたいと叫ぶように鳴っている。死に直面した人の体は、正直に叫ぶ。
命の終点は、真夏の夜の花火のように、一瞬の輝きで、望月に頭を垂れるすすきのように、かくも美しく儚い。この瞬間、この一瞬、人は最高の輝きを放つ。
だからこそ。
今日、僕は最愛に手をかける。
最高の輝きを。
最高の美しさを。
最愛の人だからこそ。
その瞬間を脳裏に焼き付けたい。老いて朽ちて、輝かなくなるその前に、この手で。
僕は馬乗りに両腕を足で抑えて、白い茎のような首にナイフを添える。泣き顔でグズグズになった君を見て、僕は少し微笑んだ。
「羨ましいな、」
静かに首元へ鈍色のソレを深々と突き立てる。そのまま、鎖骨を断つようにゆっくりと切り裂く。悲鳴とともに、しなやかな肌から吹き出す鮮血。眼球は裏返り、体は静かに痙攣している。
あぁ。。と恍惚のため息が漏れ出た。深々と突き刺したナイフから、徐々に消えていく鼓動が伝わり、君の体は、すーっと熱を失い始めている。
気づけば、僕は泣いていた。感涙の涙か。いや、感動と呼ぶには少し違う。羨ましさ、憧れ、その類の感情に近いのかもしれない。
死への憧れ。
僕は死に魅入られた。
横に座り、冷たくなった君を抱いて、僕は眠った。滴る血の海は、2人を抱くようにまとわりつく。
君はとても美しかったよ。
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