タワー

そいつは「タワー」と呼ばれていた。山形県上山の小さく美しい教室でのことだ。盆地に囲まれた僕たちの町は平家がほとんどで、みんなどこかしらのそこそこな大きさの一軒家に住んでいた。数年前に街にある唯一の駅の近くに高層マンションが建った。田舎の盆地に突如生えた異質なマンション。ゲームの世界だったら確実にラスボスのステージ、タワーと呼ぶにはふさわしいものだった。「タワー」は小学二年生の時に千葉県から引っ越してきた子だった。本名は藤原智樹。転入してまもなくして彼があのマンションに住んでいることがわかるとみんなは彼を「タワー」と呼ぶようになった。本人も別に嫌がらずそれを受け入れていた。みんなが親しげに「タワー」と呼んでくれて彼も嬉しかったのだと思う。タワーは成績優秀で運動神経も良く、顔もクラスの中ではそこそこ上位に入る方だった。しかも駅前のタワーマンションに住んでいるのだ。彼は常にうっすらと周囲から尊敬の眼差しを受けていた。そのまま数年が経ち、みんな同じ中学に上がり、高校受験でバラバラになった。そして僕は大学受験を経て東京に行くことになった。大学の近くの学生寮に住んでいた僕はよく東京を散策していた。何せ今までずっと山形の盆地に囲まれて育っていたのだ。家族旅行もあまりいかなかった僕にとって東京はすべてが新鮮で鮮やかに映った。
 しかしある日ふと「タワー」のことを思い出してからは僕はまったく東京に魅力を感じなくなってしまった。タワーが住んでいたマンションよりも遙かに高い建物がそこら中に生えているのだ。きっとここに住む小学生はクラスメイトに「タワー」なんてあだ名をつけない。悲しくなった。僕の中で「タワー」のアイデンティティが失われてしまったのだ。大学には「タワー」よりも優秀な人たちがたくさんいてテレビをつけると「タワー」と同い年の人がスポーツの場面で活躍していた。そして気づいた。失われたのは、矮小さを知ったのは、無力なのは、僕だ。
タワーを憐みたかった。そうやって自分を安心させたかった。でもできなかった。上を見るのをやめてしまった。東京も山形もコンクリートの色は変わらなかった。

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