硝子と機関車
幼稚園の年中組だった時のこと。
ある時、教室と廊下を行ったり来たりして遊んでいたら、何だかガラス戸が重かった。気にはなったけれど、先生に云うほどのことでもないだろうと思って、そのままにしておいた。その時担任の渡辺先生は、女子数人に囲まれて何かお話していた。
そのまま何度か出たり入ったりを繰り返していたら、戸がとうとう廊下の方へゆっくり倒れ始めた。
あっと思った瞬間、前にテレビで見た、機関車を押し止めるスーパーマンの姿が脳裏に浮かんだ。それに倣って受け止めるべく、自分はさっとガラス戸の下へ駆け込んだ。
そうして次の瞬間には、下敷きになって泣いていた。どうしてこうなったか分からなくて、周りに散らばっているガラスの破片と、右手の甲から血が出ているのを見て唯々泣いた。
先生に助け出されて一旦職員室へ行った後、すぐに近くの外科医へ連れて行かれた。外科医までは徒歩で5分ほどの距離で、責任者の川田先生と手を繋いで歩いて行ったのを覚えている。
看護師が何だか注射のようなものを持って、「腕を出して」と言った。注射は嫌だと云ったら、先方は「これは注射じゃないから、痛くないよ」と言ってきた。横で川田先生も「お薬を垂らすだけよ」と言う。
それならいいやと右腕を出したら、看護師がやっぱり刺してきたから驚いた。
「痛いじゃん」
「痛かった? ごめんね」
こいつ、嘘つきだ、と思った。
それが麻酔だったのだろう。それから頭の傷を縫ったけれど、これは本当に痛くなかった。
じきに母も来た。
渡辺先生はショックの余り、泣いて母に詫びたと聞いた。
後で川田先生が、「こんな大きなガラスが頭から出てきたのよ」と言って、指を指を十センチぐらいに開いて見せた。そんなのが刺さっていたなら死ぬだろうと思った。
そうして結局、スーパーマンのイメージで自ら駆け込んだとは誰にも話していない。
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