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指摘と譲歩(2023/11/02)

「百さん、すみません」と、経理のキャサリンさんが席に来たから少しうんざりした。
 この人はフグ田さんの部下である。社内でフグ田さんとは割と良好な関係を保てている――と思う――が、この人とはどうも調子が合わない。
 何しろ相手の話を聞かない。話しながら相手を指差す癖もある。恐らく自分と同年代だけれど、よく今までやってこれたものだと感心する。

「百さん、すみません、この◯◯の請求書はインボイス対応のものを出してもらわないと困るんです」
 ◯◯は、あるウェブサービスの名称だ。
「これはフグ田さんが印刷してくれた◯◯のマニュアルなんですけど、インボイス対応で出せるってここに書いてあるので…」
「それは失敬したね。では出し直すよ。それで、出し方は書いてあるのかい?」
「え?」
「その請求書の出し方がマニュアルに書いてあるかと訊いているのだよ」
「ここにできるって書いてあります」
「できるのはわかったから、どうやったら出せるかを知りたいのだよ。何しろ、こっちはそれを知らないのだからね」
「だから、ここにできるって…」
 どうも話が噛み合わない。
「やり方が書いてあるかないか、探して教えてくれたまえよ。こちらは今初めて云われたので、何もわからないのだよ」

 それでキャサリンさんはようやくマニュアルをパラパラやって探し始めた。いかにも不服そうな様子で、最初から最後まで何度もパラパラやっている。
 経理の立場で提出書類の不備を云いに来て、やり方を調べさせられるのだから不服には違いない。しかし、急に云われて予定外の時間を使わされるのもかなわない。多少の協力はしてくれてもいいだろう。

「あった?」
「だから…」
「あったかなかったかを訊いているのだから、答えはそのどちらかだよ。『だから』と答える法はないぜ」
「ありません」

 ないはずはない。マニュアルを受け取ってみたら、果たして最初のページに書いてあった。ただ、専門外の人に「あるじゃぁないか」と云って責め立てるのはさすがにやりすぎだろう。それ以上は云わずにおいた。

 後でフグ田さんが詫びに来た。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。